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第3話 知恵とは世界を広げ、過去と今を繋ぐものです

 ネルケ村は五月下旬から雨季に入る。


 現在は五月二十八日。すっかり雨季に入っている。


 私は実家の自室の窓から外を眺めていた。


 先週の中頃にマジョールさんのお葬式はつつがなく終了し、ジュールたち家族も最後の挨拶の時の風景を今でも覚えている。


 そしてマジョールさんのお葬式を境に雨季が始まり、今も大粒の雨が降り、大地に潤いを与えている。


 この村ではあまり農作物を育ててはいないから雨はさほど重要視されないが、近くの農業をしている街ではこの季節を恵みの期間、”シィランス”と呼んでいるらしい。


 こっちではそういう呼び方はしないから初めて知った時、ちょっと笑ってしまった。ただ雨が降るだけで大げさだなぁなんてさ。


 ま、流石に成人した今では、それがどれだけ大切な時期かって事はわかってますけれども。


 さて、今日は子供たちのお世話の予定がない。というか一昨日から無い。


 なぜなら、前にノワイエの子供をお世話する能力が高いという話を村長さんにしたところ、ノワイエが望むならお試し期間としてしばらく彼女をメインで子供のお世話をする事になったのだ。


 その時にノワイエによって選ばれた数人が彼女の手伝いをする事になった訳なんだけど…私は選ばれなかった。


 ノワイエ曰く、「えっと…アン姉は子供たちに舐められてるのでぇ…」と。


 あまりの怒りに雨季に訪れた雲を吹き飛ばしてしまいそうだった。そんな事できっこないけど。


 ま、子供のお世話の天才であるノワイエにそう言われては流石に食い下がる事も出来ず、私は晴れて無職になったのだ。空は雨模様なのに晴れてとはこれ如何に…。


 で、今日は何をしようかなぁ…やっぱり魔法の勉強かな。


 この前の大熊の遭遇した時に、私は自分の魔法知識の浅さに酷く落胆した。


 あの時私も魔法が少しでも使えたら…そう思った。


 大熊は結局一週間以上経った今も見つかっていないし、村周辺にそれに類似した動物が現れたという情報は来ていない。あのまま森の奥に引きこもったのだろうか。


 わからない事を考えていてもしょうがない。今は魔法だ。


 私の魔力の動きを止めてしまう両手は私の魔法発動にも作用してしまう。つまり、手を使って魔素を集めたりができないという事で、広く知られている手の平に魔素を集める魔法制御が私はできないのだ。


 だから私は考えた。足でやろうと。


 幸い体内の魔力の流れで手の方に流れていっても、魔力の流れは止まらない事が分かったのだ。


 つまり空気に触れている両手が私が作った魔法陣や魔法に触れさえしなければいいという事。この方法が上手くできる様になれば、生活魔法だって自由自在!ランプの灯りだって点けられる!!足で!!!!


 なんとも行儀が悪い事は承知なのだけれど、魔力が空気中に放出できるのは両手か両脚の身体の先と言われている場所なのだ。そのため、私は手が使えないので仕方がないと両親に許可された。


 別に両親に許可してもらわなくてもいいんじゃないかと、友人に言われたけれど、一番魔法を使う場所は家の中だし親は気になるだろうから許可を取ったのだ。


 それにしても魔法とは難しいもので、一週間前から練習をし始めて使えるようになったのはまだ日常的に使うランプに火を灯す魔法くらいだ。


 まさか魔素を集めるのがこんなにも難しいとは…。さらに言えば魔力を魔素と混ぜるのがこんなにも複雑だとは…。


 体の中を巡る魔力を大気中の魔素と混ぜる事で魔法は発動する。その混ぜ合わせる工程を補助する役割があるのが魔法陣だ。


 魔法陣で集める魔素の量は使用者本人が分かってないと魔法は失敗して発動しない。


 だからちゃんと教本を読みながら練習を繰り返して魔素の量と混ぜ合わせる感覚を体に覚えこませるのだ。


 私は一週間でようやく一つだけ染みついた感覚は…はぁ…これって早いのか遅いのか…わからないけれど、もっと覚えやすいと思ってた…。


 こんな一つ覚えるのも難しい技術を、私はどっちかの手で触れるだけで消し飛ばせてしまうのか。私、自分が怖い…。


 はぁ…今日はどの魔法の練習をしようかな……。


 「ん?あれ、魔法の教本…時計の時刻を合わせるの持ってなかったっけ?しまったなぁ…無くしちゃったかぁ…」


 ぐぬぬ……まさかこれは買いに行かなきゃいけないよね…。


 チラリと窓の外を見てみる。雨は絶え間なく降り注いで、窓は水滴まみれになっていた。


 ああ、こんな天気の時期に外に出なくてはいけないなんて…辛い……。


 ただでさえお金がないっていうのに…。まあ私が働いてないからなんですけど。


 既に時間は午後の二時になろうかという所。


 はぁ…さっさと行って練習しよう。


 私は自室を出て、玄関に立てかけてあった家族共用の傘を手に取り、外へ出かけた。


 目的地は商業区にある本屋…もしくは古本屋。できれば古本屋で買いたい。なんてったって安いからね!!


 私は大粒の雨によって容赦なくボコボコにされる傘の音を聞きながら、居住区を歩いていた。


 ちなみにジュールの家は居住区ではなく商業区にある。何故ならジュールの家は昔引っ越してきた家だから。歓迎はされたものの既に居住区に新しく家を作るスペースがなかったのだ。


 だから丁度敷地が開いていた商業区に彼の家は建てられた。だからか、この村の中でも特に大きな家になっている。村長さんの家より大きいし、敷地も広い。


 ………なぜ私が急にジュールの事を考え始めたのか。その答えは明確だ。


 居住区を歩く私の目の前を後ろにゾロゾロと子供を引き連れたジュールが横切っていったからだ。


 ジュールの家はこのあたりに無い。だからなぜこの居住区に来ているのかが不思議なんだ。だって彼に友達なんて……いやこれは流石に酷いから考えないようにしよう。


 とにかく、あの変な行列は何だったんだろう?


 …またジュールが変な事をやらかしているのではないだろうな…。


 昨日なんて泥団子作って自分の家の外壁にぶつけていたのだ。恐ろしくて声をかける気にもならなかったけれど、彼の奇行は止まる事を知らない。


 はぁ……本屋より先に、ジュールの事を解決しよう…。


 私は行き先を急遽変更し、こっそりとジュールたちの列に加わった。


 その列はゆっくりと居住区の端っこにある建物へ向かっていた。


 確かこの道を進んでいくとあるのは……あ!


 「図書館か!」


 私が思わず大声を出したら、並んでいた子供たちとジュールが一斉にこちらを向いた。


 …まさか今気づいたの?


 「アン!?何でこんなところに?」


 ジュールはそう言った。いやここは居住区だから……って別に休みの日でもないし、不思議にも思うか…。


 「特に働く用事とかもなかったんだけど、買い物があって出かけてたら何かジュールが子供たち連れて歩いてるから…また変な事しようとしてるんじゃないかと思って」


 「な、なんだと!別に変な事しようだなんて思ってないぞ!なあお前たち!!」


 そうジュールが子供たちに声をかけるが、誰も返事をしない。


 「………今俺たちは、アンがさっき言った通り図書館に向かっているんだ」


 え、今のスルーでいいの?悲しすぎない??


 「そ、そう……なにか調べもの?」


 「そうだ。この子たちにも手伝ってもらおうと声をかけたのだ!」


 彼がそう言うと、子供たちの一人が大声で「お昼奢るから手伝えって言われたんだー!」と言った。


 こいつ…子供を買収したのか…。


 「と、とにかくだ!俺たちは図書館に用事があるから!じゃあな!!」


 ジュールたちはそのまま図書館の方へ歩いていった。


 私はその背中を見つめながら、ふと思いついた事があった。


 そう。今日の買い物の事だ。


 今日買おうと思っていたのは魔法の教本。それも生活に使う魔法のだ。


 そういう生活していくうえで必要な技術の教本って…図書館に置いてあるんじゃ…?


 私はひらめき型の天才だったのかもしれない。そうだ、図書館ならお金を使わずに本を読める!借りれる!


 利用するための会員証なら随分と昔に作った!!


 …私も図書館……行ってみるかぁ…!


 私は雨に濡れすぎないように、足早に図書館へ向かった。

 居住区の東側の端にある図書館。元々はものすごい本好きの老夫婦の邸宅だったらしい。それを老夫婦の遺言に従い、村の住人ならだれでも使える公共施設にしたのだという。


 現在は村長さん一家が管理をしており、とても綺麗な木造の建物だ。


 私は図書館に着くと、大量の傘が押し込められている傘立てに自分の傘を無理やり押し込み、中に入った。


 中は少し涼しくて、過ごしやすい様になっているようだった。


 受付の人に会員証を見せ、今日借りられる冊数を聞いた。


 「最大三冊までを一度に借りられます。返却期限は借りた日から二週間になります」


 なるほど…。私はわかりましたと返事をして、魔法の教本コーナーへ歩いていった。


 さてと、ここでいい本を見つけられればお金なんてかからずに済むわけだから、真面目に探すぞ!!


 …ジュールたちに邪魔されたらたまらないから…見つからないようにしようっと。


 コソコソと本棚に隠れるように、歩いていると、足元から「アン姉ちゃん何してんの?」と子供の声が聞こえた。


 恐る恐る視線を下に移動させると、一昨日までお世話していた子供であり、先ほどジュールの列に並んでいた男の子がそこに立っていた。


 ああ…見つかるの早すぎるって…。


 「え、えっと……魔法の事について調べようかなって…ね?」


 私はしゃがんで目線を合わせてそう答えた。


 今更魔法について勉強しているっていうのが恥ずかしすぎて、素直に言えなかった…。何か私凄い魔法に興味のある奴みたいじゃん…。


 いやまあ、今は凄い興味持ってるけれどもさ…。


 「へー!そうなんだ!」


 こら!図書館では静かにしなさい!!


 「あ、ご、ごめんなさい…」


 あら、顔に出てたかな。男の子はシュンとした表情になり静かになった。


 …うう…気まずい、何か会話で一区切りついたらここから離れられるのに…!


 そうだ!


 「ね、ねぇジュールたちは何を調べに来たの?」


 彼らの目的を知れば、特に関わる事なく私も調べごとに集中できるかもしれない!


 これは名案だ!


 「えっとね、なんか村の近くの大きな森あるじゃん?あそこの動物について調べるんだって。それで僕たちにそれについて載ってる本を探すの手伝って欲しいんだって」


 結果的に、彼がなぜ子供たちを買収したのかもわかってしまった。


 森の動物について……?それってもしかしてあの大熊の事を調べようとしてるのかな…?


 ぐぬぬ…もしそうなら、私も少し協力しなくちゃって気がしてきちゃうじゃないの…!


 魔法の教本を探しつつ、それとなーくジュールに声かけてみようかな…。


 「あ、ありがとね。私は魔法の教本の方に言ってるけど、あまり騒ぎ過ぎないようにね?」


 「はーい」


 男の子は良い返事をして、トコトコと児童書コーナーへ歩いていった。


 ……ジュールの言ってた本を探す気は…無いのかもしれない…。


 「さて、私も早く探さなきゃ…」


 私は立ち上がって、そそくさと教本の置いてある本棚の前に来た。


 頭より遥に高い本棚を見上げながら、目当ての教本がないかを目で探す。


 ああ、なんて本の多さだ。何か検索できる魔法とかないかな、こんな視界に入る以上の量の蔵書から目当ての本を見つけるだなんて無茶だ!絶対に夜になっちゃう!


 私が、うーんうーんと唸っていると、ふと本棚の脇に何か書いてある板が立て掛けてあるのを見つけた。


 これは…?


 近づいてみるとそれは、この本棚の何処の辺りにどんな本があるかという事が書いてあるとても便利な板だった。


 これはさっき私が思っていた、検索できる奴…!!魔法じゃないけどこういうのあるんだ!!


 ようし、私の欲しい本はどこかな~!


 その板を隅々まで見た。見たが…どうやらこの本棚は戦闘用の魔法だったり、護身用の魔法だったりの教本が置いてあるらしく、生活魔法の教本はここではないみたいだ。


 えっと…教本のコーナーは今いる場所なんだから、そう遠くはないよね…。


 私はウロウロと室内を歩き回った。


 そして最初に見た本棚の斜向かいにあった本棚に生活魔法の教本があった。


 やった!見つけたぞ!


 さて、時計を合わせる魔法の教本…あと何かいい感じの魔法の教本を一冊借りていこうかなと思う。


 ううむ…後は…あと…は……あ、掃除魔法の教本にしようかな。これ覚えられればきっと家のお手伝いが出来るようになるし、何か足で使っても別に問題はなさそうな気がする。


 早速本棚から教本を探す。本棚横にある板を参考にしながら、該当する本を手に取った。


 ぬふふ、これで私のお財布からお金がいなくなる事なく、魔法を学べるのだ。


 いやぁ嬉しい!


 私は嬉々として、本を読むため座席のあるコーナーへ移動した。


 ふわふわとしたい居座り心地の椅子に座り、パラパラと教本をめくる。


 なるほど。わからん。


 やっぱり魔法を使いながらじゃないと、私には難しいな…。


 昔から魔法なんて別に使わなくても…って思いながら生活してきた弊害が教本を読むという行為にも出てきてしまっている…。


 教本と言っても、この世界で魔法を使わないで生きている人などごく少数であり、そう言った人々の事は考量されていない書き方なのだ。


 ようは細かい所は親とか知り合いが使ってるの見た事あるでしょ、そういう感じ!と痒い所に手が届かない文章なのだ。


 この教本が作られた時期を見てみると、バスカヴィル暦十年と二年前の年が書いてある。二年でどれくらい記述が変わっただろうか…。やっぱ最新版を買った方がいいのかな…いやでも……。


 くぅ…我が家が滅多に家に帰ってこない母親と家にいる時間より舟屋で網などの漁師道具や船のメンテナンスをしている時間の方が長い父親でなければ、コツとか聞けたのにぃ…!


 はぁ…今更環境に文句を言っても仕方がない…か。まあやりながら感覚を体に教え込ませるのは、全ての魔法で共通している事だ。この本達でもいいから借りて、反復練習をしていくしかない…!


 私は借りる手続きをするため立ち上がった。


 だが手続きの前に、ジュールに声くらいかけておこうかな。


 一応大熊の件は私も無関係ってわけでもないし。


 二冊の本を持ちながら、動物やこのあたりの地域の伝承などを扱っているコーナーを見て回った。


 だが、ジュールは見つからなかった。むむ…いったいどこに…?


 森に住む動物について知りたいって子供たちに手伝わせてるんだよね。ならこういう所に居そうなんだけど…。


 あんなに大きな熊なんだから、何かの伝承とかにも出てきそう…って思うんだけど……ジュールはいないのねぇ…。


 いったいどこに…?


 私は適当に本棚のジャンルなどは見ずに、ジュールを探した。


 十五分程探した頃、呪術関連書籍のコーナーの本棚の前で胡坐をかいて座っている彼を見つけた。


 こんな所にいたとは…。呪術?大熊の事調べてたんじゃないの?


 とりあえず、私はジュールの肩を軽くたたき、声をかけた。


 するとジュールは、「ん、ああ、アンか。君も図書館に来ていたんだな」と呟いた。私の方はチラッと横目で見たくらいだ。


 むむむ、随分と集中をしているようだ。だけど、私も大熊の事は気になるし、手伝えることがあるなら手伝いたい。


 目当ての本は見つけたし、暇なのだ。……だって帰ったら勉強しなくちゃだし……。


 「ねぇ、なんで呪術の本なんて読んでるの?」


 私の質問をジュールは無視した。どうやら彼は本を読むと完璧に自分だけの世界に入れるようだ。ならさっきは何故返事をしたのか…。


 あ、そうだ。声をかける前に肩をトントンと叩いたからかもしれない!


 私はもう一度彼の肩に手を触れて、「何で呪術関連の本なんて読んでるの。大熊の事調べてたんじゃないの?」と聞いてみた。


 今度はちゃんと意識が目の前の私に移動したようでちゃんと「あれだけの熊が自然に発生するとは思えない…だからこういった視点からも調べてみているんだ」と答えてくれた。


 なるほど。確かにあの熊は尋常じゃない熊だった。


 考えてみればただの熊が、十キロ離れた私たちを目で捉え、こちらの匂いまで気にして、魔法の波紋で使用者の位置を肌の感覚だけで割り出せるものだろうか?


 呪術…つまり誰かが意図的に、何かしらの目的をもってそういう熊を作り上げ、村の近くに置いていたという可能性をジュールは考えている。


 もしそうなら一体誰がそんな熊を作ったのだろうか。


 村の中の住人?いやいや、それだと自分だって危ない目にあってしまう。呪術なんて呪うだけでコントロールなんてできない代物だ。魔法とは全くの別物だって、昔母が言っていたのを覚えてる。


 さて、私にも何か手伝えないか……とりあえずジュールと一緒にこの呪術関連の本を見てみるか…。


 私は手に持っていた本を近くの机の上に置き、本棚から『東方呪術書記』という本を選び手に取った。


 パラパラと中身を見てみると、何とも古い文字と古い書き言葉でつらつらと東の国に伝わる呪いについて書き連ねられていた。


 これはなんだか…読んでるだけで呪われてきそう…。


 最初のページから頑張って読んでみることにしよう。


 ええっと…『先ず呪術とは、人を不幸にするものならず、人に復讐しするものならず。元来呪術とは呪ひの事に、人の行ひの指針になり導くものに、人をこはき心の願ひに守る者なり。なれど、ふとせるこはき念が力を持ちて、呪ひの起動しぬる事もあれば、他人を不幸にうるものにもあるはいひけたず。なれどそは早くの用途ならずといふ事こはく言はまほしきものなり』……なんて?


 あまりにも言語体系が違いすぎて私の中の古い言葉で訳せない…!


 多分これはフルール王国の下の方にある国の言葉のはず…。


 これは止めておこう。流石に訳しながらだと時間がかかり過ぎちゃう。


 私は今持っていた本を本棚に戻し、別の本を探した。


 私でも読める本…読める本……これならどうだ!


 次に手に取ったのは『呪いに使用される道具目録』だ。この表紙に書かれている言葉はスラスラ読めるぞ!これならいける…!!


 すぐさまページをめくり中に目を通した。


 ……ふむ、タイトル通り道具の図と一緒にどんな呪いに使われるのかと言った解説が書いてある。


 例えば藁人形だ。これは藁人形の中に人の髪の毛や爪などを入れて、その上から入れた髪の毛などの主の名前を書いた紙を貼り、おおよそ午前二時から午前四時までの時間に神聖な森の木に念を込めながら釘で打ち付ける事で、その内容物の持ち主である対象者に呪いをかける…らしい。


 これは場所によっては人に不幸をもたらすために行う人もいるらしいとも注釈で書いてあった。


 そういった、古今東西の呪いに関する道具についての本のようだ。


 …もしかしたら。身に着けていたら目が良くなる呪いが掛かる道具とか、魔法の感覚に敏感になるアイテムとかがあるんじゃないの…?


 これは案外いい本を見つけたかも!よし!


 と思い読み込んで一時間程。これと言ってそういう効能のある道具というのは無かった。


 しかもよく読むと、呪いというのは願いを込めて行うもので、一定の効果を持っていて発動するものではないらしいという事が分かった。


 言ってしまえば、どんな呪い道具でもあの大熊みたいな能力を与えられるかもしれないという事だ。


 しかも呪いと言うのは曖昧な点もあり、必ずしも効果が表れるというわけではないとも本に書いてあった。


 なんて無責任な!じゃなくて、これが昔母が言っていた魔法とは別物だということなんだろうな。失敗すれば何も起こらないけれど、正しく魔法を使えれば絶対に効果は現れる。


 さらに読み込むと、魔法とは違い呪いには失敗した時には呪いが返ってくるという事が書いてあった。失敗した時に願った効果が自分に返ってくる…魔法とはやっぱり別物だ。


 この本は興味深かったけど、欲しい情報とは違うかな…?そう思い、本棚に戻すと、ジュールが「この本に興味深い事が書いてあったぞ」と急に声をかけてきた。


 大声出すところだった…危ない危ない…。急に話しかけてきて驚かせないでよ全く…!


 ジュールが手に持っている本の表紙を見せてくる。


 「え、その本って…」

 そう、今彼が読んでいた本は一時間ほど前に私が読めずに棚に戻した『東方呪術書記』だったのだ。


 「ジュールって、別の国の古文を訳せたの…?」


 「いや俺自身は訳せないぞ」


 「え、じゃあ何で読めたの?」


 「魔法だ。翻訳魔法と言う瞳と脳に作用する魔法があって、それを使うと大抵の文字は読む事が出来る」


 魔法って便利ぃ…。


 「で、何が興味深かったのさ」


 「この本は言ってしまえば東方の国で起きた呪い関連の事件や出来事を書いてあるんだが、その中の一つに大熊と似たような事件があったんだ」


 ジュールが見せてくれたページには次のように書いてあった。


 『こは晋央四十二年の巴郡の事なりき。この日この巴郡にゐる民が夜に畏き獣を見きといふ報せが警邏の者に伝はりき。警邏は始め二人に夜の見回りに行き、報せつきづきしかりし獣を見きといふきはを重点やうに見回れどその夜は何も見ざりき。後日、見回りの人数を変へず見回りき。その時警邏の一人が二十米より上の大きさを誇る巨大なる狼が竹林の奥よりうちいでしを見き。その狼は爛爛とせる瞳持ち、絶えず涎流し警邏を今にも喰ひ殺さむ威圧感を放れりといふ。この狼はその後巴郡の中の住人一人を殺せるのちあらずなりきといふ。その後呪術師の検証をもちて、こはき呪ひをかけられし犬なる事分かれり。誰のかけしやは百年経し今も分からず』


 …うーんわからない!


 「これなんて書いてあるの?」


 素直に聞く事にした。


 「強い呪いにかけられた犬が狼の様になって、その地域の人間を一人殺した。という話だ。大きさは二十メートルを超えていて、恐ろしい瞳を持ちダラダラ涎垂らしてたらしい」


 …汚い…。


 いやそういう話じゃない。二十メートル超えの犬…確かに規模としては私たちが出会った熊以上の出来事だけど、犬が呪いによって狼の様に変貌してしまっていた…。


 「つまり、俺たちが出会ったのは熊かもしれないし、呪いによって変化させられた別の生物かもしれないってわけだ」


 「でも探査魔法で熊ってわかったんじゃないの?」


 「……そうなんだよな…あれは形じゃなくて情報として脳に入ってくるわけで…誤認させるような魔法でもあればなんだけど…なぁ…」


 この様子から見るに、探査魔法は引っかかった対象はかなり正しい形で認識できるようだ。てことは、熊であるというのは間違いじゃない可能性の方が高いって事…かな?


 「そもそもその出来事が本当にあった事かわからないじゃない。その本がどれだけ現実に即した物なのかわからないわけだし」


 私がふと思いついた事を言ってみると、ジュールは「晋央っていう元号が使われていた国は実際にあった…確かにだからと言って本当にあった事だというわけではないんだが…」とブツブツ呟き始めた。


 もし、あの大熊が呪いによって生み出されたものなら何が元の姿なんだろうか。


 イタチ?狸?……どれも熊とは似ても似つかない気がするんだけど…。


 「まあ、とりあえずこういう話もあるんだなと頭に入れておくだけでもいいかもな」


 ジュールはそう言って、彼はその資料についてメモをした。


 さて、彼が手を借りた子供たちはどんな本を持ってきたのだろうか。


 「子供たちは何かいい本見つけたの?」


 「ん?あーそうだな。子供が持ってきた本で一冊だけいい感じの本があったんだ」


 そう言って彼が手渡してきた本は『アムール大森林のふしぎ!』というタイトルの本だった。子供が読むには随分分厚く重い本だと思ったのだと思ったら、中を見てみると絵がメインに細かい解説が書いてある本で、物凄い数の絵が差し込まれているためページ数が多くなっているようだった。


 ちなみにアムール大森林とは村の近くにある大熊のいた森の事だ。


 「この本の何処にいい感じの情報が載ってるの?」


 私がパラパラと何百枚もあるページを軽く見ながらめくっていると、ジュールが私から本を取り、該当のページを開き教えてくれた。


 「これは…」


 アムール大森林の歴史についてというページだった。


 歴史かぁ…これに一体どんな事が…?


 私はそのページに書いてる解説を読んでみた。


 …む、大熊に関連してそうな項目を見つけた。森の主についてだ。


 あの森には主と呼ばれる、他の動物より強力な動物が生まれる事があるのだという。この本にはかつていた主の例として虎について書かれている。


 それは標準とされている大きさより一回り大きな体を持っており、森の同種の生き物を統率するリーダーの様な働きをしていたという。


 …確かに大熊の大きさは通常の熊より二回りくらい大きかった。まあ私は見てないんだけど。


 「こっちの方が信憑性はあるよね。だって森の事を書いているわけだし」


 「ああ、ただそちらの話で考えると、あの大熊は森にいる他の熊たちと徒党を組んで来るという事になる」


 あ、確かに…。この昔の主だった虎も同種の生き物を統率って書いてあるし…。


 「同種の生き物ってさ、これもしかしてかなり細かい分類で手下にできるって事なんじゃ…」


 私の気づきをジュールに伝えると、「なるほど…」と呟いた。


 彼は何かを考えている様子で、ずっと腕を組んで胡坐をかいて床に座っている。


 あの大熊が森の主なのか、それとも呪いによって変化させられた動物なのか…どちらにしろ、危ない存在である事には間違いないんだな。


 それにしたって、私がこの村に生まれて十五年。こんな怖い出来事が起きたの初めてなんだけど。


 主とかはいったいどんなペースで生まれている物なんだろう…。私は、もう一度主について書かれているページを読んでみるが、そういう事は書いてなかった。だが、虎が主だったのは六十年くらい前の事らしい。


 もしその間に主が生まれてないのだとするならば、あの大熊が約六十年ぶりの主って事になるかもしれないのか……あの、なんで主が生まれた時の対処法も書き残しておいてくれなかったんですかね…。


 虎の時どうしたんですか!!


 ……まてよ、六十年前って事は…案外生きてる人いるかもしれない…。少なくとも今の村長さんは確か八十代だったはず…。


 「ね、ジュール?主の事、村長さんに聞けば何かわかるかもしれないよ!」


 思わず声が少々大きくなってしまったが、周りに誰もいなくて良かった。


 「ああ、確かに年齢を考えると、村長は覚えてそうだが…もっと、聞きやすい人に心当たりないか?村長だと話を聞きに行くのに時間がかかりそうだ…」


 「大丈夫だって!森の大熊に関係してる事だって伝えれば、すぐに話聞いてくれるって!」


 村の危機かもしれないんだから、きっと村長さんも柔軟に対応してくれる!…はず。


 「じゃあ、今日の帰りに早速声をかけてみるか…」


 ジュールは、最終的に『東方呪術書記』と『アムール大森林のふしぎ!』の二冊の重要なところだけをメモに写し、子供たち共に図書館を去っていった。


 図書館の時間を見てみると、時間は既に午後四時を過ぎていた。


 ジュールと子供たちで二時間近く探して、結果的に良さげな本は二冊だけ…。


 やっぱりあの時の大熊は異質な存在だったんだろうか。


 ……私も早く帰って、魔法の練習しよ。


 さっさと生活魔法を身に着けて、次は身を守ったり攻撃したりする魔法を勉強するぞ!


 と二冊の教本を持った辺りで、ふと頭に思い浮かんだ事がある。


 そう、魔物の事だ。


 …正直元々ジュールが質問する前に持っていた私の知識以上の事は本にも載っていないと思うんだけど…どうかな?


 試しに生き物に関するコーナーへ行ってみるものの、これと言って魔物に関する本は無かった。


 では次に行くとしたらどこかな…?


 あ、神話…?いや…でも流石に…だけど……うん、見てみる。見てみるだけ!


 小走りに神話についての本が詰まっている本棚の所へ向かった。


 神話のコーナーは他のコーナーより多く場所を取られており、十台の本棚に様々な地域の神話が詰まっている。


 フルール王国で広く信仰されているのはローリエ教だが、他の国ではそうとは限らない。この国は他の国の神話も大らかに受け入れるという政策を取っているため、この村の図書館に限らず、どこの図書館でもこういったコーナーはある…と母が言っていた。


 さて、魔物についてなら神話のどういった話の本を読めばいいんだろう…。


 私は何となく目線の位置にあった本を手に取った。


 タイトルは『ド・モンストル・エクスピアシオン』、意味合いとしては魔物の償い…?適当に取ったけど、どんな本なんだろうこれ…。


 中身を見てみるとそれは、およそ三百年程昔の戦争のお話だった。


 それって…ジュールの前世の頃の話じゃない…!?


 うそ、まさかピンポイントでこの時代を神話として書いてる本を見つけるだなんて…私って運良いんだなぁ…!


 内容は…ええっと…『スウド暦四百四十二年八月二十九日、オファーレとアンブラの国境沿いの村、グリシーヌ村で大きな穴が発見された。その穴は綺麗な円形で、半分はオファーレ、もう半分はアンブラにかかっていた。その穴の大きさは直径がおおよそ二百キロメートルだと計測されたが、深さはそのあまりの深さに計測は断念された。石を入れれば地面に当たる音はしなかった。それだけの深さだった。そんな大きな穴がその日まで見つからなかったのは全くの謎で、その村の誰も答えることはできなかった』?


 スウド暦って全世界が今の暦に統一される前に使われていた年号だよね…この辺りの地域ではなかったはずだけど。


 大きな穴かぁ…あまり魔物とは関係なさそうだな……でもこの話にある村の位置ってどっかで聞いた事があるような…。


 まあいいや、何かそれっぽい…魔物っぽいのが出てくるとこまで飛ばしちゃお。


 一気にページをめくり、視界に魔物の魔の字が入ったらめくるの止めた。


 『スウド暦四百四十二年八月三十日、その大穴に一人の村人が落ちた。グリシーヌ村の女性で主に胡椒の栽培をしていた女性で、名をフィーユといった。年齢は二十二で村でも評判の良い女性であったと伝えられている。何故穴に落ちたのかは村人は誰も答えられなかった。しかし、これだけは確かなのは、フィーユ嬢が落ちたその夜穴から奇怪な怪物、魔物が出てきたのだ』


 ほう……つまりフィーユさんの落下が原因で、三百年前に魔物が…。


 え?魔物が??出てきた?


 …いやいや、落ち着け私。これは神話、大体が作り話だ。ローリエ教だってそう。


 大人子供に共通する教訓的内容を神様という尊大な存在を使い教え込むものだ。


 決して神様が存在しないとは思わなけれど、神話は大体が作り話か、現実にあった出来事を脚色したりぼかしたりして伝えているのだと私は考えている。


 だからこの魔物も何かの比喩だ。穴から出てきた魔物……。


 これってもしかして、その三百年前に起きた戦争のきっかけなんじゃ。そうだよ、じゃなきゃ評判の良いって書いてあるフィーユさんの死に誰も答えられなかった何て事ないよ!つまり、オファーレかアンブラのどちらかの人間に殺されたって事…かな。じゃあ、魔物は戦争の隠語…って事?


 じゃあ、この穴も何かの比喩…?


 穴…穴…ああ、ダメだ。こっちはわからない…!もしこれも比喩的なもなら、一体どんな内容が当てはまるんだろう。


 フィーユさんの話も比喩とは限らないけどさ。でも流石に物語に登場するような魔物が本当にいたなんて思えないし…本当だったとしてもすぐには信じられないよね。


 はぁ、今日の所はここまでにして、この本に書いてあった事は今度機会があったらジュールに聞いてみよう。


 残りのページを読んでも後は、どうオファーレ・アンブラ両国がどうやって滅んでいったのかという事がおどろおどろしい単語を使って書かれているくらいで、ジュールの前世に関係ありそうな出来事は書いていなかった。


 もう読むところはないかと、私は本を閉じようとした際に、ある記述が目に入った。それは『フィーユとの不可解な別れにイディオは深く嘆き悲しんだ』という文だ。


 前後の所からその人物はオファーレ人男性だという事はわかった。


 もしかしたらこの人とフィーユさんは恋人だったのかもしれないな。


 私は今度はしっかりと本を閉じた。


 本棚に戻す前に、もう一度探しに来た時のために、しっかりタイトルを覚えておこうと考えタイトルを見つめていたら、ふと著者が目に入った。


 そこには”著者イディオ・クリミネル”、そう”罪人イディオ”という名前が書かれていた。

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