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35 悲劇作家ジャン・ラシーヌ

 ジャン・ラシーヌが愛人デュ・パルクの死に落胆し、その姿が版画となって流布された事は語ったが、モンボワザンは裁判中に、ラシーヌを毒殺者として告発したのである。何故告発したのか、その意図は未だ知られていない。

 毒殺事件の審議中、或る判事が彼女に、彼女が関与していない毒殺事件について尋ねた時、彼女はラシーヌの名前を出したのだ。



 裁判官がモンボワザンに尋ねた。

「貴女は商売として、占いと産婆をしていた訳だね」

「はい、そうです」


「そして、産婆としての仕事の中には、ご夫人方の希望に沿った仕事もあったと」

「その点につきましては、お客様の要望は、殆んどが、生理の調整だけでございました。全ての希望に沿ったかと言われますと、『いゝえ』と言わざるを得ません」


「それはどう言う意味だね」

「裁判官様が望むような内容ではない、と言う事です」


「ほゝう。真っ当な仕事だけをやっていた、と言いたいのだね」

「そうでございます」


「では貴女は何の容疑で告発されたのかね?」

「それは・・・」


「風俗紊乱、黒ミサ参加による魔女疑惑、堕胎、毒薬密売、毒殺で告白されたのだよ」

「私はしておりません」


「この期に及んで、何と厚かましい女だ。神にも法院にも慈悲と言うものはあるのだよ。それはお前の態度如何によるのだよ」

「そう言われましても、やっていないものはやっていないと」


「往生際の悪い女だ」

「私は正直に話しているだけです」


「『正直に話している』だと。何処からそのような言葉が出て来るのかね。己の罪を認め、神と教会に許しを請いなさい」

「真実のみをお話しゝております」


「それでは別の質問をしよう。貴女が告発されていない事件で、毒殺の可能性がある事件はあるかね?」

 裁判官はモンボワザンの頑なゝ態度に業を煮やし、切り口を換えて尋問した。

 モンボワザンの肩が幾分か下がり、強度の緊張が解けたのだろう。彼女は語り出した。


「これからお話し致します事は、かれこれ10年以上前の話しになります。世間でも耳目を集めたものでございます。デュ・パルクと言う女優がおりました。彼女はモリエール劇場で主演女優として数々の舞台に立っておりました。その彼女が突然亡くなった事は、世間を大層騒がせたものでした」

「貴女の感想はよいから、要点だけ話すように」

 裁判官の言葉が彼女の気分を害したのか、少しむくれた様に口を尖らせたが、直ぐに気持ちを落ち着け話し続けた。


「はい。その当時、私は女優デュ・パルク嬢と何年もの付き合いがありました。彼女から舞台に影響が出ないように、月のものを調整して欲しい、との依頼がありまして、それ以来からの付き合いでございました。その彼女が亡くなった事を彼女の義母から聞いたのですが、ラシーヌ殿は随分取り乱して彼女の遺体に縋り付いて、誰も棺に近づけなかった、と聞きました」

「それは義母が言ったのですか?」


「はい。私は産婆もしております。デュ・パルク嬢は産褥の予後が悪く、つまり堕胎の負担が重くて亡くなったと。私が見れば、産褥の予後が悪いのか、それ以外の事由で亡くなったのか分かります。それをラシーヌ殿は恐れたのではないでしょうか」

「ラシーヌ殿は陛下の王室修史官ですぞ。貴女の様な者を恐れる必要などないと思うが」


「私は彼女の義母から聞いた事を申し上げているだけです」

「その様な伝聞を信じる者などいますまい」


「ラシーヌ殿は彼女と秘密結婚した、とも聞きました」

「戯言を何時迄喋るのかね。ラシーヌ殿はカトリーヌ・ロマネ嬢と結婚しているのだよ。言葉を慎みたまえ」


「はい。ですが私はラシーヌ殿とはお付き合いがありませんでしたが、彼女は私とは十数年来の友人でした。その様な間柄の者を寄せ付けないなど、世間の風評は確かではないですか?」

「何を言いたいのかね?」


「世間ではデュ・パルク嬢を殺したのは彼だと噂している者もおります」

「風聞の一つでしかない」


「私は義母から聞いた事を申し上げているだけでございます。噂話をしている訳ではありません」

「それを伝聞と言っているのだ。デュ・パルク嬢が殺されたのならば、殺人の証拠なり、証人なりを告げなさい。それが出来ないのであるならば、ラシーヌ殿に対する誹謗中傷であり、裁判の進行を阻害するものである。遅延行為と見做すが、良いか?」


「そのような大それた事を話している訳ではありません」

「ならば、口を慎みたまえ」

 モンボワザンはデュ・パルク嬢死亡へのラシーヌの関与を法廷で告発した事になった。裁判を見聞きした市民は、数年前の版画を思い出し、偉大な劇作家でさえも毒物を使っていたのかと噂をした。

 上はモンテスパン侯爵夫人から下は胡散臭い者迄、毒物を使って何をしたのか? 人の集まる処では、人の数だけ噂が流れ出した。


 この頃、ジャン・ラシーヌはブルジョワの娘と結婚して、経済的には安定した生活を送っていた。王室修史官としてルイ14世に仕え、王の為に詩を朗読し、彼の人生で一番安定した時期ではなかったのではないか。生活の安定が心の余裕を生み、それが影響したのか、過去の論争で仲違いしたポール・ロワイヤル修道院の神学者ピエール・ニコル、アントワーヌ・アルノーとの関係も修復しつゝあり、穏やかな人生を歩む矢先の出来事だったのである、この殺人疑惑は。



 後日、パリ高等法院は黒ミサ事件で尋問していたモンボワザンの証言から、ジャン・ラシーヌを召喚した。モンボワザンの証言が報じられ、パリ市民は固唾を飲んで、裁判の行方に注目した。

 裁判記録には、噂や伝聞の類いの記載しかなく、彼がデュ・パルク嬢の死に関与した証拠や証言は公式にも、非公式にも記録されていない。それでもパリ市民の一部は、このモンボワザンの戯言を囃し立て、女優デュ・パルクの死を惜しんだ。



 ルイ14世毒殺計画は毒薬密売事件捜査の過程で浮かび上がった事件であり、他の事件と関連した事件であった。1679年の時点では全容は解明しておらず、1682年の7月に火刑裁判は結審した。

 310件の逮捕状が発行され、194人が逮捕された。魔女として火刑に処された者、絞首刑に処された者、ガレー船送りとなった者、国外追放になった者、罰金刑に処された者、そしてジャン・ラシーヌのように無罪となった者や起訴も訴追も受けず、有耶無耶の扱いとなった者も数多くいた。

 国家を揺るがす陰謀の数々と破廉恥事件はルイの栄光を掻き消すものであったが、対外戦争を継続した時代が事件を深く掘り下げる事を拒み、政治体制と文化の深化が暗い世相に取って替わったのだろう。ベルサイユへの宮廷移転、コメディ・フランセーズ設立、ナントの勅令廃止、アウグスブルグ同盟戦争がそれである。


 この物語は1672年から1679年迄を描いたものです。火刑裁判は1682年に終決しましたが、愛妾や宮廷貴族の一部の者の罪は、有耶無耶にされたと言った方が良いでしょう。何時の時代、何処の国でも権力に近い者達は・・・


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