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32 逮捕された魔女モンボワザン

 パリ警察庁警視総監レニエは、逮捕したラ・ボワザンことモンボワザンを尋問した。バンセンヌの牢獄は毒薬密売事件や毒殺事件に係り、魔女裁判にかけられる容疑者達が収容されていたので、警察庁の尋問室ではなく、直接牢獄で尋問したのだ。


「マダム。貴方はモンテスパン侯爵夫人と会っていましたね」

「はい。侯爵夫人様は私のお客様ですので、存じ上げております」


「侯爵夫人はどのような理由で、貴方の店に伺ったのですか?」

「はい。侯爵夫人様は産後の肥立ちが良過ぎまして、肥満に悩んでおりました。私は肥満解消のお手伝いをしていただけでございます」


「と言いますと?」

「下剤を調薬して差し上げました」


「下剤ですか」

「そうでございます」


「それはどの様な物ですか?」

「ひまし油でございます」


「それだけですか?」

「左様でございます」


「もっと他の薬品を提供していたのではありませんか?」

「そう仰いますと?」


「毒物です」

「なんと・・・ そのような恐ろしい物、扱ってはおりません」


「そうですか。では話題を換えましょう。貴方は産婆でしたね」

「はい。そちらの仕事もしております」


「そうですよね。貴女は御婦人方の力になれると、宣伝していますね」

「はい」


「それはどの様な事なのでしょうか?」

「ご婦人方には殿方と違いまして、月のものがございます。それを私はご婦人方のご要望に合わせまして、調整しております」


「申し訳ないですが、私に分かるように説明して下さい」

「そのような下賤な話題など、警視総監様にお話しするような内容ではございませんが」


「いやいや構いませんよ。お話し下さい」

「そうですか、それでは。ご要望によりまして、月のものゝ日時を変更して差し上げる訳でごじます」


「それは薬を使って、という訳ですか?」

「その通りでございます」


「どのような薬を使うのですか?」

「それは職業上の秘密でございますので、ご容赦を」


「その薬は時期を調整するだけですか?」

「と言いますと?」


「詰まり、堕胎に使えるのか、と言っているのですよ」

「何て恐ろしい事を。私はそのような事には係わっておりません」


「堕胎をした事はない、と言う事ですか?」

「そうでございます」


「堕胎を依頼された事もないと」

「全くございません」


「そうですか。話しを聞くと、大層手広く商売をしていますね。一人でやっているのですか?」

「子供とやっております。勿論子供は手伝いだけですので」


「そうですか。それ以外の者もいますか?」

「そうでした。小間使いとして雇っている者がおりました。ですが、仕事を手伝ってもらっているのではなく、仕事以外の雑用をお願いしている訳でして、つい、失念致しました。」


「仕事は手伝っていないと」

「そうでございます」


「その者の名前は?」

「ガエル・ルモヮニュと申しまして、10歳の小娘でございます」


「ガエルはモンテスパン侯爵夫人に会った事がありますか?」

「お店に侯爵夫人様はいらっしゃいますので、何度かお会いした事はございます」


「私の聞きたい事は、彼女はベルサイユに出入りしていたのか、と言う事です」

「お待ち下さい」少しモンボワザンは考えた。「そう言われますと、一度侯爵夫人様にお薬をお届けに参りました事がございました」


「一度だけ?」

「はい」


「他には?」

「小間使いですので、他のお客様に薬をお届けした事もございました」


「王弟妃殿下にお会いした事は?」

「私は王弟妃殿下から仕事を依頼された事はございません」


「宮殿に行った事は?」

「ございません」


「貴方の小間使いは?」

「ございません」


「そうですか。侯爵夫人の使いの方が、大層王弟妃殿下のお心に止まられ、親しくお話しになられた、と聞きました。確か名前がクロードとか言っていましたね。その侯爵夫人の侍女の方と会った事は?」

「それは。侯爵夫人様は良く来られますので、お店でお会いした事はございます」


「単独では?」

 モンボワザンは一瞬だが、言葉に詰まった。しかしそれを気とられないよう、直ぐに少しトーンを上げて応えた。

「ございません」


 その日の尋問はそれで終了した。初日から激しい尋問はレニエからすると好まないので、簡単な尋問で終えたようだが。



 二日目になり、レニエはモンボワザンの尋問には係わらなくなった。部下の一人が担当した為、尋問と言う拷問が彼女を待ち受けていたのだ。彼女はモンテスパン侯爵夫人への毒物提供については否定した。そして侯爵夫人の侍女クロードとの係わりも否定した。

 拘束椅子による指への圧迫にも音を上げず、一切の毒物との係わりを否定した、その代償として指3本の骨折を負わされてしまったが。


 結局の処、モンボワザンはモンテスパン侯爵夫人と面識はあるものゝ、毒物提供はしていない、の一点張りであった。

 中々事件の全貌が見えない中、モンボワザンの子供は、母親の裏の姿を自主的に告白した。詰まり、一回の拷問で白状した訳だ。

 それで、クロードとの係わりも露見してしまった。そうなると、母親が否定しても子供が真実を吐露する訳で、モンボワザンはこの後、魔女裁判にかけられる事になる。


 モンボワザンはモンテスパン侯爵夫人の毒殺事件への関与は否定したが、商売敵のフランソワーズ・フィラストルが毒殺を請け負っている事を告白し、「彼女は悪魔に魂を売った魔女」だとも言った。

 これを後日聞いたフィラストルは、同じ様にモンボワザンを殺人者だと告白した。お互いがお互いを魔女、殺人者と罵り合っているのだ。


 一旦魔女の名前が挙がると、教会関係者の悪魔崇拝が次に暴かれた。その中で、ギブール神父は性愛ミサを開催したとして、幾多のブルジョワの奥方や宮廷貴族のご夫人方の名前を当局に告白した(これも拷問に拠って、口を割らされた例である)。



 1679年2月3日にフランスは神聖ローマ帝国と平和条約を結んだ。

その果実をものにしようと、ルイ14世はハプスブルグ家からフランスに譲渡された土地やロレーヌ公へ返還された都市や土地で、終戦前にフランス国王名で施行された法令の有効性を確認し、全てを実行に移してしまった。この法執行は広範囲に行われた為、ルイの官僚はフランス東部での仕事が一挙に倍増してしまった。勿論、陸軍卿ルヴォワの仕事も同様である。

 宿敵の隙をついてコルベールは、一挙に毒薬密売事件の片を付けようとした訳だ。

 警察庁の取り調べは順調に進み、多くの平民が火刑法廷に送られたが、容疑者が増えるに連れて、貴族の逮捕も始まってしまった。宮廷貴族も当然含まれていた為、宮廷に累が及ぶ事を恐れ、ルイは火刑法廷を中止させてしまった。当然、パリ高等法院やパリ市民の怒りは弾けそうになっていた。


 その中で、唯一とも言って良い、リュクサンブール元帥こと、ピネー・リュクサンブール公フランソワ・アンリ・ド・モンモランシ―・ブットヴィルが、バンセンヌに自ら出頭し、己の無罪を訴えた。そして己の潔白を主張し、あらゆる誹謗中傷や告発を根拠のないものとして、退けてしまった。


 ルイは陸軍の威信低下を恐れ、彼の逮捕状請求を有耶無耶にしていたのだが、彼は己の正義と国家への忠誠に微塵の疑いも持たれる事を嫌い、そのような挙に出た。これは世間の喝采を浴びた


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