31 逮捕された容疑者達
パリ警察庁警視サロモンは、バンセンヌの牢獄に、毒薬密売事件に関連した者達を収容した。悪魔崇拝者、黒ミサ主宰者としてギブール神父、ルプルゥー神父、コットン神父等が逮捕された。魔女としてモンボワザン、彼女の愛人ルサージュ、フランソワーズ・フィラストル、エリザベート・シモン等が逮捕された。闇堕胎容疑でフランソワーズ・フィラストル、エリザベート・シモン等が逮捕された。
「誰某の侯爵が亡くなったのは奥方が毒を盛ったからだ」とか、「誰某の旦那は愛人を矯正院に閉じ込めた」と、連日噂がパリの街中に流れている。誰も制御出来る状態ではなくなった。
コルベールの最も恐れていた事態に進みつゝあった。
毒薬密売事件から発展して毒殺容疑で幾多の男女がバンセンヌに送られたが、コルベールとレニエが3月、容疑者の一斉逮捕に踏み切る前に、ルイは火刑裁判所の特設を1679年の1月に決定した。これによって彼等の決定が後押しされたのは間違いないだろう。憲兵隊も使って行ったのだから。後一つ、オランダ戦争がフランスの勝利で終わり、講和条約の締結に陸軍卿ルヴォワが専念しなけれならなかった事も起因するだろう。
バンセンヌでは、エリザベート・シモンがサロモンによって尋問されていた。
「貴女のお名前とお処、職業をお聞かせ下さい」
サロモンは比較的穏やかに尋問を進めた。
「エリザベート・シモンと申します。パリ、グラン・ディルー街の23に住んでおります。星占い、手相占いを生業にしております」
「それでは、マダムシモン。貴女はラ・ボワザンこと、モンボワザンをご存じですね?」
「ラ・ボワザンでしたら、存じております。何せ私の同業者ですから」
「同業者ですか」
「はい、彼女も占いをしておりますので」
「占い師と言う訳ですか」
「はい」
「それ以外に、彼女について何かご存じですか?」
「それ以外と言いますと?」
「占い以外の商売ですよ。貴女もご存じなのでは?」
「そうでした。確か、産婆は頼まれると引き受けていたと聞きました」
「貴女もですか?」
「私はしておりません。占いだけでございます」
「彼女は産婆を引き受けた時、何か薬を使っていませんでしたか?」
「存じません」
「良く思い出して下さい。時間はありますので」
「そう言われますと。何ですか、使っていた様にも思えますね」
「そこの処をはっきりと」
「『はっきり』と言われましても。うろ覚えですので。一度聞いた事がございました。『生理を整える薬を使っている』と聞いたような」
「曖昧な事では困りますね。貴女の嫌疑にも影響しますよ」
「そう言われましても。一度聞いたゞけですから」
「まあ、良いでしょう。それで、その薬は何処から購入しているのですか?」
「それは存じ上げません」
「シャストィユと名を聞いた事は?」
「いえ」
「バナンと言う名前に憶えは?」
「いえ」
「知らないと」
「私、正直に申し上げております」
「そうしてもらいませんと、貴女の身が・・・」
「何を言いたいのですか?」
「正直に話して下さい、と言っているのですよ」
「私は嘘など付きません」
「それが貴女の身の為ですからね。少し経ったら別の尋問方法で色々聞きますから。良く思い出して下さい」
そう言い残すと、サロモンは尋問室から出て行った。後に残されたマダムシモンは少し不安に駆られたが、大した事にはないだろうと高を括った。
1時間弱過ぎた頃、サロモンは拘束椅子を持たせた獄吏を伴って戻って来た。獄吏の持つ椅子を眼にして、シモンの顔から余裕感が消え、恐怖に慄く顔へと変わった。
「お待たせしました。記憶は呼び戻されましたか?」
「何の事でしょう」
明らかにシモンの顔は引きつっている。眼はサロモンを見るのではなく、椅子に釘付けになっている。
「質問に戻りましょう。シャストィユと言う名を聞いた事がありますね」
「はい」
「バナンと言う名前も聞いた事がありますね」
「はい」
「宜しい。これからは正直さが、貴女にとって一番の味方になるでしょう」
「はい」
「貴女はシャストィユ又はバナンから薬と称して毒薬を購入しましたね」
「いいえ」
「貴女はシャストィユ又はバナンから薬を貰い受けましたか?」
「いいえ」
「質問を変えましょう。ソワソン侯爵夫人は貴女のお客ですか?」
「いいえ」
「モンテスパン侯爵夫人は貴女のお客ですか?」
「いいえ」
幾つかのやり取りの後、サロモンは獄吏に視線を向け、拘束椅子の使用を促した。
獄吏がシモンの前に拘束椅子を持って来る。拘束椅子には、背もたれに皮ベルトが3本括り付けられている。
獄吏は慣れた手付きで、彼女を拘束椅子に縛り付けた。3本の皮ベルトがピッタリと彼女の胴体を縛った。
「どうですか? 身体にフィットする感覚は」
シモンは何も答えなかった。
「質問に戻りましょう。貴女は薬と称して毒薬を購入しましたね」
「いえ」
「シャストィユ又はバナンから薬を貰い受けましたね」
「いえ」
「未だ椅子が身体にフィットしていないようだ。調整しなさい」
サロモンが獄吏に命じると、椅子の皮ベルトがキリキリとシモンの胴を締め上げると、彼女は苦し気に声を上げた。
「毒薬を使いましたね」
「うゝ、知りません」シモンは呻き声を上げながら応えた。
「もっと締め上げろ」
サロモンの声が獄吏に届き、皮ベルトが更に胴に食い込む。ウエストはこんなにも細いのかと思う位、彼女を締め上げた。ウエストと胸を締め付ける皮ベルトで、彼女は声を上げる事が出来なかった。唯、唸るだけ。唯、嗚咽するだけ。
「少し緩めて差し上げなさい」
サロモンの命令で皮ベルトが穴一つ分緩められると、シモンの鳴き声が聞こえて来た。涙が流れ、涎が滴り落ち、顔は真っ青になっていた。
「シャストィユを知っていますね」
少し間を置いて彼女は肯定した。
「素直に応えれば苦しまずに済んだものを・・・ 私も女性をいたぶる事は好きではないので、正直に応えなさい。宜しいな」
彼女は弱々しく首を垂れた。それからはシモンの知る全てをサロモンに告げた。




