30 ルイ14世はどの様な決定を下すのか
パリ警視庁警視総監レニエは、サロモンの経過報告を聞き、コルベールの執務室があるベルサイユ宮に赴いた。
この頃、ルイ14世は月の半分もベルサイユ宮に滞在し、建設中の宮殿を視察するか、執務している為、パリにあるルーブル宮やシャイヨー宮には殆ど立ち寄らなかった。必然的に貴族や官僚もベルサイユに集まり出した。
「毒物事件の経過報告が上がりましたので、報告致します」
レニエは緊張しながら内務卿に向かって話し出した。
「現時点での捜査対象として、監視している者はモンテスパン侯爵夫人、ソワソン侯爵夫人、アリュイ侯爵夫人、ポリニャック子爵夫人、タングリー大公夫人、ラ・フェルテ元帥夫人、ブイヨン侯爵夫人、ル・ルール侯爵夫人、セサック侯爵閣下、リュクサンブール元帥閣下、ヴァンドーム公爵閣下、フキエール侯爵閣下などでございます」
コルベールは眼をつぶり、黙って聞いていた。何の反応も示さず、静かにレニエの報告に耳を傾けている。
「モンテスパン侯爵夫人の関与は間違いないか・・・ 不味い。陛下の御威光が・・・」
コルベールの表情からは、彼がこの事件をどのように理解しているか伺い知れなかった。語調からは動揺しているとは思えないが、国王の身を案じる言葉が漏れ、彼もショックを受けているのがレニエにも分かった。
レニエはコルベールがどのような指示を出すのか待った。この場合、自分から提案すべき事件ではないと分かっていたから、受け身でいたのだ。
「モンテスパン侯爵夫人が関与している事は間違いないのだね?」
「はい」
「分かりました。陛下にご報告致さねばならないな。君は下がってくれ」
コルベールはレニエに退室を促し、今受けた知らせをルイに報告し、対策を練らねばならないと考え、世評を如何に導くかにも思案した。
「閣下。この報告は、陸軍卿にも知らせるべきものかと思いますが」
「私が陛下にお知らせした後、私から報告する。君はこの件については、捜査のみを行なえば良いのだ。方針は私が決定する」
「分かりました。失礼致します」
レニエの退室を確認して、コルベールはため息を漏らした。これ程多くの貴族やブルジョワがこの事件に関与しているのだろうか? モンテスパン侯爵夫人は誰を毒殺しようとしているのか? ソワソン侯爵夫人が関与しているならば、陛下の落胆は如何ばかりだろう?
全てを陛下に知らせて良いものなのか、彼には判断が付かなかった。誰の名を出し、誰某の名前を伏せるのか、コルベールは決定出来なかった。
それならば、全てを包み欠かさず報告しよう。それが如何に陛下を落胆させようとも、法の執行は厳正に下さなければならない。市民に、国家に対す疑念を抱かせてはならないのだ。
ルイ14世のスケジュールを確認すると、コルベールはすぐさま、建設の進むベルサイユ宮の一室に向かった。
「陛下。本日はご尊顔を拝し奉り、臣たるコルベール歓喜の極みにございます。王国の弥栄をご祈念申し上げます」
「ありがとう。私も内務卿殿のご健勝が見てとれ嬉しく思います」
「本日は陛下のご休憩の時間を割いて頂き、感謝申し上げます」
「何でもありません。何か急ぎの用件なのですか?」
「件の毒物事件でございますが、ある程度関与した者が判明致しましたので、お耳に入れたく参上した次第でございます」
「そうですか。分かりましたか・・・」
「はい。矢張りと申しますか、宮廷貴族の一部も含まれておりますので、陛下のご判断を頂きたく」
ルイは直ぐには応えなかった。恐らく、自身の愛妾にも司直の監視が付いているのだろうと思い、陰々滅々とした心持になったのだろう。
王の気持ちを推し量り、コルベールはルイが言葉を発する迄、静かに待った。
「多くの者が上級院に呼ばれるのですね」
「そうなると思われます」
「仕方ありません。世情を惑わせる者には、国家の方針を認めさせねばなりません。それが誰であれ・・・」
「陛下。その点でありますが、捜査対象にはモンテスパン侯爵夫人やソワソン侯爵夫人がおります」
「何ですと? オランプですか?」
「はい」
王の顔が鬱々として来た。それは傍から見てもはっきりしていた。かつての恋人。若きルイの心をときめかせ、その後も肉体関係のあった愛妾。オランプ・マンチーニはマザラン枢機卿がイタリアから招いた姪であり、マザリネットと呼ばれた女達であった。彼女等は当時のフランスの美醜判断に当てはまらない魅力を持った女達であり、彼女のすぐ下の妹、マリーはルイの初恋の女性であった。
少年時代の淡い恋心を抱いた一人の女性を思い浮かべ、ルイの心は千々に乱れたのだろうか。それとも?
「私の気持ちより国家が大切です。今、フランスがヨーロッパに君臨出来るのは、王令が等しく国民に施行されているからです。それを私の関係者だからと言って、排除出来る訳がありません。そのまゝ続けて下さい」
「仰せの通りに」
「その他には?」
「はい。こちらも言い難いのですが、リュクサンブール元帥閣下も捜査対象との事でございます。これは陸軍に係る事でございまして、私には判断のしようもございません」
コルベールは陸軍と伝え、ルヴォワが何か関係しているのではないかと示唆した。陸軍卿が関与していれば、一気にルヴォワ派の壊滅に進めると踏んだのだろうか。
「ピネー・リュクサンブール公フランソワ・アンリ・ド・モンモランシ―・ブットヴィル元帥閣下ですか・・・」
「はい」
椅子に深く腰掛けたルイの身体から少し力が抜けた様に見えた。重苦しい空気が室内を覆い、空気がよどんでいるように感じられた。
「陛下。このまゝ捜査を続け、裁判となりますと、世論が如何になるのか。そして国民感情が国家に対して芳しいものにならないのは自明でございます」
「そうですね」
「これは私の私見でございます。秘密裁判に移行しては如何でしょうか?
「それは内務卿としての意見ではなく、個人としての意見ですね」
「はい。内務卿としては被告が誰であれ、国家に対する、法治に対する反逆です。これを見過ごしてはなりません。しかし、個人として言わせて頂きますと、何人かは国家に対しての功績と言いますか、寄与が大変大きく、陛下の御裁可で除外なさるのが宜しいかと思います」
「それは何故ですか?」
「先ず、ソワソン侯爵夫人でございますが、陛下の御教授たる故マザラン枢機卿の姪御さんでございます。その一点だけでも世間に晒す訳には参りません。次にリュクサンブール元帥閣下でございます。元帥はこの度の戦争を勝利に導いた者の一人でございます。それを国民は知っております。だからこそ、あのような人気がある訳でございます。英雄を裁判に掛ける事は出来ません。そしてモンテスパン侯爵夫人でございます。如何に陛下の寵愛が薄れたからと言って、夫人を被告席に着かせる事は国家に対する否、陛下に対するクーデターに等しいものと思います」
コルベールにしては熱弁を振るった部類に入るだろうか。三名の酌量をルイに伝えたのだから。その中には算盤を弾いたものもあるだろう。
「此度の事件をそう容易く扱って良いものでしょうか? 内務卿殿の気持ちは十分分かりました。国家に対し大所高所からの意見、開陳に値するものでした」
「お悩みはご理解致します。その上で申し上げた事でございます」
「国家への貢献を考慮して判断を下すとしても、上級院が私の意を酌むでしょうか?」
「ですから秘密裁判に進まれますよう」
「パリ雀達の噂に上がっている事件を隠蔽出来るなど、不可能と思いますが」
「それにつきましては、先程ご提案させて頂きました、国家への貢献度により斟酌するのが宜しいかと。さすれば、世間は陛下の公平寛大なお取り扱いに賛嘆の意を示すものと思います」
「余りに独善的な解釈ですね」
「何と言われましても、全貌は開示してはなりません」
「それでは秘密裁判しかありません。私は火刑裁判を求めたのですよ」
「それにつきましては占い師、魔女、悪魔崇拝者達が容疑者としております」
「どうあってもですか」
「是非、そのようにお取り計らいを」
ルイは悩んだ。コルベールの言う事にも一理ある。しかしそれは彼も言うように、内務卿としての意見ではなく、私見である。フーケ事件でも法の厳正なる執行を求めた者が、そのように豹変出来るのだろうか? 何か裏があるのではないか? あるとしたら、モンテスパン侯爵夫人か、オランプなのか? 将又、リュクサンブール元帥なのか?
未だに内務卿に対して、フーケ一派が逆襲を企てゝいると聞く。宮廷のご婦人方の評判は良くない。そして、陸軍卿との確執もある。何処に彼の意図があるのか? ルイは悩んだ。火刑裁判か、秘密裁判か。




