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28 モンボワザンに会うクロード

 サン・クルー城にて、王弟妃パラティーヌと会見し、フォンタンジュ公爵夫人との接触に成功したクロードではあったが、モンテスパン侯爵夫人と二人で練った計画通り進んだのは、彼女との接触迄であった。

 その後、彼女の衣服に毒を含ませる事や、彼女の持ち物に毒を仕込む事は出来なかった。コーヒーに毒薬を入れる事など、更に無理であった。

 二人は単独の会見や少人数での接触を想定していたので、容易く毒薬を仕込めると考えていたのだ。しかしながら、王弟妃との会見では、多くの侍女がクロードと王弟妃との間で取次をしていた。

 そして、王弟妃はフォンタンジュ公爵夫人を自分に親しい人物として、傍に侍らせた為、近付く事すら叶わなかった。

 どうすればフォンタンジュ公爵夫人に毒を盛る事が出来るのか? 二人は思案六法したが、良いアイデアが浮かばない。それはそうであろう。他人を毒殺した経験は夫人が一度だけ、クロードは一度もない。これでは秀逸なアイデアなど浮かぶ筈もない。

 二人は経験豊富なベテランに指示を仰ぐ事にした。占い師で魔女、毒物のエキスパート、モンボワザンである。



 モンボワザンの店では彼女とロベール・ド・バシモンが何やら話し込んでいた。

「それでどうなったの、親方は?」


 毒薬密売事件でパリ警察庁に捕まり、ガレー船徒刑囚の判決を受け、南仏に送られようとしたシャストゥイユの逃亡を助けたのが、今彼女と話しているバシモンである。

 シャストゥイユは逮捕される前にレシピをヴァナンに有償で渡していた。実に運の良い男だ。隠れ家は何処にでもあり、生涯使え切れない財産を毒薬の卸しで築いたシャストゥイユにとって、官憲の手から離れさえすれば、余生を静かに暮らしたいとの気持ちが芽生えても、無べなるかな。


「護送車を襲ったのだよ。田舎貴族を地中海のガレー船に送る護衛だろ。大した事ないわ。バスティーユの獄吏を買収すれば、経路なんざ、直ぐ分かるわ。後は途中で・・・」

「それじゃ、親方は今、何処なの?」


「多分、ピエモンテ(イタリアのトリノに隣接)ではないか? 何せフランスにいたのじゃ、逃亡者のまゝだからね。それがサヴォイア公国にいれば、どうだい。白十字騎士団将校様だ」

「サヴォイア公国に隠れているのかい。それじゃ、もうパリには戻って来ないね」


「戻るも何も、死ぬ迄帰って来やしないさ。悠々自適の引退生活を送るのだろうな」

「すると、何かい。薬の卸しは?」


「俺が取り仕切る。親方の仕事は全て俺が受け継いだのさ。それだけの恩義を感じている筈さ」

「そうかい、あんたがこれからは全てを取り仕切るんだね。宜しく頼むよ」


「安心しな。馴染みの客は大切にするのが俺の流儀だからな」

「それなら、もそっと安く卸してくれないかい。結構な量を仕入れているんだからさ」


「それは需要と供給量によって、決まるからね。俺の一存で、どうこう決められるものじゃないよ。俺にも多くの配下がいるから、そいつ等を食わせなくちゃ、ならないから」

「何だい、長い付き合いじゃないか。多少は気を使っても良いんじゃないかい」


「仕事は仕事。私情を挟んじゃいけないよ、マダム」

「折角代替わりしたんだから、何かしてやらなくちゃね」


「いやいや。今は未だ毒薬密売事件の方だって、片付いていないから。派手な事をしたら、当局に密告されてしまうからな。暫く静かにしているのが一番さ」

「そうそう。マリー・ボスが捕まって、連中、殆んど壊滅したって言うじゃないか」


「殆んどの者が火あぶりになったじゃないか。俺は御免だぜ、あんな最期になるなんて」

「私もそうさ。あくどくやると、神様がお目こぼしをしてくれないからね」


 そんな他愛のない会話をしながら、どれ程商売の話しを続けていたのだろうか。バシモンが引き揚げた店に、数時間の後、クロードがやって来た。



「こんにちは、マダム。ご機嫌は如何ですか?」

「これは、これは。元気にしておりますよ。貴女は如何ですか?」


「お陰様で。侯爵夫人のお力の賜物ですわ、全てが順調で」

「それはようございました。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「大した事ではございません。少しお知恵を拝借したいと思いまして」

「そうですか」


 顔はニコニコしているが、彼女の眼は、クロードの衣服から履物や持ち物迄、色々と不自然なものはないか詮索している。

 先ず疑ったのは、侯爵夫人に用立てた薬の不具合によって、目的を達する事が出来なかった夫人が己の保身の為、関係者の始末をする事だった。そうなれば、いの一番に処分されるのは薬を調達した自分。捕まって裁判になれば、夫人との関係を必ず聞かれる。夫人との関係をキッパリ否定出来るか。夫人は疑っているのだ。

 そう思ったからこそ、使いのクロードに疑念の目を向ける事は自然な流れで、服装から、口調から相手の考えを汲む事が、この世知辛い浮世を生きる術なのだ。

 薬の取り引きもヴァナンやシャストゥイユから、バシモンに替わっている。代替わりが進めば、築き上げた信頼が継続される保証のない事がバシモンとの遣り取りでも分かった。

 侯爵夫人が何時自分を排除するのか、用心して付き合わなければならないと、モンボワザンは理解していた。


「それで、どの様なお話しでしょうか?」

「薬の効果的な使用方法を教えて頂きたいのです」


「効果的と言いますと? お薬をお渡しする時、使用法については全て説明しておりますが」

「それは存じております。しかし、夫人も私もそちらの経験がマダム程豊富ではありませんので、中々マニュアル通りには・・・」


「それで、私に何をしろと」

「いやいや、マダムに『何かをして下さい』とは申しません。経験豊かな貴女のアドバイスを頂きたいのです」


「何方にお使いになるのですか?」

「口を憚る事ですので、一寸・・・」


「分かりました。それでは,どの程度の効果をお望みでしょうか?」

「はい、即効性があり、2・3時間で効く使い方です」


「何処でお使いでしょうか?」

「それもお話しは・・・」


「ご安心下さい。私共はお客様の情報は、一切漏らしません。それがこの商いの鉄則ですので」

「はあ」


「毒物密売事件で逮捕されたマリー・ボスの事件をご存じかと思いますが」

「はい」


「彼女は顧客の情報を漏らす事などありませんでした。それもあったのでしょうが、火刑と言う大変厳しい刑罰をうけたのですよ。自分の死よりも大切なものは信頼です。顧客の信頼無くしてこの商売は成り立ちません。ですからご安心下さい」

「そうですね」


 何とも煮え切らない返答であった。お互い一蓮托生だと匂わせたのだが、何を恐れているのか、肝心な部分は口を閉じて話さない。


 これ以上話しても埒が明かないと踏んだモンボワザンは、一般論でと言いながら、毒物の使用法を説明した。

「最後にお渡しゝました薬は即効性のある物ですので、それについて説明致します」

「お願いします」


「先ず、飲料に入れて頂くか、食事の中に入れて頂ければ問題ございません。それが叶わない場合ですが、着用する衣服か鬘に付着させて頂ければ宜しいのです」

「はい。その使用方法は存じ上げておりますが、実行するとなると、中々好機に恵まれると言うか、チャンスが巡って来ません」


「そうですね。これは差し上げたマニュアルに記載されておりますね」

「ですので、実際に即した方法を教ええ頂ければ」


「例えば、男性の場合ですと、カツラに染み込ませる遣り方もございます」

「それは女性の場合も同様ですか?」


 クロードの反応は早かった。モンボワザンは対象が女性であるとすぐさま理解した。

「女性の場合は化粧品や香水に含めても宜しいかと」


 クロードの食いつきが頗る宜しかった。間違いなく女性をターゲットに使用する積りに違いない。モンボワザンは対象が誰なのか、推測した。夫人は国王の寵愛を受けている筈だから、一体誰であろうか? 彼女は国王の寵愛が夫人から離れつゝある事を未だ知らなかったので、フォンタンジュ公爵夫人がターゲットになっている事に、思いが及ばなかった。国王の寵愛を一身に受けている女性がフォンタンジュ公爵夫人であるなど、知る由もない。宮廷の艶聞は、この時パリ市民には知られていなかった。


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