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27 モンテスパン侯爵夫人暗殺に失敗

 王弟フィリップ・ドルレアンと王弟妃パラティーヌは、居城パレ・ロワイヤルを本拠としていた。王弟は若い頃、最初の妻、アンリエット・ダングルテールをこゝに住まわせ、自分はサン・クルー(パリ首都圏にあるオ・ド・セーヌ県の都市、セーヌの左岸にあり、ブローニュの森の対岸に位置する)の館に、お気に入りの貴族を招いて悦楽の日々を過ごしていた。彼女の死後、継室のパラティーヌも夫の男色に悩まされていた。



 クロードはモンテスパン侯爵夫人の命を受け、コーヒー豆を持って、サン・クルー城を訪れた。

「何方の使いの方ですか?」門番が型通りの質問をする。

「モンテスパン侯爵夫人の使いの者でございます。侍女のクロードと申します。王弟妃殿下はご在館でしょうか?」


「モンテスパン侯爵夫人の使いの方ですか。連絡は受けております。そのまゝお通り下さい」

 モンテスパン侯爵夫人専用の馬車は城門を通り抜け、館に進んだ。


 居館に入り、館の執事にクロードは王弟妃への取次を依頼した。執事も侯爵夫人からの連絡を知っており、直ぐに王弟妃の居間の前室に通された。居間から、王弟妃の許を訪れたフォンタンジュ公爵夫人と王弟妃の談笑している声が漏れて来る。

 和やかな雰囲気に包まれている様子が伺える。クロードは思った。「思った通り、公爵夫人がいる。何とか会えないものか」と。あれこれ思案していると、居間から執事が戻って来て、彼女に入室を促した。


 王弟妃の居間に入ってみると、誰もいない。先程はこの部屋から音が漏れていたのだが。あちらこちらと視線を向けては、王弟妃から疑われる為、彼女は一呼吸置いて挨拶をした。

「王弟妃殿下に於かせられましては、ご機嫌麗しく、心よりお慶び申し上げます。本日はご多忙の折にも係わらず、私の様な下賤の者にも貴重なお時間を割いて頂き、感謝申し上げます」

「ご丁寧なあいさつ、痛み入ります。モンテスパン侯爵夫人のお使いの方でしたら、大歓迎致します」


「王弟妃殿下よりの温かいお言葉、身に余る光栄、感涙に咽ぶ思いでございます。本日は侯爵夫人より王弟妃殿下に献上したき品を持って参った次第でございます」

「私への進物ですか? 一体何でしょう?」


 言われて恭しくクロードはコーヒー豆の入った袋を差し出した。部屋付きの侍女がそれを彼女から受け取り、王弟妃の座る椅子脇に置かれたテーブルに置いた。

「何かしら、ワクワクしますね」

 侍女が紙袋に包まれた物を開く様子を見ながら、嬉しそうに呟いた。


「妃殿下。貴重なコーヒー豆でございます」

 侍女がプランセス・パラティーヌに報告した。

「本当ですか? 嬉しい。皆で頂きましょう」

 王弟妃がそう言うと、部屋に侍っていた侍女達が一斉に喜んだ


「宜しいでしょう?」

 そう言いながら、王弟妃はクロードの顔を見た。

「王弟妃殿下のお気に召すまゝに」

 クロードはにこやかに応えた。


「皆さん、早く準備をして下さい」

 この一言で、テーブルを出す者、コーヒーカップをテーブルに用意する者、大急ぎで食堂に湯を取りに出て行く者、コーヒー豆を挽く器具を探す者と、侍女達の役割分担が綺麗になされた。


「貴女のお名前は何でしたか?」

「クロードと申します。侯爵夫人の侍女をしております」


「そうですか。クロードですか、覚えましたよ」

「お気に掛けて頂き感謝申し上げます。それと不躾ながら、侯爵夫人から王弟妃殿下にお願いしたき儀がございまして」


「何でしょうか?」

「主より『ベルサイユ宮にて、国王陛下へのお慰みと致しまして、コメディを開催したい』との命を受けまして、コメディにご造詣の深い王弟妃殿下のご助力を賜りたく、まかり越した次第でございます」


 コメディと聞いて、王弟妃の顔がほころんだ。彼女とルイは過日も、コメディについてサロンで議論した処であったから。そしてゲネゴー座のパトロンをルイとフィリップはしていたのだ、時期は違うが。


「それは素晴らしいお考えですね。陛下もさぞやお喜びになると思いますよ」

「侯爵夫人も陛下のお疲れを癒す為には、陛下が今、ご興味を持たれておりますコメディを上演するのが一番と考えております」


「それで私に何をお求めで?」

「ゲネゴー座が今日隆盛を極めましたのも、オルレアン公から、いの一番にご援助を頂いたお陰でございます。殿下のご後援がなければ、今日の成功はございませんでした」


「確かに殿下のご後援で、パリでの成功を収めたとは聞いております。しかし、それ以降は陛下のお助けを受けていたのでは?」

「はい、確かにそうでございました。ですが今、陛下のご寵愛はオテル・ド・ブルゴーニュ座に移っております。ですので、ゲネゴー座への影響力は殿下の方が・・・」


「それで私から殿下にお話しをしてくれないか、と言う事ですね」

「はい。これが侯爵夫人からの依頼文でございます」

クロードは夫人からの手紙を侍女に渡し、侍女が王弟妃に封印を開けて手渡した。文章を読み終えると、王弟妃がクロードに向いて話し掛けた。


「分かりました。私から殿下に口添えを致しましょう」

「ありがとうございます」


「構いません。元々、陛下と殿下は、モリエール殿のコメディが大層お好きでしたから」

 王弟妃はにこやかに話し掛け、クロードに質問した。


「クロード、貴女もコメディに関心があるのですか?」

「はい。モリエールのコメディは、私達下々にも分かる、それは面白いものでございます。それに私の両親は、旅役者でございました」


「そうでしたか。それで何と言う役者なのでした?」

「ラ・デズイエと名乗っておりまして、ラシーヌ様のブリタニキュスに出演しておりました」


「それは立派な女優ではありませんか。ラシーヌ殿の作品に出演されていたとは。それ以外には?」

「主にブルゴーニュ座にて演じておりました」


 クロードのフルネームは、クロード・ド・ヴァン・デズイエであり、両親はレ・デズイエの名で旅役者をしていた。彼女も幼い頃より両親に連れられて、フランス中を旅して育った。

 彼女の親が役者であると知り、王弟妃はクロードにしきりと話し掛けた。旅役者の生活や舞台役者としての生活、演じた役名等々。



 二人の会話が盛り上がる頃、コーヒーの準備が整い、女性同士のお茶会が始まろうとしていた。一人の侍女が王弟妃の耳元で囁いた。

 直ぐに王弟妃はその侍女に何かを言うと、侍女は部屋を出て行った。暫くして、侍女が先客、フォンタンジュ公爵夫人を案内して来た。


 まさしく天の配剤である。クロードの本来の目的、フォンタンジュ公爵夫人に会い、夫人の衣服に毒薬を染み込ませる事がモンテスパン侯爵夫人と諮った計画だったから。

 しかし、フォンタンジュ公爵夫人は王弟妃の隣の椅子に座り、クロードとの間には大人数で喫茶出来る大型テーブルがあった。更に、王弟妃と公爵夫人の周りには侍女が何人も侍り、近付く事は勿論、衣服にすら触る事が出来なかった。


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