25 モンボワザンと密会するモンテスパン侯爵夫人
モンボワザンは卸元のシャストゥイユから毒薬を仕入れる事が出来たので、早々にモンテスパン侯爵夫人へ連絡を入れた。手紙は第三者から見られても良いように、時候のあいさつや近況報告しか書かれていなかった。それと言うのも、彼女からは入手次第連絡を入れる旨の言質を取っていたし、彼女との接点はそれ以外なかったので、彼女からの手紙という事だけで、夫人は理解したのだ。
数日前にヴァナンが卸していった薬が夫人の所望するものであった。夫人は手紙を受け取るや否や、モンボワザンの店にやって来た。
「こんにちは、モンボワザン夫人。お元気でしたか?」
「これは、これは。こんにちは侯爵夫人様。ご来店頂き、感謝申し上げます。本日はお日柄も良く、身眼麗しきお姿を拝見致しまして、光栄の至りでございます」
「あなたこそ、お元気そうで何よりですわ」
「侯爵夫人様よりそのようなお優しいお言葉を頂けるとは、幸せでございます」
「何もその様に卑下なさる事はありませんのに。今、パリではあなた程優秀な助産婦はおりませんのよ。それにお見受けした処、大層高価な宝飾品を身にまとっておられるようで、ご商売は増々ご繁盛ですね」
「そのように侯爵夫人様からお言葉を頂けるとは、感謝申し上げます」
「さて、時候の挨拶はそれ位にして置きましょうか」
「はい、そのように。それでは不躾ながら、私より本題に入らせて頂きます」
「お願いします」
「ありがとうございます。暫くお待ち頂きました薬が手に入りましたので、侯爵夫人様にご献上させて頂く運びとなりました」
そう言いながら、モンボワザンは侯爵夫人の腰かける椅子の前のテーブルの上に、透明な小瓶を差し出した。4cmの大きさで、量とすると3ml位であろうか。
「これが例の?」
「そうでございます」
侯爵夫人はその小さな小瓶を手に取り、しげしげと眺め回した。少し黄色味掛かっている液体だ。
「大変お手数を掛けました。感謝申します」
「侯爵夫人様のご要望に応えられ、それだけで幸せでございます」
「この薬はどのように?」
「はい。大変貴重な薬ですので、お取り扱いはご慎重にお願い致します」
「勿論ですわ」
「それではご説明致します。この薬を一度に全て、料理や飲み物の中に入れて、服用させて頂きます。苦味がございますので、味の濃い飲み物や胡椒をたっぷり使った料理にお使い願います。飲み物でしたら2時間程、食べ物でしたら3~4時間位で効果が表われますので、その間にご準備をして頂ければ、病死若しくは突然死としてお医者様には判断して頂けます。慌てず、普通の病気のようにお医者様にご連絡頂ければ、警察に届けられる事もございませんし、何より肉体に薬物反応も出て来ません。こゝで重要なのは、服薬後の対応でございます。突然苦しみ出したので直ぐにお医者様に連絡をしたと、最善の対応をした事をお医者様に確認してもらう事でございます。その為にもお医者様の到着前には、当該人の料理や飲み物は処分して頂く事。残留物がございますと、調べられる事がございますので、ご注意願います。何年か前に毒殺事件が明かるみに出た事がございましたが、それ以降、不審死につきましては、パリ警察に届け出る事になりました。ですので、お医者様に病死若しくは突然死と診断して頂ければ、何も恐れる事はございません。この薬は体内に残留致しませんし、薬物反応もございませんので、その点につきましてはご安心を」
「あなたの説明を聞きまして安心致しました」
「ご安心して使えますよう、厳選した薬でございます。入手に大層難儀致しました」
「それはもう、分かっております。その様なお薬を頂いて、感謝致します」
「滅相もございません。侯爵夫人様のお力になれただけで・・・」
「いえいえ、感謝しております。それで如何程でしょうか?」
「出来ますれば、200エキュ頂ければ」
(200エキュ=20ルイ・ドール=600リーブルとして、150~160万円程の価値かと思います)
夫人は黙って小さなバフ皮の袋をモンボワザンに差し出した。それを彼女が受け取ると、意外に重かった。急いで中を確認すると、何とルイ・ドール金貨が50枚入っているではないか。
彼女が請求した金額の二倍半の額である。彼女は暫し言葉に詰まった。自分としては多少色を付けた値段を言った積りであったが、何と侯爵夫人は想像以上の値を付けた事になる。
これは正規の値段ではない。嫌々、本来売買すべき物ではない毒薬だから、正規の価格などありはしない。彼女は200エキュもの値段を請求したのだ。そして50ルイ・ドール金貨を対価として支払ったのだ。
「侯爵夫人様。これは幾らなんでも多すぎます」
「そうですか? 私の感謝の気持ちを表わした積もりなのですが」
「そのお気持ちには感謝申し上げます。しかし、その対価としては余りに・・・」
そう言って彼女は侯爵夫人の顔を見て、理解した。200エキュ以上の金額は、それ以外の対価として侯爵夫人が支払ったのだ。
どのようなサービスを求めているのか。分かり切った事だ。“沈黙は金、雄弁は銀”これが彼女の仕事のモットーであり、それを実践して来たからこそ、今でも無事に仕事をしているし、当局から目を付けられていないのだ。
「侯爵夫人様のご好意に感謝申し上げます。何なりと私にお申し付け下さい。ご期待に必ずや報いる所存でございます」
「そう言って頂けますと、私も一安心致します。ご高名な貴女に対して、十分報いる事が出来たのか不安でしたから、人心地着きました」
「侯爵夫人様のご安寧は保証させて頂きます。この商売をしている以上、お客様との信頼関係は大前提でございます」
彼女の言葉に侯爵夫人は、相槌を打ちながら頷いた。
「注文すれば、何でも入手して頂けるのですか?」
「はい。余程の事がない限り、仕入れる事は可能でございます。何なりとお申し付け下さいませ。」
侯爵夫人の質問に彼女は即答で応えた。彼女の言葉に得心したのか、はたまた安堵したのか再度尋ねた。
「一体どの様にして、手に入れる事が出来るのでしょうか? 何処から見つけて来るのですか?」
「その辺の処につきましては、私共仕入れ業者に一任しておりますので、関与しておりません。ですので、何方から運ばれて来る物か迄はどうでございましょうか?」
「そうなのですか。全てを差配している訳ではないという事ですね」
「左様でございます」
「分かりました。何か入用な物がありましたら、今度は私からご連絡しますので、その節は宜しくお願いします」
「喜んでお待ち申し上げております、侯爵夫人様」
「それではこれで私はお暇致しましょう」
そう言いながら、侯爵夫人は立ち上がり、彼女の店か出て行こうとした。モンボワザンは夫人よりも早く席を立ち、扉の前迄行った。そして、夫人の帰り際、耳元で囁いた。
「大変面白いパーティーが近々ございます。侯爵夫人様にもご満足頂けるものでございますし、ご身分の高い方々のお集りでございますので、是非ご検討頂ければ幸いなのですが」
夫人が彼女の顔を見た。そして、小さく頷いた。




