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24 モンボワザンまたの名を魔女ラ・ボワザン

 魔女ラ・ボワザンは、アントワーヌ・モンボワザンの妻で、本名はカトリーヌ・デエと言い、助産師、手相占い師、魔術師、薬物販売も手掛けていた。

 夫のアントワーヌは小間物や宝石等の宝飾品を販売していたが、うだつが上がらず、生活水準は一向に向上しなかった。必然的に彼女は助産師、占い師として生活費を稼ぐ為に活動したのであった。


 モンボワザンの占いは結構当たるとの噂さがあり、顧客が彼女の店を頻繁に訪れる事が多々あり、ブルジョワ階層だけでなく貴族にも馴染み客が出来た。

彼等の支払いが彼女の生活を潤し、その潤沢な資金が何時しか胡散臭い化金石や毒薬の購入・販売へと進むのは彼女の生活環境からは必然に思えた。

 それと言うのも、金が出来ると、彼女は夫が販売している如何わしい宝飾品ではなく、ブルジョワから直接高価な宝石を買い始めたのだ。高価な宝石を身にまとい、周りから賛辞の言葉を受けて彼女の虚栄心は刺激され、増々宝飾品の購入に励むのである。


 何時しか占いの稼ぎだけでは彼女の欲望を満たす事が出来ず、手っ取り早く稼げる堕胎や毒薬販売に手を染め、錬金術や贋金作りにも手を出そうかとしたのである。毒薬販売の過程で、卸元のシャストゥイユが錬金術に必要な化金石の作成に成功し、そのレシピをシャストゥイユの一味であるヴァナンに大金で売り渡した事を知った。

 しかし、ヴァナンは毒薬密売事件で逮捕され、彼のレシピが何処に行ったのか、多くの者が探し求めていたが不明であった。彼女は彼とつながりのある者とコンタクトを取った。



 ある日、自分の店で、彼女は毒薬を卸しに来たバシモンと話していた。

 バシモンは本名をロベール・ド・ラ・ミレと言い、リュクサンブールの領主であったが、経済的困窮から錬金術に没頭し、同好の士ヴァナンと出会い、彼の一味に加担した仲である。


「今月の薬は、これで間に合うね」

「そうだね。それにしても士爵様は何時も薬の手配が早く、過不足なく卸してもらえるから、大層助かるね」


「彼のネットワークの広さと言ったら、貴女も驚く程さ。プロヴァンスから始まり、フィレンツェ・ジェノヴァ・エーゲ海諸島、果てはチェニジア・アルジェリア・モロッコ迄にも代理人がいるのだから。何だって手に入るね」

「手広くやっているじゃない」


「扱う商品は、何でもござれさ」

「それで聞いたんだけど、士爵様は錬金術もやっているんだってね?」


「良く知っているな。今は薬の卸しで手一杯だからやっていないけど、何年か前迄は実験室に籠りっきりで、色々やっていたな」

「それで成功したの?」


「あゝ、成功したよ。但し、金ではなく銀だったけどな」

「へえ。上手く行ったんだ。じゃ、何で薬を卸して、銀を造らないんだい?」


「それは色々あるんだけど。先ず、第一に実験室の建設だ。これに偉く金が掛かる。そして道具だ。ガラス製蒸留瓶の確保にも結構掛かるな。第二に銀変成過程に時間が掛かる事。どんなに早くとも半日は掛かるね。そして第三に化金石を造る材料だ。スキラ球根と言う物が必要で、この入手が非常に難しい。幾ら諸侯の財力で、実験室や道具が用意出来ても、スキラ球根が手に入らなければ、銀は出来ない」

「じゃ何で、士爵様は銀を造ったんだい。スキラ球根が入手出来なけりゃ、造れない筈だよ」


「その通りさ。スキラ球根なら何でも良いって訳じゃない。これは実験してみなけりゃ何とも言えんのさ」

「そりゃあんた、騙されたんだよ」


「いや、俺は騙されてはいない」

「何でそう言えるんだい」


「俺も実験に立ち会ったからさ」

「本当かい?」


「あゝ。あれは今でも鮮明に覚えているのだ。錬金炉の上の鍋から、赤い銅の代わりに灰白色の銀が見えた時、実験室の皆が大騒ぎだったよ。遂に完成したのだと」

「そうなのかい? 士爵様が皆の眼を騙して、銀と入れ替えたんじゃないのかい」


「それはないな。士爵の傍には必ず俺がいたから、助手としてね。俺もこの実験を最初から全て手伝っていたから、最後に入れ替える何て、出来ないね、不可能さ」

「それじゃ、スキラ球根だね。何処の物が良いんだい?」


「プロヴァンス産だな。これで銀変成には成功しているのだが、南仏産なら何でも良い訳じゃないし、失敗してもいる。イタリア産も良いが、こちらはやってみなけりゃ分からないのだよ」

「何だい。必ず造れるのはプロヴァンス産だけなのかい?」


「そうとも言えないのさ。同じ材料で同じレシピで造っても、銀変成しない時もある」

「一か八かの博打かい、錬金術は」


「そうとも言えるな。莫大な資金と材料を探す時間、そしてレシピさえあれば、信じられない位の財を築けるからな。それに、フランス一国を買える程の銀が手に入ると思うと、他の蓄財術が可愛いものに思えてくるのさ」

「随分と大きく出たね」


「それ位の価値があるものだよ、士爵のレシピは」

「それ程言うんなら、あんたがやってご覧よ」


「やったさ。だけどな、大量の銀を製造するには、信じられない位の大きさの実験室と、ガラス製蒸留瓶を用意しなけりゃいけないのさ。実験室は諸侯が城に用意出来るかも知れないが、蒸留瓶はガラス製である以上、一定以上の物は製造出来ないのさ、強度が保てなくてね。だから時間を掛けて、少しずつ造るのなら可能だな」

「それじゃ、あんたも銀変成に成功したのかい」


「そうさ、士爵のレシピを俺は持っているからな。これを手に入れるのに、どれだけの時間と銭が掛かっていると思う?」

「あんたが持っているのかい?」


「そうさ」

「どうやって?」


「ヴァナンは毒薬密売事件で捕まったのだが、知ってるね?」

「あゝ」


「そのどさくさに紛れて、彼の実験室に侵入して手に入れたのさ」

「あんた、悪党だね、仲間だろ」


「お前、馬鹿か? レシピが当局に渡ったら、国が大々的に銀変成に乗り出す事になるのは、火を見るよりも明らかだ。俺らの仕事は御仕舞いになるんだ。それを黙って見ているかい?」

「そう言われゝば」


「そうだろ。だから俺が手に入れたのさ、国に替わって」

「何とも言えないね」


「そんな事はどうでも良いのさ。問題は俺達がこれからも仕事を続けられる事が大事なのさ」

「随分ドライなんだね」


「それが仕事だから」

「想像出来ない位稼げるんだろ?」


「想像出来ない位ね」

「勿体振るね」


「当たり前だろ。銀変成に成功したのは、この世では士爵しかいないからな。亡くなった錬金術師、某何某のレシピを彼が手に入れた事が成功のきっかけだと、彼から直接聞いたのさ」

「士爵様以外にも成功した山師がいたんだね」


「そうさ。そのレシピを入手するのに、随分と錬金術師の本を高額で買い求めたりしたからね。あの有名な科学者ベーコンすら、係わっているのだからな。幾ら掛かったのやら、今になっちゃ、彼しか知らないな」

「それであんた。そのレシピを今、持っているのかい?」


上目遣いでモンボワザンが、ヴァナンの顔を見ながら聞いた。

「あっはっはっは。あんた、こゝを何処だと思っているのだ。自分の店がある処をさ」


 彼は大笑いしながら、顔を横に振った。彼女の住んでいる場所は、ヴィルヌーヴ・シュール・グラヴォワと言い、パリ郊外のサンドゥニの手前である。

 パリの拡大に伴い都市城壁の外側に迄、住民の住まいが広がり、パリ警察の目の届かない、脛に傷持つ者達にとって居心地の良い場所だった。

 彼女の顧客は殆どが上流階級かブルジョワ階級だったので、治安の事など彼女は意に介さなかった。顧客の安全の為、彼女はボディガードを雇っていたから、自分の立ち位置を忘れたのだろうか?


「そうだね。何時も上流階級を相手にしていると、自分の立場を忘れてしまうのさ。私も掃き溜めにいる事を」

「気を付けな」


「あゝ。それで何故、薬の卸しを辞めて、銀一本に絞らないんだい?」

「さっき言った通り、大量生産出来ないので、コストが嵩むのさ。それなら贋金作りの方が、余程効率が良いぜ」


「そんなものかね? 私があんたの代わりにやってあげようか?」

「それは御免被りたい。素人の出来る仕事じゃないよ。それに、今の薬の販売で十分儲かっているのだろ?」


「この商売、卸しより小売りの方が稼ぎは良いけれど、それ相応のリスクはあるからね。顔も名前も晒して商売しているんだから、それに見合った銭は貰わないとね。士爵様はキロ幾らで商売出来るけど、こっちは使い方迄教えないと、『効果がない』だの、『効き目が悪い』とか、変な噂を流されるんで大変だよ」

「当たり前だ。人の欲望に付け込んで稼ぐのだから、細心の注意が必要なのは小売りも卸しも同じだよ。あんたは『これが欲しい、あれが欲しい』と俺に注文するだけで良い訳だ。“餅は餅屋”と言うじゃないか。あんまり欲をかきなさんな」


「何だい、人の苦労も知らないで。これだから殿様商売は駄目なんだよ」

「何を言っているやら。こちらは、あんただけに卸している訳じゃないのさ。文句があるなら、取引を止めたって良いのだが。士爵からその辺の裁量は、任されているのだからな」


 愚痴をこぼした事をバシモンに咎められ、モンボワザンは直ぐに言い繕った。

「嫌だね、あんた。そんな気で言った訳じゃないのさ。士爵様の薬には本当に感謝しているのさ、本当だよ」

「まあ、良いさ。こっちは銭さえ貰えりゃ誰だろうと構わないからな。あんたも口は慎めよ。この商売信頼関係がなくなりゃ、御仕舞い、だからな」


「分かったよ」

 バシモンはモンボワザンから薬の代金を受け取ると、そそくさと店から出て行った。その後ろ姿を見ながら、彼女は苦々しげに舌打ちをした。

(こっちの苦労も知らない癖に。偉そうに説教なんかしやがって、今に見てなよ)

 錬金術のレシピが手に入れば、個人相手の商売から足を洗って、大規模に銀変成をして大金を掴み、悠々自適の引退生活を送ろうと目論んでいたのだが、バシモンからレシピを入手する術がないのが分かり、彼女は少し落胆した。

 ある程度の蓄財が出来たので、後は合法的な商売に移行して、安穏な生活を送りたいと思うのは自然な流れなのだろう。何時迄リスキーな商売を続けられるのか、彼女には想像出来なかった。


 仕事のピークは過ぎましたが、フォローが年内続きそうです。何とか毎週投稿しようと思いますが、出来ない時は悪しからず。

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