21 ルイの外交 1
1661年の3月に宰相マザラン枢機卿が亡くなった。彼の臨終に際して彼の家宰であったコルベールは当然として、財務卿ニコラ・フーケ、陸軍卿ミシェル・ル・テリエ、ユーグ・ド・リオンヌがルイと共に別室で控えていた。
若いルイは政治の師たるマザランの死を受け入れる気持ちに未だ至っておらず、幾度となく知らされるマザランの容体に悲壮感を漂わせ、死に赴く姿をその眼に焼き付けたいと願っていた。しかし、廷臣より王たる者の態度ではないと諫められ、重臣達と別室でその時を待っていたのだ。
その場には、後のフランス外交に携わるユーグ・ド・リオンヌがルイと共にいた。彼の外務卿としての活動期は1663年から1671年の8年であった。彼の後任はシモン・アルノ・ド・ポンポンヌ侯爵が、友人でもあったリオンヌの死後ルイに就任を要請され、それを受けたのだ。そして彼の活動期も同じく8年であった。
オランダ戦争の講和が成り、フランスはオランダ及びスペインとの交渉によって平和条約と通商条約の締結に至った。そして2月には神聖ローマ帝国皇帝との平和条約締結に漕ぎつけた。残るはブランデンブルク選帝侯(フリードリヒ1世、後の初代プロセイン国王。在位1701年~1713年)との条約締結及び同盟国スェーデン王国とデンマーク・ノルウェー王国との和平条約締結である。
最高国務会議のメンバーは、ルイを筆頭にコルベール財務総監と宮内卿(コルベールが兼務)、ルヴォワ陸軍卿、ポンポンヌ外務卿、そして通常は大法官であるのだが、ル・テリエが大法官を辞してから司法改革が始まり、司法制度全体が大法官の監督下に置かれるようになった為、その重責を軽減しようとの名目で大法官の権限が縮小され、最高国務会議のメンバーから外され、訴訟顧問会議の長としての地位しか残っていなかった。その為、最高国務会議は一時4名で構成されていた。
「本日の最高国務会議はブランデンブルク選帝侯との条約締結及びスコーネ戦争終結に向けた和平案について諮りたいと思います。それでは陛下、お言葉を頂戴願えますでしょうか」
内務卿を兼任するコルベール財務総監がルイの発言を要請した。
「本日は皆さんお忙しい中、時間を割いて頂きましたので、しっかりご意見を聞かせて頂きます。さて、オランダ戦では当初意図した目標と若干違ってしまいましたが、何とか勝利する事が出来ました。その後の条約締結によりまして、勝利を目に見える形で国民に示す事が出来ました。後は選帝侯及びスェーデン王国の和平条約締結だけになりました。詳細は外務省が詰めますが、大枠はこの会議で示さなければなりません。皆の意見を求めますので、忌憚のない意見を上げて頂きたい」
「陛下の率直なお考えを受けまして、臣民共々、フランスの隆盛をご祈念申し上げます。それでは先ず、外務卿殿から案がございましたら、ご提示願えますでしょうか」
コルベールがポンポンヌ外務卿に外務省案の説明を促した。
「それでは私から説明致します。先の戦いは陛下のお言葉にもございましたように、イングランドの早期離脱によります対オランダ、スウェーデン王国参戦によります対ハプスブルグの二つに分けられます。よって、昨年のナイメーヘンでの講和締結は、二回の条約締結が必要になりました。今年になりまして、2月に神聖ローマ帝国との条約がなりましたので、今後の予定としましてはサンジェルマン・アン・レイ宮殿にて我がフランスとブランデンブルク選帝侯に係わる条約締結、フォンテンブロー宮殿にてスウェーデン王国に係わる条約締結となります。
前段と致しまして、ナイメーヘン条約につきまして簡単ではございますが説明致しまして、その後外務省案の説明とさせて頂きます。オランダとの平和条約については、1.オーベルニュ伯の没収された領土の返還。2.マースリヒトの返還。3.戦時行為の免責。4.捕虜の無償解放と拿捕品の返却。5. 英国王が条約の保証者となる。6.オレンジ公領の条約批准後の返還。
通商条約です。1.拿捕品の返却但し、戦利品は除く及び敵国船拿捕免許状の無効。2.通商と航海の自由及び軍艦の寄港の自由。3.外国人死亡者の財産没収の禁止。4.1668年締結の三国同盟の尊重。5.相手国への領事の駐在。6.対等課税の順守。7.有効期間は25年間。
スペインとの平和条約については、1.戦時行為の免責。2.スペインにシャルルロワ要塞、バンシュ、アト、アウデナールデ、コルトレイクの返還但し、メーネン周辺及びコンデは除く。3.リンブルグ公領、マース川以遠の土地、ヘント及びヘント城塞、ローデンヘルス砦、ワース地方、ブラバンドのレーヴェ、サンギスラン、プイグセルダの返還の約束。4.上述地点のフランス国王名で下された法的行為の有効性。5.ニューポールトの水門及び防御施設のスペインの領有確認。6.フランシュコンテ及びネーデルラント征服地の永遠なる領有。7.ディナンのフランスへの返却若しくはシャルルモンの割譲。8.ピレネー条約(1659年)及びエスク・ラ・シャペル条約(1668年)の有効性の確認。9.英国王の調停者としての確認。10.同盟国の条約への追加確認。
次に神聖ローマ帝国皇帝との平和条約については、1.ウエストファリア条約の尊重。2.フランスのフィリップスブルグへの主権放棄。3.フランスへのフライブルクの永久譲渡。4.ブライザハからフライブルクへの囲繞地通行の自由。5.ロレーヌ公領の返還但し、ナンシー及び周辺地のフランスへの編入。しかし、その対価としてのトゥール及び近郊のロレーヌ公への割譲。6.同盟国への調停。7. 英国王の仲介者としての確認。8.ロングウィ市街及び教務院長領の永遠なるフランスへの帰属。9.フランス国王名で下された法的措置の有効性。以上となります」
流石に説明が長くなったので外務卿は一息入れて、テーブルの上に置かれたグラスの水を飲んだ。喉を潤した後、説明を続けた。
「そして締結案ですが、スウェーデン王国とデンマーク王国・ノルウェー王国は、スウェーデンとホルシュタイン・ゴットルプ公領を1660年の状態に戻す事に同意する。ブランデンブルク選帝侯との締結案として、スウェーデン王国にブレーメン・フェルデン及びポンメルン(犬のポメラニアンの原産地)の過半を返還並びに東フリースラントの返還。その代償としてフランスからの慰謝料支払い、額は今後の交渉にて。選帝侯へゴルノウとダムを除いたオーデル川東岸の譲渡。又、オランダ軍によるクレーフェ公国駐留の禁止でございます。以上が外務省案でございます」
すぐさまルヴォワ陸軍卿が発言した。
「外務卿は、長らくスウェーデン王国駐在大使として赴任しておられました。彼の国の内実には詳しいかと存じますが、フランスの意図通りに動きますか?」
「私、陛下の任命によりまして、1655年から1668年そして1671年と13年彼の国と携わりました。その間、スウェーデン王国は軍備拡張によるバルト帝国構想を持っておりましたが、如何せん国費が不足しておりました。そこに目を付けられました陛下のご見識によりまして、300万リーブル(今の価値にすると150億円?)の戦費援助が始まりましたので、否が応もありません。その辺の処は陛下が一番お詳しいかと」そう言って、外務卿がルイを見た。
「構いません。続けて下さい」
言葉少なにルイが答える。それを見て、少しコルベールの口元が動いた。多額の資金援助が1672年に交わされたフランス・スウェーデン同盟の名の下、スウェーデン王国に注ぎ込まれていた。財務担当として、幾らかでも圧縮出来るものであれば、圧縮したいのが彼の考えであった為、ルイの言質を引き出したい処だったのだが、上手くかわされてしまい経費節減の話しが出し難くなったのを悔しがったのだろう。
ルイの顔を彼はちらりと見たが、我関せずとでも言うのであろう、ルイはコルベールと視線を合わせなかった。
「それでは続けさせて頂きます。スウェーデン王国は軍事面で、バルト海にてデンマーク王国海軍との覇権争いがあり、貿易面ではオランダ連邦共和国と鍔迫り合いを演じております。又、ポーランド・リトアニア共和国に何やら動きがあるとの報告も受けております。現状では陸軍は彼の地で一頭地を抜きん出てはおりますが、海軍はデンマーク海軍、オランダ海軍とのエーランド島海戦(1676年)、キューゲ湾海戦(1677年)にて壊滅的打撃を受け、バルト海の制海権を失っております。財政面でも現状を維持する予算が組めず、フランスの資金援助なしには軍の維持が困難であると推察しております」
「フランスの意のまゝに動くと解して宜しいのですね?」ルヴォワが再度尋ねた。
「そのような認識を外務省も持っておりますので、宜しいかと」
「そうしますと、失地した大陸の封土の確保が出来ればそれだけで良いのですか?」
「いや、それだけでは国王カール11世陛下(在位1660年~1697年)は承服しないと思います」
「具体的に何を求めているのですか?」
「平和条約の締結だけでは不満に感じると思います。これは外務省の予想ですが、神聖ローマ帝国へは締結案で示しましたように、ポンメルンの返還を求めておりますので、我がフランスもこれをバックアップ出来れば、それで良いと考えております。対オランダにつきましては交易の拡大を求めておりますので関税の撤廃か、旧税率の適用を求めると思います。」
「交渉時に約定を反故にする恐れはありませんか? それと言うのもブランデンブルク選帝侯との戦いでは分が悪いと世評では囁かれておりますから」
「先の戦いは我等がフランス陣営の勝利でしたが、後半の海戦やライン川の戦いはどういう訳でしょうか、ブランデンブルク選帝侯の勝利とハプスブルグ陣営では見ております。何等かの意図がなければ、レオポルド1世陛下(在位1657年~1705年)がそのようなお考えになるとは思えません」
「陛下。レオポルド1世陛下の意図が隠されているとお思いでしょうか?」ルヴォワがルイに直接尋ねた。
「私がレオポルド1世陛下のお考えに思いが及ぶでしょうか?」
「陛下。ご謙遜なさらずに、どうかご教授願います」尚もルヴォワは求めた。




