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20 黒ミサ

 黒ミサは中世フランスで、異端と認定されたアルビ派がその起源とされている。

 アルビ派は南フランスのラングドッグ地方のアルビ(現タルン県の県都)、トゥールーズ(現オトガロン県の県都)を中心に広まったカトリックの一派であり、ローマ・カトリックの偶像崇拝を激しく非難して、善悪二元論をその教義の根拠とした。ペルシャの宗教、ゾロアスター教の影響を受けたマニ教の形而上的神と形而下的悪魔との対立を掲げる世界観と同一視されている。一神教の絶対神によって存在の許された悪魔を絶対神の対極に据えた事が、神意に反する邪教として、カトリック教会から蛇蝎の如く唾棄すべきものとして、後年殲滅の対象になってしまった。その教義はカトリックの一分派というよりも仏教に近く、物質世界より精神世界の優位性を唱え、生への固執を疎み、自死をも肯定していると解釈されて来た。

 更に教会にとって容認出来なかったのは、カトリック教会では金利収入を容認しておらず、告解にあたっては金融業者が金利の返却をしない限り赦免を認めていなかった。しかし、アルビ派は告解そのものを認めておらず、それが金融によって得る金利を肯定したと判断されてしまったのだ。


 中世ヨーロッパに於いて、金融業若しくは金貸し業にユダヤ人が多く従事していたのは、カトリックの教義により、信者が利子を得る金貸し業に従事出来なかった事の補完であった。アルビ派の金融面に於けるこの寛容さは、信徒の増加をもたらし、カトリック教会にとって無視出来ないものになった。と言うよりも一般信徒の堕落、棄教につながるものと恐怖していたのだ。最終的には異端十字軍遠征によって殲滅させられてしまった。


 サバトは深夜だけに執り行われるものではなく、人知れない場所で、白昼から行われた例もある。それを偶々目撃した人々が魔女裁判で証言もしている。当時の裁判記録によると、淫猥なパーティーではなく、畑仕事や家事を終えた女性達の猥雑な会話や飲食、踊りが主たるものであったと記録されている。これが近世以降、深夜に開かれるサバトの中に黒ミサが性愛ミサとして取り込まれ、卑猥で破廉恥な乱交パーティーに変質してしまった。最も、19世紀の作家ジュール・ミシュレは「サバトはキリスト教に絶望した民衆の乱痴気騒ぎである」と喝破していたが。


 モンテスパン侯爵夫人は何時頃からか、パリ近郊のブローニュの森やフォンテンブローの森、市内の四阿で開催されるサバトに参加していた。サバトは最初に参加者が悪魔に忠誠を示す行為として、牡山羊の面を被った男の臀部に参加者全員がキスをしてから始まる。

 パリ北部の城壁近くの一軒家でその日執り行われる黒ミサに、モンテスパンはギブール修道院長※と共に参加した。参加者は男4人、女4人の8人であった。

 

 ※1632年にリシュリュー枢機卿の失脚を目論み、南仏ラングドック地方で兵士700名を引き連れ、王弟オルレアン公ガストンと共に挙兵したが、ルイ13世政府軍に敗れて処刑されたモンモランシー公アンリ2世の子供。


 最初に参加者は、牡山羊の面を被った男の尻に順番にキスをした。それが終わると、参加者の中の一人の女性が全裸になって、逆十字の印が縫い込まれた黒ケープを羽織り、部屋の中央に備えられたミサ台に仰向けに寝転んだ。参加者の手によって、はだけた腹の上には聖餐用のパンが置かれ、秘部には干し肉が置かれた。

 祭壇の準備が終わると、ギブール修道院長は葡萄酒の代わりに水を肉の聖餐器に注ぎ、女性の経水を潅水器に入れて灑水棒で黒ミサの参加者全員に振りかけ、悪魔アスタロトの名を連呼して悪魔に恭順の意を示した。

 悪魔への礼賛が終わると、男女全ての参加者が肉の聖餐器たる女性の裸体に一人ずつキスをした。そしてパンを食べ、干し肉を食した。一同の聖餐が終わると、ギブール修道院長もパンを食べ、干し肉を食した。

 参加者全員の聖餐が終わり、ギブール修道院長は女性二人に聖餐器の代用を務めた女性の裸体を洗い清めさせ、悪魔礼賛へと進んだ。


「大いなる悪魔公爵アスタロト様。地獄の40軍団を束ねる偉大なる軍団長様。我らの恭順をお認め下さい。どうか、国王と王妃の寵愛が末永く我らの頭上に注がれますように。又、我らが王太子や王子、王女の思し召しによって一族の繁栄が続きますように。我らの願いが叶いますように、大いなる悪魔公爵アスタロト様に願い奉ります。下僕として我らに、どうぞ貴方様のお力が頂けますように祈願致します」

 ギブール修道院長が祈り、参加者も彼の後を追って唱和した。一同の唱和が終わると、彼は清められた裸体の祭壇を背にして、再び経水の入っている潅水器から灑水棒で参加者に悪魔の聖水を振りかけた。


 悪魔崇拝儀式が終わり、悪魔礼賛の証としての悪魔との性交が次に来る。実際の処、彼の黒ミサでは悪魔は出現していなかった。どちらかと言うと、彼は黒ミサよりも性愛ミサを実施していたと記録されている。これは参加者の要請、有体に示せばモンテスパン侯爵夫人の要望であった。儀式内容を裁判記録から見てみると、悪魔への貢ぎ物、生け贄がなかったのだ。拠って、パリ高等法院での魔女裁判では、悪魔崇拝よりも性愛ミサ開催の罪に問われている。


 彼は祭壇に横たわる裸体の女性に近づき、陰部身体中にキスをした。

 これを合図に参加者は着ている物を脱ぎ、近くの男女、女男女のグループに分かれ、性愛ミサが始まった。それを祭壇に横たわる裸体の女性と一緒にギブール修道院長は見ていた。


 モンテスパンは既成の概念に囚われない、自由奔放な気質の女性であろうか。度々占いで例えて申し訳ないが、そのような生まれ日の命を持っている。それに恐らく、彼女は面食いのタイプと推測される。そのような仮定で話しを進めると、ルイとの関係だけに満足出来る女性ではないだろう。

 何故か? この頃のルイを美男子の範疇に入れるのは一寸無理であろうか。チビ、デブ、ハゲの三拍子なのだから。彼女が黒ミサに参加し、情欲の赴くままに異性に肉体の喜びを求めているのだから。


 何時迄続くのか分からないサバト。こゝでは名前を伏せるが、ギブール修道院長とモンテスパン侯爵夫人以外にも著名なマダムや貴族が参加している。後に魔女裁判で、事の次第が事細かに裁判記録として記されているので、彼等の乱痴気騒ぎがどの様なものなのか、後世明らかになるのだが、これは偶然にも記録が残されていた為に分かった事である。

 多くの裁判記録はルイ14世の命によって処分され、殆どが残っていない。偶然にも裁判官のメモランダムによって、今日我々が目にする事が出来たのだ。


「ああ・・・ そうよ、そうなのよ。これが私の望んでいる物なのね。あゝ、あゝっ。そうよ、これが愛なのね・・・」

 夫人の甲高い声が二人をより興奮させた。

 黒ミサ、性愛ミサはモンテスパン侯爵夫人にとって、国王からの夜伽が途絶えて以来、身体の疼きを鎮める格好の舞台であった。若い男女と体を重ねる行為が、如何に彼女にとって心の渇きを癒し、体の喜びを満たすのか。夫人は性愛ミサの虜になっていた。



 この章は本来はもう少し長めでしたが、詳細に書くと18禁になりますので、割愛しました。他の章に比べて短いですが、あしからず。

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