19 ルイとル・テリエ
午後6時過ぎ、ルイは私室にてル・テリエと相対していた。午後1時の昼食会から二人は半日を共に過ごした事になる。都合5時間以上に渡る時間は、ル・テリエにとっては長く感じられた。これが戦場であれば刻々と戦況が変化する中、時を忘れて行動していたのだが、平時ともなると如何ともし難いものであった。それに反してルイは、常日頃から己の行動が他者から見られるものと思っていたので、陽気に振舞っていた。
それが特定の人物のみが入室を許される私室に入った途端、ルイの顔から太陽王の威厳と朗らかさが消えたのだ。
「私の愚痴を聞いてもらえませんか、フランソワ」
「何なりと、今でも陛下の臣下でございます。大法官に迄ご登用頂いたこの身、終生陛下にお仕えする所存でございます」
「有難う。そう言ってもらえると助かる。こゝでの内容は、他言無用でお願いしたい」
「分かっております。何なりとお話しを」
「モンテスパン夫人の件で悩まされているのです」
「如何様に?」
「私に新しい愛妾が出来た事は貴方も知っていますね?」
「フォンタンジュ公爵夫人でしょうか」
「そうです。今はアンジェリクが一番愛おしくて・・・ それを夫人が嫉妬して、私に無理難題を押し付けてきて、ほとほと弱っているのですよ」
「どのような事をお願いされているのですか?」
「彼女と手を切ってくれと、事ある毎に言ってくるので困り果てゝいるのです。何か良い手立てはありませんか?」
「陛下、この年寄りに男女の痴れ事、まして陛下の事となりますと、何と申し上げてよろしいのやら」
「何でも良いのです。アドバイスとは言いません。何か参考になるような・・・」
ルイがル・テリエに話す様は傍から見ると懇願しているようにも見える。
「陛下は殊の外、夜の方はお強いと伺っておりますが」
「フランソワ、私は40を過ぎたばかりです。心身共に健全な男ですよ」
「それは良く存じ上げております。そうなりますと、お二人をお相手になされては如何でしょうか?」
「貴方の冗句は面白くはありませんね」
「失礼致しました。冗談は冗談として、夫人は確か離婚なされたと伺っておりますが」
「確か、5年前でしょうか。それからですよ、私に王妃のような対応を求めてきて。仕方なく、サロンの一つを彼女に主催させるように取り計らいました処、大金を注ぎ込み、財務総監から耳が痛くなる程小言を貰っています」
「息子も軍予算で随分彼から小言を貰っていると聞いております」
「あの男は金の事になると、目を吊り上げて『節約してくれ』と、聞きたくもない言葉を毎回言ってくるので、一層首にしたい位です」
「やり過ぎの処もございますが、彼も己の役目に忠実なだけでございます。何せ故マザラン枢機卿が、私から『家宰にするから』と言って貰い受けた逸材でございます。必ずや王国の財政を確かなものとし、陛下に輝くフランスを提供出来るものと、私は思っております」
いつの間にかコルベールを擁護する立場で話しを続けているル・テリエが、それに気付いて苦笑した。
「何が可笑しいのですか?」
ルイに己の心の内を見られたのか分からなかったが、心情を王から推し量られているようで彼は恐縮した。
「申し訳ございません。あらぬ事を思い出しまして失礼致しました」
「それよりも何か良い方策はありませんか?」
「陛下。これは一時的な便法ですが、夫人への訪問を週に一度、決められた日に行うのは如何でございましょうか。陛下は毎夜、ルイーズ様と過ごされている訳でございましょうか?」
「いや、王妃や他の愛妾もいるので週に二日程です」
「それでしたら一日、夫人用にお空け下さい。そしてこれが肝要でございますが、曜日を指定するのです。そうする事によって、前日は夫人が陛下用に準備万端整える曜日となります。一夜出向くだけで二日、夫人は満足出来ると思いますが」
ルイは余り乗り気ではなかった。心はルイーズに傾いており、今更な気もしていたし、七人もの子供を出産した夫人の容姿は、彼女とは比べものにならなかったし、王妃にも劣っていたから、初めから乗り気ではなかった。
「お気に召さないようで」
「出来れば夫人と夜を過ごすのは勘弁願いたい」
「それでございましたら、始めは昼間伺えば宜しいかと。床を一緒にせずとも多少のサービスでしたら日中でも負担にはならないかと存じますが」
「気が重いのですよ、夫人の部屋に行く事が。分かりませんか、この気持ち」
「申し訳ございません、お気持ちを察せず」
「良いのです。私の我が儘ですから、折角提案して頂いたのにね。貴方と話して少しは気が収まりました。愚痴を聞いてもらって、多少なりとも落ち着きました」
「そう仰って頂けるとお供をした甲斐がございました」
「それはそうと、今日は何故ベルサイユに来たのですか?」
「陛下のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に・・・」
「世辞は止めなさい」
「失礼致しました。実はヴォーバン要塞総監の件で財務総監にお願いに上がった次第です」
「要塞総監が何かしましたか?」
「総監は只今、モブージュ要塞の建設に取り掛かっておりまして、その経費が軍予算を大幅に超えまして、誠にお恥ずかしい限りではございますが、流用についてお願いしたいと」
「退官した今でも軍予算の陳情ですか。総監が貴方に依頼したのですか?」
「いえ、陸軍卿より依頼されまして・・・」
「ルヴォワ侯からですか・・・ 彼も大変ですね。嫌な男に頭を下げて予算確保をするよりも、確実に資金を確保出来る方法を考えたとは。貴方の息子も知恵が回りますね」
ルイは陸軍卿ルヴォワと財務総監コルベールの確執を知っていたので、父親を前にして露骨な皮肉を言う事は躊躇ったが、多少は言いたい気持ちがあったのだろう。何せ最高会議での二人の論戦にウンザリしていたのだから。
「それを指摘されますと、返す言葉もございません」
「貴方が謝る事はありませんよ。国家を思う気持ちがお互いにあるのですから。しかし、それが私の目指す方向と、必ずしも一致しているとは限りませんからね」
ルイは微妙な言い回しをして言葉を濁した。臣下の統率が執れていない事を自らの口で漏らした事に対して、部下への不満もあるが、己の統率力のなさを自覚した寂しさもあったのだろう。
「その点に関しましては、昨年の戦での要塞総監の手腕は見事の一言でございました、ナイメーヘンの包囲戦などは特に。正しく陛下の意に沿った戦術でございました」
「彼の日頃からの大言壮語もあれだけの実績を示されると、全てを任せても良いかと思わせますね」
「対スペイン、対神聖ローマ帝国にあっては結果が伴いましたが、対ペイバ(ネーデルラントのフランスでの呼称)戦に於きましては、英国の撤退さえなければと、今でも悔しい思いで一杯でございます」
「致し方のない事です。マザラン枢機卿が、母上と共に画策したハプスブルク家対策は実りましたから、良しとしましょう。しかし、チャールズ2世(在位1660年~1685年)の撤退は痛かったですね。当初は私との盟約で英蘭戦争を仕掛けてくれましたが、議会の反対が致命傷でしたね。まあ、あれがなくとも、セテル島の海戦(1673年8月)では、私の海軍と彼の海軍との連携の悪さが祟ってしまいましたから、遅かれ早かれ離脱する事にはなったでしょうから。海軍の後々の行動が制約される事になり、地中海は良いとしても、大西洋での作戦行動に支障が出ますからね」
ルイの話し振りから先のオランダ戦争での成果は勝利と迄は言い難い思いが感じられた。巷間では、コルベールの巧みな世論操作によって、フランスの大勝利と喧伝されており、ルイは戦争上手な国王としての評価を受けていたのだが。
「東部国境沿いには彼の要塞群で東からの侵入を防ぎ、南部ではピレネーを中心に市壁や城壁を配置して防御の拠点としたいと思い、彼に設計出来るか意向を聞いた処です」
「彼はどのような返答を?」
「無論出来ると。彼の手に掛かれば『造作もない事』だそうです」
「陛下。それをおやりになるのですか? それを実行に移すとなると、膨大な資金が入り用ですが・・・ ジャンでなくとも、私でも首を縦には振りません」
「資金の目途が立ってはいないので、時間を掛けて、やる積もりです」
ルイから気の遠くなる計画を聞かされ、呆れたと言うよりも、己の想像の及ばない計画だとル・テリエは思った。唯々、ため息をつくより仕方なかった。
ルイは彼の顔を見やり、少し黙った。感想を聞きたかったのだが、中々言い出さない。天使が通り過ぎ、ルイは話題を変えた。
「庭園の散策で如何にこのベルサイユが宮殿として通用するか、貴方も感じませんでしたか?」
「はい。起伏に富む丘陵に宮殿を築き、中央から周りへと翼棟を広げていけるスペースもあり、感嘆致しました」
「そうでしょう。ここは拡張が無制限に出来るのです。今は未だ、庭園も宮殿も完成しておりませんが、全てが揃った暁には、私は宮廷をパリからここに移す積もりです」
「ルーブルとチュイルリーは改築を行なっておりますが」
「あれは財務総監殿がやっている事で、ベルサイユに私が資金を大量に投入する事が嫌で仕様がないのでしょう。それはそうでしょう。あちらは改築で済みますが、こちらは全て新築ですからね。それに建築総監をルイ・ル・ヴォに、総監督官をアンドレ・ル・ノートルに任命してここを任せた事を快く思っていないのですよ」
「陛下。それは彼にとって、当てこすりと思われても致し方ないかと」
ル・テリエの指摘した事は、二人がベルサイユの仕事に就く前、前大蔵卿ニコラ・フーケのボ・ル・ビコント城建設に携わっていたからだ。ルイにしてみれば、城の出来栄えの良さに惚れて、ベルサイユでも存分に腕を振るってもらおうと考えて任命したのだが、コルベールにしてみればフーケ派の息のかかった連中と思っていた節がある。フーケ一派が失脚の敵討ちとばかりに、ベルサイユ建築に大量の資金を掛けさせて、財務総監としての責任を追及しようと、暗躍しているのではないかと邪推したのだろう。
フーケ失脚の経緯はルイも良く知っていると言うよりも、コルベールの部下からの詳細な報告が罷免の決定打になったと思われるので、明らかにコルベールに対するルイの異なった感情の一つではないのか? ル・テリエも経緯を知っているからこそ、国王に対して「当てこすり云々」と発言したのでは?
ともあれ、ベルサイユに対するルイの気持ちが如何に大きいか分かる会話ではあった。
「随分私の愚痴に付き合ってもらいましたね。そろそろ夜会の始まる時間ですから、これ位でお開きにしましょう」
ル・テリエはルイからそう言われて、もうそんな時間かと思った。確か夜会は午後7時前後から始まるので、退散する良い時間だとも思える。
「陛下。本日は私如き者の為に、貴重なお時間を割いて頂き、誠に有難うございました。懐かしさの余り時間の経つのも忘れてしまい、ご公務のお時間迄お邪魔致しました。それでは、私はこれにて引き下がらせて頂きます」
「未だ宜しいではないですか。折角来たのですから、ビリヤードでもしていきますか? それともダンスは如何かな?」
「お誘い有難うございます。年も年ですし、夜は早くに寝る習慣がついておりまして、そろそろ限界でございます」
「そうですか。残念ですね。良いでしょう。又何かあったらベルサイユに来て下さい」
「本日は長々とお時間を頂きまして、有難うございました。陛下の増々のご健勝をご祈念申し上げまして、失礼させて頂きます」
ル・テリエはルイに深々と頭を下げて椅子から立ち上がり部屋から退出した。控えの間では二名のボディガードが待っていた。三人はそのまま馬車を停めていた建設中の政府翼棟に向かった。
改築中の鏡の間からは華やいだ声が聞こえ、音楽も漏れてくる。未だ日は高く、シャンデリアには火が灯されてはいなかった。
お知らせ
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