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18 陸軍卿ルヴォワと父ル・テリエ 2

 それを待っていたかのように、大臣室の続きの間の扉が開き、男が入って来た。


「大臣となりましても父上にとっては可愛い子供ですな」

「そうなのだ。幾つになっても父親の助けがないと、独り立ち出来ない子供を演じるのも大変だぞ」


「そのように演じておれば父上はお喜びになる。それが生きる糧となるのでしょうか」

「その通りだ。仕事から引退した途端、ボケてもらっては堪らん。ル・テリエ家にとっても長生きしてもらわねば」


「ご聡明な閣下だからこそ出来る事で、私などはとても真似出来かねます」

「まあ世辞はそれ位で良いだろう。例の件は何処迄進んでいる?」

 陸軍卿ルヴォワと話しているのは、マリー・ボス達を尋問したパリ警視庁のサロモン警視であった。彼はルヴォワ派閥に属しており、毒薬密売事件を逐一派閥のボスに報告していたのである。彼も軍人であり、軍での栄達を望んでいたから早くに旗色を示していたのである。寧ろ警視総監レニエのように、中々旗色を鮮明にしない人間の方が少数派なのだ。


「フランソワ・ガロー・ド・シャストゥユと申す南仏の若い貴族が密輸事件の主犯で逮捕されまして、彼の供述でマリー・ボス等が逮捕され、自供した事はご報告致しました。その後彼女達の供述で、宮廷内に迄被疑者が出ました・・・」

 彼が勿体ぶって話しているので、ルヴォワは先を催促した。

「それは聞いた。それから?」


「はい。何と、モンテスパン侯爵夫人や故マザラン枢機卿の妹君の娘、ソワソン伯爵夫人オランプ・マンチーニ様も容疑者に入っております」

「陛下の愛妾と元恋人の姉君の娘もか!」

 ルヴォワは絶句した。事件は宮廷に、既に入り込んでいるのだ。国王の傍近くに及ぶ事は必至である。これが公になれば、王国の威信は地に落ち、信頼は崩壊するだろう。もしかしたら、王制が瓦解するのではないか、そこ迄彼の考えは及んだ。


「左様でございます」

 少し間を置いて、ルヴォワはサロモンに聞いた。

「それで陛下は何と仰せられた?」


「陛下は『全てコルベールに一任する』と。但し『逐一報告はするように』との仰せでございました」

「それで、ジャンは侯爵夫人達を逮捕する気なのか?」


「いえ、侯爵夫人達の関与に対しては陛下に彼は報告を上げておりません。彼の処で止めております」

「すると、陛下は具体的な指示は出していないと。ジャンの胸先三寸に掛かっているのか」


「そのようでございます」

「それでは、レニエはお前にどのような指示を出したのだ?」


「前の事件もございましたので、全貌は解明しなければならないと私は思っておりますが、具体的な指示は未だ・・・」

「明確な方針は示されていないか。その件は了解した。進展があり次第報告するように。次に近衛兵の殺人事件はどうなった?」


「こちらはガロー・ド・シャストゥユが配下の近衛兵に金を握らせて、毒薬の代金を支払わなかった者を脅して殺害した事件であります。秘密裏に実行したもので、表には暫し現われませんでした。しかし、罪の重さに耐えかねたのか、神への告解という形で浮上しました。結論から申し上げますと、兵士は除隊追放。シャストゥユはガレー船送りに決まりましたので、殺人の方はこれで終了となります」

「そうか。近衛兵の件は使えないのか。矢張り、毒薬の件を使うしかないか」


「それが宜しいかと存じます。私の方では警視総監からの新しい指示がある迄、捜査を続行致します。未だ半数近くの毒薬の購入先が解明されておりませんので、こちらを全力で当たっております」

「サロモン、期待しているぞ。軍内部の事件として立件はされない訳だから、こちらが関与する事は難しい。そうなるとパリ警視庁だけで捜査を進めようとするだろう。私の軍の部下をどれだけ使っても良い。レニエよりも早く尻尾を掴め、良いな」


「ご期待に沿えますよう、全力を挙げまして対処致します」

 この事件はコルベール派とルヴォワ派の主導権争いが、既に前年の1678年から始まっていた事を示している。



 前陸軍卿ル・テリエは息子との会談を午前中に終えると、馬車をパリからベルサイユに向け走らせた。車内では護衛の部下二人と何やら話し込んでいる。

「お前達の軍隊仲間で近衛兵の件に関して、何か話しはないか?」

 二人は互いに相手の顔を伺い、年配と思われる男がゆっくりと口を開いた。

 「仲間の誼で色々話しを聞いてはおりますが、口が堅く・・・」


「そうだろうな。そうでなくてはいけない。いくら我が一派と雖も、軍内部の機密を仲間の誼で漏らされては、規律などあってなきが如し、だからな。それ程口の堅い者なら除隊後も使えるな」

「はい。信頼のおける人物でございます」


「それなら今後共、色々と誼だけは通じておきなさい。もし、除隊後の相談を持ち掛けられたら『私の処で働けるよう、口添えをする』と恩を売ってやって良い。お前達の仲間が加われば、仕事もし易いだろう?」

「有難うございます。そう言って頂ければ、軍の仲間とも大手を振って付き合えますし、そうなれば増々派閥形成の一助となりますので」


「軍隊内に影響力を持つ為にはお前達が必要だからな、宜しく頼むぞ」

「はい」

 道すがら三人は軍隊の昔話をし始めた。勿論ル・テリエがフロンドの乱について語ると、二人は身を乗り出して聞き入った。乱から既に30年が経っていた。


 時折笑い声が漏れる位、和気藹々とベルサイユ宮に向かった馬車は、昼には建設中の宮殿に到着した。着いて先ずル・テリエは宮内卿を兼務する財務総監コルベールの執務室に向かい、ルイ14世との会見を要望し、その後コルベールとの会談も要請した。護衛の二人も随伴している。

 午後1時になると王族との昼食会が催されるので、その会にル・テリエは出席を許された。暫し執務室で歓談していると、専門会議が終わってルイ14世が寝室に戻られたとの報告が入り、ル・テリエは昼食会場の国王の寝室に向かった。


 昼食会ではルイは引退したル・テリエの突然の訪問を大層喜び、王族の次席に彼の席を設けさせ、会食中彼と昔話でその場を盛り上げたのだ。話しがフロンドの乱になると、ルイの王弟オルレアン公フィリップ1世は、思い出したくもないのか会話には参加せず、妻や子供達と話しをしていた。王太子や従甥のヴァンドーム公ルイ3世ジョセフ、ヴァンドーム公フィリップ等は身を乗り出して聞き入っている。一方で年配の大貴族等は俯いたまま食事をし、若い貴族は面白がって聞いている。

 各人各様の反応は直接国王と争った者、乱の被害者、乱を歴史の一部としてしか認識していない者とで違っていた。ルイも乱の被害者ではあるのだが、王弟と違い昼食会の参加者に話題を提供する以上、面白可笑しく話し、深刻には話さなかった。それもあってか若い者達は興味をそゝられたのか、会話に参加したい素振りを見せていた。それは年配の貴族には昔日の栄光を思い出させるのではなく、今の権力のない名誉のみの宮廷貴族の暮らしを実感として認識させた。これはルイの復讐でもあろうか、30年前の仇を取ったのであろう。



 昼食会後は庭園の散策が本日のメニューであったので、ルイはル・テリエを散策にも招いた。大層気に入ったのだろう昼食会、庭園散策と連続して行動を共にする事は宮廷貴族でも中々ない事だ。

 王侯諸侯並みの歓待を受けたル・テリエはルイの厚遇を単なる気まぐれとは受け取らなかった。彼が陸軍卿として宮廷で、戦場で接してきた国王は本心を悟られないよう常に行動してきたので、厚意の裏には何かあると感じていた。国王の言動は必ず臣民に、国王はこうであると示す為のものであり、問題はそれが何を意味するのかだ。陸軍卿も大法官も退いた己が、国王の役に立つのか? 己に問いてみたが答えは見つからない。答えが見つからないのは自らに求めているのではない、自身の感性が既に鈍ってしまったのか、未知の問題に対するものかのどれかであろうと思い至り、ルイの真意を推測する事を止めた。思考の隘路に嵌まってしまったのだろう。


 彼はコルベールに陸軍予算についてお願いしようと宮殿に来たのである。目的は予算なのだ。国王の接待を受ける為ではない。本来の用事を済ませてから随伴すれば良いと考えたが、彼はその考えを直ぐに否定した。息子の頼み事と国王の歓待と、どちらのウエイトが重いのか。何人たりとて答えは明白だ。いや、同列に考える事自体が僭越ではないのか? あたかも、ル・テリエはラウンドアバウトをグルグル回り、目的の道路へ進路変更出来ない、馬車のように考えが堂々巡りしていた。



 昼食後、ル・テリエは大急ぎでコルベールの執務室に戻り、午後に要望した彼との会談を取り止めて、国王に随伴する事を伝えた。コルベールは嫌な顔も見せずに会談のキャンセルを了承した。


 午後の庭園散策は結構な人数で行われた。貴族が数十名、宮廷官吏はそれ以上の人数でベルサイユの庭園を巡る様は、大名行列にも等しいものだ。散策中、ルイは参加者に庭園に配置されている立像や噴水、植物園等の説明を自ら行った。合間にモリエールの役者としての才能、ラシーヌの朗読の素晴らしさを語り、野外での観劇を計画している事も話し出す程にサービス精神を発揮した。


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