15 国王の愛妾 1
ルイ14世の初恋の相手は、前述したマザラン枢機卿の姪のマンチーニであり、ここから彼の華々しい恋の経歴が始まった。
先ず、アンリエット・ダングルテールと不倫の関係を始めたが、相手が悪かった。彼女は王弟フィリップ・ドルレアンの妃として英国から迎えた女性であったのだ。しかし、これは彼女にしてみれば当然の結果だと思われる。どうしてか? 夫は男色家だった。夫について彼女は英国にいる兄、チャールズ2世に手紙で相談していた。兄は妹の身を案じて、国王ルイ14世に相談の手紙を書いたのだ。
内容を要約すると「親愛なるフランス国王、ルイ14世陛下宛。妹が王弟殿下に嫁いだが、環境の変化から気持ちが塞ぎがちになり、鬱々としている。ついては様子を見てくれないか。直接オルレアン公フィリップ殿下にご相談すると、妹の立場がなくなるので、宜しくお願いしたい。イギリスとフランスの永遠なる友情を願って。連合王国国王にして貴方の従弟のスチュアート家のチャールズ」大体こんな処ですね。
後は昼メロ等でお決まりの、親身に相談している内に心と体の渇きを癒してくれる男性となった。
そんな心の隙間をルイが埋めてくれたから、のめり込んでいったのは個人的には仕方ないと思われるが、話しが国家間の友好に及ぶと全く異なった解釈になってしまう。ルイの側近は英国との友好にヒビが入る事を恐れ、彼女の侍女を身代わりに立てて、噂を否定した。その相手がルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールで、王弟妃と同い年である。
話しは逸れるが、当時の時代背景を見てみると、ルイは1660年にスペイン国王フェリペ4世(治世1621年~1665年)の娘、マリー・テレーズ・ドートリッシュ(1638年~1683年)と結婚、翌年には王太子ルイが誕生。同年に王弟オルレアン公フィリップがチャールズ2世の妹と結婚。オランダとはスペイン領の南ネーデルラントを挟んで友好関係を築き、北欧の大国、スウェーデン王国とは30年に渡る友好関係にある。ハプスブルク家の皇帝レオポルド1世(治世1658年~1705年)が統治する神聖ローマ帝国に対しては、帝国を構成する領邦国の幾つかと友好関係を築いていた。
この時期フランスと対外的緊張状態にある国はなく、1667年5月、スペインの遺産相続問題から起こったフランドル戦争迄の間、ルイはル・テリエと共に軍制改革に着手していた。日本の中世戦国期、地方有力国人層の集合体たる軍と似た構造から、常備化された傭兵を主体とした軍に転換を図っていたのだ。一足早く中央集権化したフランスは強固な陸軍を持つに至り、ルイの躍進が約束された。
ルイーズがルイの子供を身籠り、出産する為宮殿を離れた時、王妃マリー・テレーズ・ドートリッシュも妊娠していた。ルイの性欲を満たす女性が身近にいないタイミングでモンテスパン侯爵夫人が新たな愛妾に立候補した。結局ルイーズの愛された期間は6年程で終わったが、モンテスパンと期間がダブっており、後半はモンテスパンが侍女のように彼女を扱っていたのを幾度もルイに注意されたが、彼女の対応は変わらなかった。
次にモンテスパンが妊娠、出産し、彼女の子供の養育を担ったのがマントノン侯爵夫人であった。彼女は愛情込めて子供達の世話を焼いた為“産みの親より育ての親”を地で行く事になった。
ルイ14世の時代、上流階級では夫、妻以外に愛人を持つ男女が結構いた。一夫一婦制を堅持するカトリックの国であり、そんな事が許されるのであろうか? 公式には許されるものではなく、妻ある夫が夫ある妻と関係を持つ事は不倫であり許されなかった。その反面、片方が独身の場合は不行徳と見なされ、ある程度大目に見られていた。
この価値観から、アンリエット・ダングルテールとの仲は厳禁とされ、厳しいかん口令が敷かれたのだ。それ以降、ルイは形式上離婚した女性や独身女性と睦言を重ねる。
後一人、お付き合いの短かった女性がいる。マリー・アンジェリク・ド・スコライユ・ド・ルシーユ、所謂フォンタンジュ公爵夫人である。そのお付き合いは1679年から80年にかけての1年のみであった。
ルイは数日前、モンテスパン侯爵夫人から彼女の部屋に来てくれるよう懇願されていた。7人目の子供を産んだ後、彼女は体調管理の為にルイに要請して女官を少し増やしてくれと頼んだ事があった。何用で呼ばれたのか、彼には良く分からなかった。出産後一度だけ訪問して夫人を慰労したが、後は新しい愛妾の部屋へ直行する日々であったので、その事を彼女から咎められるのかと思ったりもしていた。忙しさにかまけて、依頼事や要望を捨て置いた事もあったので、その事かとも考えていた。
ルイは国王として職責を果たす為、彼の師、マザランからの「宰相を置かず、己であたれ」との遺訓を忠実に履行していた為、最高顧問会議、財政諮問会議、内務諮問会議、宗務会議に自ら出席していた。結果として彼に休日はなかった。では何時休息するのだろうか? 平日の午後をそれにあて、狩猟や散策で英気を養っていた事になる。そして、フォンタンジュ公爵夫人との逢瀬が彼の心を癒してくれたのだ。
フォンタンジュ夫人の部屋を訪れる日に、モンテスパン夫人から呼び出しを受けたので、ルイは尚更陰鬱になっていた。
それがモンテスパン夫人の部屋からフォンタンジュ夫人の部屋へ帰る頃には、彼の顔色は頗る良かった。自然と目尻が下がり、口角は上がっていた。流石に回廊を通る時、スキップは踏まなかっただろう。兎も角、大それた事ではなく、侍医の紹介依頼だけであった。ルイは産後に殆んど夫人を訪問しなかった事を非難されるのかと心配していたが、一安心したのだろう。足取りが軽かった。
部屋に入るとフォンタンジュ夫人が優しく迎えてくれた。彼女の笑顔に彼は癒されているのだ。夫人が彼にとっての安息日なのだ。
「お帰りなさいませ、国王陛下」彼女の優しい声がルイの耳に入る。
「只今、帰りました」彼も明るく応える。
「如何でしたか、ご夫人のご要望は?」
「大した事ではありませんでした。何ですか、産後の肥立ちが良過ぎて太ってしまい、薬で体重をコントロールしたいので『私の侍医を紹介してくれ』との事でした。気をもみ過ぎて胃の痛い日々でしたから、助かりました」
「そんなにお嫌なら、はっきり仰せになれば良いかと存じますが。如何なものでしょうか?」
「それを言ったら、貴女が妬まれますよ。最近の夫人ときたら、ヒステリーなのかと思ってしまう位ですからね。彼女の行動は予測不可能です」
フォンタンジュ夫人はルイが喋っている間に、部屋付きの侍女にコーヒーを用意するよう伝えた。気の利いた侍女は直ぐにルイの下へコーヒーを運んで来た。
出されたコーヒーを一口飲み、彼はため息をついた。
「これで一安心です。仕事にも集中出来ますし、何より当分彼女の部屋に通わなくとも良いのが素晴らしい」
「陛下。そのようなお話し、何方かに聞かれる恐れもございます。充分ご注意を」
「そうでしたね。はしたない話しをしてしまいました。どうぞ、忘れて下さい」
「畏まりました」
「それより、ルーブルと比べてこちらの居心地は如何ですか?」
「ご配慮有難うございました、陛下。ルーブルの部屋は、いささか暗いような気がしておりましたが、こちらは打って変わって陽光が眩しい位でございます。侍女達も細かい針仕事が苦にならないと申しておりました。そうそう、針仕事と言いますと、陛下の御建造になられた王立ゴブラン工場でございますか、あそこでも働けると軽口を叩いております者迄出る始末でございます」
「それは良かったですね。あちらも増築したばかりで、幾らでも人手は欲しいですから、私から話しを伝えておきましょうか?」
「陛下、お気になさらずに、冗談でございます。侍女達に工場に移られましたら、私が困ってしまいますので、ご勘弁を願います」
「そうですか。貴女の冗談でしたか。今日は珍しい体験をしました。貴女の冗談を聞いたのは初めてかと思いますが」
「嫌ですわ、陛下。そのような直截的な物言いは」
「これは、私の方が大変失礼な事をしました。お気になさらずに願います」
「私の方こそ、差し出がましい事をお伝えしてご容赦下さいませ」
「お気持ちを慮る配慮、痛み入ります。さて、申し訳ありませんが、コルベール殿を呼んで頂けませんか?」
「はい、陛下」そう言うと彼女は侍女を内務卿の執務室へ呼びに行かせた。しかし、彼女の顔には自分の部屋へ迎い入れる事への抵抗が幾ばくか見られた。コルベールは宮廷内の官吏や女性達から、余り良い印象を持たれていなかった。フーケ財務卿追い落としの張本人と噂され、その風貌と相まって陰湿で強権的なイメージが強かったのだ。




