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14 王弟オルレアン公と王弟妃パラティーヌ 2

 国王と王妃が、オルレアン公夫妻と共に鏡の間に現れると、その場にいた全員が国王と王妃に向かって一斉に挨拶をした。

 ルイは改装中の回廊でも、整理整頓されている場所に配置された椅子に腰かけ、テーブルに配られたコーヒーを飲み、王弟夫妻を手招きした。二人連れ立ってやって来る処を見ていると、仲の良い夫婦に見えるが如何であろうか。夫は若い時より男色趣味で、若くて外見の良い貴族をパレ・ロワイヤルの宮殿に集め、妻を蔑ろにしていた過去があるので、今の姿が本物なのか宮廷貴族は訝っていた。

 そんな周りの視線を無視するかのように、王弟夫妻は、ルイと同じテーブルに着いた。


「コーヒーを召し上がれ」王妃ドートリッシュが二人にコーヒーを差し出した。最も給仕するのは担当者なのだが。

「有難うございます、王后陛下」

 二人が揃って感謝を示した。息の合った夫婦と傍からは見える。


「今日は何時もの真逆ですから、戸惑うのではないですか?」

「そんな事はございません。祝宴に続いての夜会ですから、陛下こそ大変なのでは?」フィリップが返した。


「それは仕方のない事です。国王としての務めですから」

 王の行動は常に王侯貴族、臣民に見られている事を念頭に置いた言葉である。この姿勢は王弟フィリップにはなかった。それは仕方のない事である。幼い事より、兄より厳格な躾けや教育を受けていなかったし、ある程度自由に過ごしていたから。

 これは後継者とそれ以外の子孫をはっきり区別する為である。古今東西、いずれの国でも後継者争いは兄弟姉妹から始まるもので、中国王朝もヨーロッパ諸王国もユダヤ王国もオリエント帝国も然りである。

 災いとなる芽は事前に摘んでおかなければ国の安寧はどうなるのか? 古代より現代に至る迄その答えは同じであろう。多少の変化はあろうとも。


「殿下が初め、パトロンとなっていましたモリエール殿が亡くなって以降、お気に入りの役者なり、劇団はありますか?」ルイは王弟に先ず、話し掛けた

「陛下にパトロンをお願い致しましてからは、特に気に掛けた者はおりません」


「妃殿下はどうですか?」ルイがエリザベートに話題を振った。

「はい、陛下。フランスに来てからは全てが初めて目にするものばかりで、何もかもが新鮮でございます。特にゲネゴー座は大層気に入っております」


「そうですか。オテル・ド・ブルゴーニュ座は如何ですか?」

「あちらは確か、主演女優がゲネゴーに移籍致しましたから、演目が結構限られたと伺っております」


「良くご存じですね。主役を張っていましたシャンメレ嬢と夫が二人共移籍しましたからね。彼女の舞台は華がありました。誰がその穴を埋めるのか分かりませんが、大変な事は確かでしょうね」

「私もその通りだと存じます。彼女の演技は素晴らしい、の一言ですわ。流石ジャン・ラシーヌ殿が演技指導しただけの事はありますわ」


「随分お詳しいですね」

「はい。私、フランスに来てから演劇が大好きになりました。悲劇は涙を誘い、心を洗い流してくれます。喜劇は変化のない生活に活力を与え、明日への希望を持たせてくれますわ。貴族の偽善に満ちた生活や、ブルジョワの鉄面皮な生活を面白可笑しく演じる様は、本物かと思う程でございます」


 彼女が饒舌に己の演劇論をルイに語ると、ルイもそれを聞いてすっかり相好を崩している。彼女の演劇に対する入れ込みを気に入ったのか、ストレートな物言いが気に入ったのか兎も角、彼女の話しに魅了されたようだ。

 隣ではオルレアン公が会話に参加したそうな、自分だけ忘れられたような立場に気付いてもらいたいかのような雰囲気を醸し出していた。

 それに気付いたのかどうかは分からないが、ルイが給仕にコーヒーのお代わりを注文した。給仕が磁器のポットと新しいカップを持って、二人に入れたてのコーヒーを注いだ。

 それと前後して幾人かのグループがルイ達の周りに集まり、二人の会話に耳を傾けた。周りの雰囲気に影響されたのか、エリザベートが再び語り出した。


「陛下はラシーヌ殿のパトロンでございましたわね」

「そうです。良く彼の作品の朗読をしてもらいました」


「そうでございますか! 私も参加させて頂けたら、どんなにか嬉しかった事でしょう! 彼は初め詩作で認められたとお聞きしましたが、如何なものでしょうか?」

「良くご存じで。アルノー・ダンディー殿等が手ほどきしたと聞き及んでおります。元々、修道院の学校で学んでおりましたので、ジャンセニスト※の影響もあったのでしょう」


 ※オランダ出身の神学者コルネリウス・ヤンセンの著作の影響を受けた、人の原罪に異常なまで重きを置いたカトリック思想で、17世紀のフランスで流行した。


 周りで二人の会話を聞いていたある貴族は、国王と彼女の演劇に対する博識さに思わず賛辞を表わした。

「素晴らしいご意見を拝聴致しました」

 その言葉を合図に次々と貴族達の称賛が二人に投げかけられた。これにはルイも大層喜び、喜色満面で会話を続けた。


「先程、妃殿下がシャンメレ嬢をラシーヌ殿が指導したとのお話しですが、その前にも彼が指導した者がいたのですよ」

「何方でございましょう?」

 エリザベートが思案しても分からず、ルイに尋ねたが、周りに侍る貴族達はニヤニヤしてその答えが分かっているかのようだ。


「10年程前でしょうか、亡くなったのは。オテル・ド・ブルゴーニュ座で主役を演じていた、マドモワゼル・デュ・パルク嬢です。ラシーヌ殿が初めて指導した女優で、バレエが特に素晴らしく、当代一の呼び声が上がった位ですから。確か、殿下もヴォ・ル・ヴィコント城で上演されたコメディを観覧して、お気に召したのでしょう。後で殿下の居城でも一般向けに公開した筈では?」

 ルイがそう言うと、皆が一斉にオルレアン公に顔を向け、その当時の事を話してくれとせがむような視線を王弟に与えた。


 皆の視線に耐えかねて、王弟は喋り出した。

「私も陛下と同じく、初めてモリエール殿が書き上げたコメディ・バレエを堪能しました。劇中にバレエを取り入れ、マドモワゼル・デュ・パルク嬢が踊る様子は大胆であり、妖艶な色香も漂い、観る者全てを魅了しました。特に男性諸兄はスカートに入ったスリットから見える白く、艶やかな太ももに魅入られたのではないでしょうか」


 オルレアン公の淡々とした語り口をエリザベートは静かに聞いていた。取り巻きの貴族の中には当時を思い浮かべ、悦に入っている者もいる程だ。

 周りの反応を確認しつつ、王弟は妻を見ながら続けた。

「妃殿下は嫁ぐ前でしたから致し方のない事ですが、彼女は大変な人気をそれによって獲得したのです。モリエール殿は立て続けに、彼女を主演に据えた作品を発表したのです。それら全てが大当たりで、彼女の人気は不動のものとなりました」

 エリザベートがオルレアン公に嫁いだのは、前妻アンリエット・ダングルテールが逝去してから1年少し経った1671年11月であり、その頃にはマドモワゼル・デュ・パルクは亡くなっていたので、妃は彼女の舞台を観た事はなかった。


「初めてお聞きしました。残念ですわ。それ程の女優でしたら、是非観てみたかったものですね・・・ お幾つでお亡くなりになられたのでしょうか?」

「35歳でした。本当に残念な事です」王弟が残念そうな声で答えた。


「そんなにお若くて、お亡くなりになられたのですか。矢張り御病気で?」

「色々噂があったので、何とも言いかねます」王弟は言葉を濁して、後の句は続けなかった。


「当時、ラシーヌ殿が涙を流し、悲嘆にくれる姿が版画で出回っていましたね。彼の嘆き悲しむ姿は、見た者をして『あれは正しくラシーヌの悲劇だ』と言われた程ですから」ルイが言葉をつないだ。

「それはそうでしょう。亡くなる数年前に夫のグロルネ殿が病死して、悲しみに沈む彼女を救ったのがラシーヌ殿でしたから。彼女の為の作品を書き、女優として復活出来たのもラシーヌ殿のお蔭との声もありましたね。以来二人は女優と劇作家の間柄以上の関係になった、と噂では聞いています」

 ルイが一気に語る様は、あたかも舞台練習で抑揚を付けて台本を読む役者の如くであった。 ルイを囲む全ての者をグイグイと引き付ける名演技であろうか。


「陛下と殿下は劇団の事に関して、本当にお詳しいのですね。私、初めてお聞きする事ばかりで。唯々感嘆するばかりでございます」

 妃がルイと王弟の語る話しに聞き入っていると、何時の間にか周りの観衆が増えている。それ程迄にルイの話しは詳しくて、面白かったし、人を引き付ける術を心得ているのだろう。


「全て妃殿下が嫁いで来る前の話しです。何も恥じる事はありません。そうではありませんか、殿下?」

「その通りでございます」

 ルイが王弟に相槌を求めると、すぐさま公がルイに応えた。息の合った兄弟である。サークルの会話は続いた。


「ラシーヌ殿は、結婚はしていたのでしょうか?」エリザベートが夫のオルレアン公に尋ねた。

「グロルネ殿が亡くなった後、彼女は貞節を守り通したと言われておりましたが、愛人はいたのではないかとの噂は絶えずありました。あれ程の美人でしたからね。整った顔立ちで背が高くて見栄えが良く、スタイルも抜群でした。確かコンティ公、ラ・フォンテーヌ殿、ラシーヌ殿、コルネイユ殿など錚々たる方々の名前が上がっておりました。そうそう、モリエール殿の名前も一時上がっておりましたね。最も、モリエール殿は結婚前からの噂でしたから、真偽の程はどうですか?」


「モリエール殿は当て馬ではないでしょうか? 彼女が結婚した時に立ち会っておりますし、夫婦共々彼の劇団員でしたから」ルイはオルレアン公が話し終えるや否や、自らの意見を述べた。

「そうなのですか! コンティ公を始めとして、三大作家の皆さんや詩人のフォンテーヌ殿ですか! フランスを代表するお歴々でございますね」エリザベートが嬉しそうに返した。


「そうですね。彼女は創作意欲を掻き立てる何かを持っていたのでしょうね」

「殿下。貴方もそう思いますか。私もその考えに賛同します。彼女からはギリシャ神話の神々の彫像にも似た雰囲気が感じられます。三大作家の皆さんも古典を題材とした悲喜劇を書いておりましたから、そう感じるのでしょうね。ここベルサイユにある彫像等にも、イマージュが近いものがありますから」

 ルイは“我が意を得たり”とでも表現しようか、王弟の感想に首肯した。兄弟だから、同じ感覚を持つのか分からないが、二人の感性は似ているのかもしれない。


「すると陛下は、庭園の彫像等に彼女をイマージュして造らせた物があると言われるのでしょうか」エリザベートが直ぐに食い付いた。

「そうではありません。結果として彼女のイマージュを彷彿とさせる作品があると言っているのです。これは感覚的な事なので、分かり辛い事かもしれませんね。我々二人の感想として受け取って下さい」


「はい。とても勉強になりました」

 エリザベートがニコニコしながらルイの顔を直視した。傍からは不敬極まりない態度に見えたが、ルイは意に介さなかった。


 王族の芸術論が周りの者に開陳されている改装中の鏡の間では、他にも幾つかのサークルが開かれている。お互いに離れて語り合っており、耳障りになってはいなかったが、一際大きな笑いが聞こえるサークルがあった。見ると、モンテスパン侯爵夫人を中心としたサロンであった。

 国王、王后両陛下が催すサークルは王弟、王弟妃両殿下も加わり20数人を数え、侯爵夫人のそれは10人にも満たなかった。回廊を見回してみると、ビリヤードに興じるグループ、カードゲームに興じるグループ、詩作を朗読するグループ等がある。どうやら今夜の催し物は演劇か朗読会であろうか。


「お話しが脱線したようですので、再度お聞き致しますが、ラシーヌ殿の結婚について如何様になられたのでしょうか?」

 エリザベートの興味はラシーヌとマドモワゼル・デュ・パルクの結婚の有無になっていたが、夫に答えをはぐらかされた為、余計に興味をそそられたのだろう。夫の口から聞きたいとの意思がありありと見える。

 オルレアン公も、妻の催促に答えなくてはならないのかと嘆息するのであるが、彼女の視線は容赦なく彼に注がれていた。

「致し方ありませんね。二人は、結婚はしておりませんでした。しかしながら、同棲のような形で一緒に暮らしていたと聞き及んでおります。満足為されましたか?」


「はい。もやもやとした気持ちが晴れたようでございます」

「それは結構でございました」


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