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9 地方貴族の交流会と逃した魚

「ごきげんよう、ソフィア様、フェルナンディオ様」

「本日はご招待いただきありがとうございます」

「ごきげんよう。あら、エイミー様、その髪型とても素敵ね。テオドール様もようこそお越しいただきました」

 学院の中庭の一つを使い、ソフィア主催で開かれた交流会にエイミーはテオドールと参加していた。


 アンドレアスが王妃の実家の侯爵家へ入ることで、フェルディナンドの立場も明確となった。次期王妃の義姉としていずれ社交界のまとめ役を担うソフィアも、晴れて本格的に学院での社交に取り掛かりはじめたのである。ある日は高位貴族らと、ある日は王都や主要都市で役職を司る下位貴族らと、そして今日は地方で特産物をもつ下位貴族らとの交流会の場であった。


 この場には高位貴族としては主催のソフィアとその婚約者フェルナンディオ、また商会をもつ高位貴族が三組招待されており、そのなかには当然マリアステラとマクルドもいる。下位貴族にとっては顔つなぎと交流の場、高位貴族にとっても情報収集と青田買いの場である。

 とりわけ地方の下位貴族らはこれまで高位貴族と接する機会もほぼない。エイミーは、そうした下位貴族らの見本として、また彼らと高位貴族らとの橋渡し役として動くつもりでいた。それが、ソフィアやマリアステラに対する恩返しともなるはずだ。



 エイミーはソフィアに続けてマリアステラに挨拶をしたのち、面識のない残り2組への紹介を願った。ソフィアの仲立ちで彼らと会話をしてそれぞれの望みを聞き出すと、宝飾品を中心に商う侯爵家にはユリアナや造形史の授業で知り合った金銀細工産業で栄える領地の令息を、食品関係の縁を望む侯爵家には自領やブルノン領の知己をいくらか紹介した。

 高位貴族にも如才なく接し、下位貴族との縁をうまく繋げていくエイミーに、ソフィアは囁いた。

「エイミー様、ありがとう。とても助かったわ」

「いえいえ。僅かでもお力添えができて幸いです」

 エイミーはすでにマリアステラと充分な知己がある。マリアステラには先ほどダンテやカレンを紹介し、無事に話が弾んでいるようだった。残り二家とも挨拶ができたので満足だ。あとは、まだ面識のない下位貴族と話して、必要があれば高位貴族へ仲介を――ちらりとテオドールを見上げる。テオドールはにこりと頷いた。



 また後ほど、と去っていく二人を見ながら、ソフィアはほうとため息をついた。

 エイミーは卒なくこなしていたが、学院生の身分でそれが自然とできる者がどれほどいるものか。これまでの交流会では、自分を売り込もうとひたすらに喋りつづける者、知己と話し込んで交友関係を広げようとしない者も多く、やんわりと幅広い交流を促したことも二度三度ではなかった。

 それがこの場では、家格や派閥の垣根を超えた交流が随所で行われている。すでにソフィアやマリアステラとの交友が知られているエイミーが、決して彼女らを独占しようとせずにさまざまな人へ話しかけにいくため、それがいい見本となっているのだ。

 高位貴族への礼儀に不安な者はさりげなくエイミーの振舞いを見て模倣し、緊張しながらも積極的に交流を持ち掛けてくるし、エイミーに仲介役を頼みにいく様子の者もいた。

 また高位貴族側も、エイミーの紹介によって座しているだけで望む人材が集まってくる状態であり、負担が少ない。また、王妃教育を通して高位貴族の常識にも明るいエイミーが

「アイゼン様の今のお言葉は、男爵の運営手腕をお褒めになられたのですわよ」

「フォージン様ご自身も職人に弟子入りして学ばれているそうです。少し寡黙な方ですが、職人らしさだとお許しくださいませ」

 などと仲立ちをしてくれることで誤解が解消され、爵位の差を越えて少々気安く話せるようになっていた。


「これが、逃がした魚は大きいというものかしら」

「卒業後に領地に戻ってしまうのが惜しいね」

 つい呟いた言葉に、囁いて返すフェルディナンドと、目で笑い合う。

 きっと卒業したら、エイミーが生き生きと社交をしている様子を目にする機会は減るだろう。でも、エイミーが生き生きとしているのは、その隣に微笑んで見守るテオドールがいるからだと、二人にはわかっていた。

 テオドールと目が合ったエイミーがふわりと笑うのを見て、ソフィアも目元を緩ませた。


 ∞∞━━━━━━━━━∞∞


「失礼いたします」

 中庭の入口で待機させていた学院給仕の一人が、歓談中のソフィアに囁きかけた。

 ソフィアは扇で口元を隠して学院給仕と数言やり取りをすると、その場を立ち上がり、

「申し訳ありません、少々外させていただきますわね」

 と挨拶をし、近くの卓で歓談していたマリアステラにその場を任せると、フェルナンディオと入口へ向かう。


「ごきげんよう、アンドレアス様、リリアナ様。いかがなさいました?」

「おう、フェル、ソフィア…嬢。久しいな」

 すでに侯爵令息となった身、本来ならばフェルナンディオにも自分にも「様」を付けねばならぬアンドレアスの言葉遣いに、ソフィアは軽く眉を顰めたが、あえて言葉には出さなかった。

 アンドレアスの後ろに立つ年長の侍従は、侯爵家がつけたお目付け役であろうか。ソフィアの視線に気づき、詫びるように深く頭を下げた。無言のやりとりに気づかぬアンドレアスは、無邪気に言った。

「何やら楽し気な様子だが、私たちも参加させてもらおうか」

「――それは、なりませんわね」

 一瞬の間を置いて断りを入れたソフィアに、アンドレアスは目を丸くした。アンドレアスが口を開く前にソフィアは言葉を重ねる。

「此度の催しへは、アンドレアス様をご招待しておりませんもの」

 アンドレアスは少し考えるそぶりをすると、片方だけ唇を歪めて皮肉気に言った。

「ここ最近、私が侯爵令息となるや掌を返す()()()()を見かけるようになったが、まさか側近候補として目を掛けていた者の婚約者も同じ考えであったか?」

「いえ、そうではなく――本日は、地方に特産品を持つ下位貴族の交流会の場なのです。高位貴族としては商会をもつ家のみ三家ご招待しております。イリアス(そちらの)侯爵家では、職人とのつながりを必要としておりましたでしょうか?」

 ソフィアは脱力しそうになるのを堪えて背筋を伸ばす。アンドレアスはこれほど愚かであったろうか?

 またアンドレアスも、ソフィアの言葉を聞いて途端に興味が失せた顔をした。

「なんだ。随分賑わっているように感じられたが、辺境の者らの声が騒がしいだけか。リリアナ、行こう」

「ドレスの職人もおりますの? いい腕のデザイナーがいるなら、侯爵家へ呼びたいわ」

「デザイナーはおりませんよ。布や糸を生産する領地の者はおりますが、それを組み合わせてドレスを作るのは別の者なのです。ドレスを注文されたいのでしたら、商家のものを呼ぶ際にお招きいたしましょう」

 フェルナンディオが社交用の笑みを浮かべてリリアナに返す。

「そうだな。……布の産地といえば、アダムスはブルノンと婚約したらしいが、彼らもこの場にいるのか?」

 下卑た笑みを浮かべたアンドレアスに、ソフィアは口角を上げたまま冷たい視線を向けた。


 そのとき、誰かが面白い発言をしたのか、会場の一角でわあっという歓声が上がった。

 アンドレアスはそちらに目を凝らして笑みを深め

「おや、ブルノンのテオドールは随分持て囃されているようだ。隣に控える華はアダムスではないようだ、が――」

 言いかけて、アンドレアスは目を見開いた。食い入るように一点を見つめている。

 ソフィアはちらりと後ろを振り返った。アンドレアスの視線の先、テオドールと笑い合っているのはエイミーで相違なかった。

「いえ、テオドール様は婚約者のエイミー様と睦まじくされておりますわよ? エイミー様も新たなご婚約で落ち着いた装いになられましたので、以前と雰囲気が異なって見えるのでしょう」

「――そう、であった、か」

 ()()()呆然とした表情を浮かべるアンドレアスに、ソフィアは瞳を凍らせたまま深く笑んで釘を刺した。

「アンドレアス()()()()。先ほどのお言葉、言葉尻を捉えるようで大変恐縮ですが、この国を支える高位貴族の一端として、地方を治める貴族は中央を支える貴族と同様に国の柱と考えております。私共の招待客に不躾な表現をされるのはやめてくださいましね」

「あ、ああ……失礼した」

 ソフィアに目線を向けられた侍従はひと際深く腰を折ると、アンドレアスを促してその場を後にした。



 ちらりちらりとこちらを振り返りつつ去っていくアンドレアスを見ながら、ソフィアは呟いた。

「逃した魚は大きいのよねぇ……」

本編としてはこちらで概ね完結です。

ただざまぁ分は足りないので、番外編を加筆しようと思っています。

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