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6 幻灯祭での婚約破棄と王からの言葉

「エイミー・アダムス。お前には失望したよ」

 幻灯祭の夜の部。軽蔑しきった目でこちらを見つめる月長石の薄青色に、淑女らしい微笑みで返す。

「アンドレアス殿下、いかがなさいましたか?」

「フン……自ら謝罪する機会を与えた私の慈悲にも気づかず、あくまでシラを切るか」

「申し訳ございませんが、心当たりが思い浮かびませんの」

 柔らかく、しかしきっぱりと断言する。視界の端をどこぞの従者が慌てて駆けていく。


「ここまで愚かとはな!もういい!」

 微笑みを崩さないエイミーに、アンドレアスはスッと顔を白くし、大きく息を吸った。


「エイミー・アダムス伯爵令嬢、お前との婚約を破棄する!」


 それは大衆の前で令嬢を貶めるには充分な、しかしその実エイミーにとっては待ち望んでいた、決定的な一言であった。


「――婚約破棄、お受けいたします。今までありがとうございました」


 淑女の笑みを崩さないまま頭を下げるエイミーの両肩に、温かいものが載せられる。


「アダムス伯爵当主として、婚約破棄、承ります。王家から数度要請いただき結んだ婚約でしたが、やはり我々にはすぎた役目だったようです」

「一時とはいえ王家の婚約者たる栄誉をいただき、ありがとうございました。本日は娘共々こちらで失礼いたします」

 

 父がきっぱりと婚約破棄承認を宣言し、母は柔らかくエイミーの退出を促してくれる。

(後は大人に任せなさい)

 耳元で囁かれた母の声に、わかっていても強張っていた肩の力が抜け、膝の微かな震えが止まった。緊張と恐怖から滲みそうになっていた涙の気配も消えている。

 両親とともに顔を上げたエイミーは、再び淑女の笑みを纏って、夜会の場を後にしようとした。


「ああ、待て」

 弛緩しはじめた空気に、またもやアンドレアスが一石を投じる。

「なんでございましょうか」

 アダムス伯爵の顔となった父が、娘を守るように半歩踏み出してアンドレアスに対峙した。

「伯爵は口頭にて承認したが、後でごちゃごちゃ言われては構わん――いや、さすがに貴族の中にそこまで()()な者はいないと思いたいが、ともすると高位貴族と下位貴族では常識が異なると聞く。そこで、私のほうで直々に手続きの書面を用意した。今ここで確認して署名をいただきたい」

「――承知いたしました。直々にご手配いただいたとのこと大変恐縮です」


 エイミーの父親相手ということで素が出たのか、学院で普段エイミーに接するように侮蔑交じりに話すアンドレアスに、アダムス伯爵は一瞬言葉に詰まりかけ、何事もなかったかのように対応した。

 言われたとおりに文官が差し出す書面を確認し、数言確認したのち署名をする。

 アダムス伯爵が署名した書類をアンドレアス、文官の順に確認し、やがて文官は書類の受理を宣言した。


「これで不要な枷であった婚約は破棄された! ようやく告げられる! リリアナ王女、愛している!」

「アンドレアス様…!」

 衆目の輪からリリアナ王女が走り出る。月長石のように柔らかな光を湛えた薄水色のドレスに、連なった苺を思わせる桃金色の刺繡を施したドレス。リリアナを抱きしめたアンドレアスのカフスボタンが、金と若葉色の橄欖石でできたものであることにエイミーは気づいた。

(ようやく告げるも何も、ここまであからさまなのは考え物だわ)

 感極まって抱き合う二人をチラリと一瞥して、アダムス伯爵家の面々は会場を後にした。


 一方会場では、先ほどのアンドレアスの物言いに驚いた貴族たちが未だに騒めいていた。

 第一王子とはいえ、立太子されていないため身分としては伯爵当主よりも下であるアンドレアスのあの物言い。あれでは下位貴族全体を見下しているように感じられ、反感を買ったであろう。

 また、破棄したとはいえ、少なくとも夜の部開始の時点ではアンドレアスの婚約者はエイミーだったはず。エイミーの色ではなくリリアナ王女の色を取り入れてこの場にいたアンドレアスと、あからさまに婚約者のいる男(アンドレアス)の色を纏って現れたリリアナ王女の姿に、眉を顰めた者は少なくなかった。


 ∞∞━━━━━━━━━∞∞


 疾く、疾く、疾く――

 会場を退出したアダムス一家は、扉の外で控えていたプリメラ公爵家(ソフィアの家)の執事に案内され、王城へと向かう。

 案内された広間には、王と王妃、第二妃と第二王子、宰相のメイ公爵(フェルナンディオの父)プリメラ公爵(ソフィアの家)、ブルノン伯爵夫妻とテオドール、そして先ほど婚約破棄を受理した文官が揃っていた。

 第二王子のシンケルスは、夕の部の名残で赤い髪に紫の瞳をしていた。


「大儀であった。火急のため礼は不要」

 王が告げ、エイミーは父母と共に略式礼をした。共に入室したメイドたちに案内されて着席する。メイドたちは茶の用意をすると退出した。


「文官よりすでに報告は受けた。他に付け加えることはあるか」

「ございません。プリメラ公爵にご配慮いただき、何事もなく参りました」

「重畳。本日この場には、第二王子シンケルスを同席させる。問題ないか」

「もちろんでございます」

「シンケルスは先ほどまで夕の部へ参加しており、まだ色変雫の作用が残っている。必要とあらば色戻薬を摂らせるが」

「いいえ。我が国の宝が、冬の王に見出されては困ります。どうぞそのままで。ご配慮のお気持ちは受け取りました」

「痛み入る」

 王の言葉にアダムス伯爵が返していく。“我が国の宝”という言葉に、王がわずかに目元を緩めた。


「このたびは、令嬢エイミーへの愚息の行い、誠に申し訳なかった。改めて、十年分の謝罪を申し上げる」

 王が座したまま王冠を外し、深々と頭を下げた。

「いけません!」

 アダムス伯爵の悲鳴が響く。エイミーも思わず口元を覆った。

 アダムス伯爵家以外の面々は、事前に聞いていたのか目を伏せている。

「構わぬ。公爵も、わが妃も息子、承知の上だ。本来なら王城から正式に謝罪を出し、この場でも我ら全員が額づくべきであるが、隣国も絡み公にできぬ。我の座礼で容赦願いたい」

「王が頭を下げるなど……いえ、御心は受け取りました。どうか、どうかお戻りを」

「すまぬ」

 王は身体を起こし、再び王冠を身に着けた。こほん、と咳払いを合図に目を伏せていた面々が目を開ける。


「第一王子アンドレアスからの申請により、婚約破棄は受理された。貴族典範に照らし、王家からアダムス伯爵家へ違約金を、またアンドレアスは此度の騒動の責任をとり継承権を剥奪、第二王子シンケルスが継承順一位となる」

「承知いたしました」

「また、令嬢エイミーに瑕疵がないことは我が保証し、その証として、令嬢の次なる婚約の仲人を務める」

「それは――これ以上ない栄誉をいただき、感謝申し上げます」

 プリメラ公爵が手を叩いた。

「善は急げと申します。よろしければこの場で申請を出されてはいかがでしょう」

「ありがたく」


 目配せを受けて、アダムス伯爵は気を取り直したように胸元から書類を取り出し、エイミーの前に広げた。文官がペンを差し出してくれる。

 すでにアダムス伯爵とブルノン伯爵により大半が埋められている婚約申請書に、エイミーが署名する。

 次にテオドールが署名を済ませると、文官が確認をして、それを王の許へ。王の署名を受け取ると、厳かに宣言した。

「婚約申請を受理いたしました」

「承認する」

 文官から再び申請書を受け取った王が玉璽を押した。


「おめでとうございます」と文官。

「お祝いを申し上げます」と宰相。

「ありがとうございます」と両伯爵。


 机の上で、テオドールがグッと手を握りしめた。目が合うと照れたように笑うテオドールに、エイミーも心からの笑みを浮かべた。



「最後にこれだけは伝えておきたいが、我らはエイミーを切り捨てるつもりはなかった。エイミーは王妃の役割を充分にこなせる資質があり、教師からの評判も良い優秀な令嬢であった。

 エイミーが望み、アンドレアスが最低限の水準を維持していれば、アンドレアスを後継者にする未来もあった。すべて、アンドレアスの責であるので、アダムス伯爵、ブルノン伯爵、夫人、テオドールも、そのつもりで頼む」

 思ってもみなかった王からの手放しの賛辞に、エイミーの目蓋が熱をもった。


「私は、貴女が娘になることを楽しみにしていましたのよ」

「私にも異存はございませんでした」

 王妃は控えめに、第二妃はにっこりと、エイミーに微笑みかける。

 宰相もお墨付きを与えるように頷いてみせた。

「この国は、多くの下位貴族の弛みない貢献により発展しているのです。学院の生徒にはまだ早かったようですが、下位貴族の多くの大人たちは、貴女の優秀さを知り、高位貴族と下位貴族の橋渡しができる王妃の誕生を期待していました。今後の両伯爵の事業にも期待が集まっていますよ」

「できればブルノン伯爵へ嫁いだ後も、うちのソフィアと交誼を深めてほしいものですな」


「ありが、ありがとう、ございます……みなさま……」

 もはや決壊した涙腺を止められないエイミーは、しゃくりあげながら礼を述べた。水分を含んで重さを増したハンカチを強く握りしめる。

 十年間の頑張りは決して無駄ではなかった。

 見てくれているがちゃんといたことに、心が洗われる気持ちがした。

固有名詞を考えるのが苦手で避けていたら、やはり出さざるを得なくなりました。

高位貴族の家名は完結後に修正します…

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