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番外1 王家の婚約者の装い

「なるほどー……」

 王女リリアナの話を聞きながら、ミュゲは頭の中で手元に残った給金と残りの契約期間を数えた。

 ミュゲは、リリアナの留学にただ一人付き従ったメイドである。

 

 リリアナは単身での留学といわれているが、身の回りの世話を一人でできるわけがないため、ミュゲの動向が許されている。学院への帯同をしないミュゲは頭数に入っていないのだ。

 ミュゲはこの国でいう下位貴族に相当するため侍女や側近となることはなく、すでに隣国カルバの学園を卒業しているため学生という身分にもない。そのため、リリアナの学院卒業までという期間限定で、ミュゲが身の回りの世話をするメイドの役を賜っていた。


 ミュゲはもともとはカルバの子爵令嬢だった。学園を優秀な成績で卒業し、官僚のなかでも子爵家からは異例の政務官入りが決まっていた。

 しかし、入職後の歓迎会にて、酔いの勢いもあって肩を抱いてきた上役を、これまた酔いの勢いで殴り飛ばして怪我をさせてしまったことで懲戒処分を受けた。

 処分自体は減俸で、職を失うものではなかったが、貴族女性として男性に暴力を振るい処分を受けたことは致命的だ。今後国内ではまともな結婚相手が望めないと考えたミュゲは、あえてリリアナ王女付のメイドとして此度の留学に同行したのである。


 もっとも、ミュゲの目的はこの国に残り結婚すること。また、リリアナは生涯を捧げる主には値しないという結論も早々に出している。そのため、契約期間はリリアナの学院卒業まで、あとはリリアナがカルバに戻ろうがこちらに残ろうが契約延長はしないという条件をもぎ取っていた。

 こちらに来た当初は学院の寮で生活していたため、せいぜい城下町の平民としか出会いがなかったが、王城に客室を用意されてからは、リリアナが学院にいる間に王家の下級メイドや第一王子付きメイドを通じて少しずつ知己を増やしていた。ミュゲの来歴に同情したある下級メイドなどは、兄のお下がりだけどと下級文官の採用試験の教本を譲ってくれたので、もし縁に恵まれなければ地方役場の文官を目指してもいいかなと思いはじめている。


 ∞∞━━━━━━━━━∞∞


 今しがた、リリアナからアンドレアスとの婚約と、アンドレアスが以前の婚約をどのように破棄したかを聞かされたミュゲは、当時の自分の選択に感謝した。やはり契約期間を事前に定めておいて正解だった。

 世渡りは苦手だが聡明な頭脳をもつミュゲは、リリアナの断片的な説明から、これからリリアナの伴侶となるアンドレアスが置かれる境遇をいち早く察している。


「アンドレアス王子は王妃様のご実家の侯爵家に入られるんですって。婚約はその後になるそうよ」

 物憂げにため息をつくリリアナに、ミュゲは黒茶を差し出した。この国でよく嗜まれる紅茶より、黒茶のほうがカルバでは好まれている。

「王子の婚約者という立場も経験してみたかったのだけれど、先に婚約してはいけないのかしらね」


「――やめたほうがいいと思いますね、それは、絶対」

 そうなの? とあどけない瞳を向けるリリアナに、ミュゲは自分の黒茶を淹れ、リリアナの向かいに座る。すでにこの程度の無礼は許される仲になっていた。


「まず、アンドレアス殿下は降爵が決まっているわけですから、先に婚約すると、リリアナ様も王子の婚約者から侯爵の婚約者へと身分が下がることになります。通常降爵は何らかの瑕疵によって下されるものですから、リリアナ様も瑕疵がある、と見られることになります。

 またその場合、こちらの王家がカルバ国の王女に処分を下した、という形になりますので、二国間の関係で考えてもよろしくないことになります」


 ミュゲはチラリとリリアナを見た。眉を下げて小首を傾げるリリアナを見て、もう少し説明を付け加えることを決める。この主はよくも悪くも天真爛漫で、熟考することが不得手なのだ。そして先ほどのように不用意に思ったことを口にしてしまう。


「――たとえば、リリアナ王女がアンドレアス第一王子殿下の婚約者となって、アンドレアス様の侯爵入りを阻止する、という形で動かれるのであれば話は別ですが、そうなるとリリアナ様は大変ですよ。

 まずはカルバ国で陛下である父君と王太子である兄君に平身低頭お願いをなさって、ご迷惑をかけた貴族の方々にも真摯にお詫びをして、隣国での社交を再びできるようにしていただく必要があります。そのためには莫大な賠償金をお支払いするなり、数年間の奉仕活動をするなり、反省した姿を見せる必要がありますが、リリアナ様にはそこまでの私財はなく、数年経つ間にアンドレアス様は降爵されるでしょうから、どちらも難しいです。

 それに、そこまでやって第一王子の婚約者となったところで、改めてこちらの国の王妃教育を受けて、王家の政務も――リリアナ様、これからお勉強やお仕事をたくさん頑張る気概はおありですか?」


 ミュゲにじっと見つめられたリリアナは、ふいと目を逸らした。

「そうなの? それなら侯爵家でいいわ」

(そうよねー。それでいいんだけど、でも、こうもあっさり即答されるとそれはそれで……)

 あっさりと前言撤回したリリアナに、内心で頭痛を覚えながら、ミュゲはもう少し言葉を付け加えることにした。学院内のことに関してミュゲの関与は不要と言われていたが、これ以上問題を起こされるとさすがに寝覚めが悪くなりそうだ。


「アンドレアス殿下が入ることになる王妃様のご実家は、ヴェッタ侯爵家かと存じます。現在の当主は王妃様の弟君ですね。確かそちらには、第二王子様と同世代のご子息がいらっしゃったはずです」

 それが? と言いたげにリリアナが首を傾げる。

「つまり、アンドレアス殿下がヴェッタ侯爵家の養子となられたとして、アンドレアス殿下が次期侯爵になるかはわかりません。ヴェッタ侯爵のご心情としては、甥よりもご子息に継承させたいと考えるでしょう」

「そういうものなのね? そうすると、アンドレアス王子はどうなるの?」

「アンドレアス殿下はもともと国王になられるおつもりでしたから、当然次期侯爵となるべく動かれるでしょう。ただ、爵位の継承はアンドレアス殿下とヴェッタ侯爵のみのお話ではないので、周りの方からも横槍が入る可能性が高いです。その場合、アンドレアス殿下の婚約者であるリリアナ様に矛先が向くこともあるでしょう。

 ――もし私がリリアナ様でしたら、侯爵家の家督争いをするよりも、ヴェッタ侯爵がお持ちの伯爵位を割譲いただいて、そちらでのんびり過ごしますね。私は爵位より実を選びますので。

 ヴェッタ侯爵は確か、中央の官職付伯爵と、やや地方寄りの領地付伯爵をお持ちですので、社交界で楽しまれるなら官職付のほうを、地方でゆったり過ごしたいなら領地付のほうを、と選べそうなのがいいですね。

 もっとも、侯爵家のほうで案外歓迎されてて、ヴェッタ侯爵のご子息も義兄と慕ってくれる可能性もありますから、実際に侯爵家に行かれて様子を見てから、お決めになられてもいいかもしれませんが」

 まぁ、最後の可能性はないだろうなぁと思いながら、ミュゲはリリアナに笑いかける。

 リリアナもそんなものかと納得している様子だ。



「それと、エイミー様のあの髪型やお化粧。あれは王家の婚約者の伝統ですが、おそらくアンドレアス殿下のお好みからは外れますよ」

「そうなの?」

「えぇ。王家の婚約者は、魔術で狙われることを防ぐために髪の毛一本も落とさないようにきつく髪を結うのが伝統だそうです。また、化粧も他に侮られないようにキツめの印象となるようにするのだとか。婚姻してしまえば王家の守護魔術の範囲に入るので、もう少し自由になるのですが――あの髪型はともかく、化粧自体はカルバにいた頃のリリアナ様に近いので、決して似合わないことはないかと思いますが、おそらくアンドレアス殿下のお好みから大きく外れてしまうと思われます」

「そうなのかしら……」

 そう言いつつも未練がありそうなリリアナを見て、ミュゲは頭を巡らせた。


 ∞∞━━━━━━━━━∞∞


 そして、翌々日。

 ミュゲの頼みに応じて、王室メイドがリリアナに整髪と化粧を行った。

「少し痛いわ。もう少し緩めてはダメなの?」

「申し訳ありません。髪が一本も零れないように結う必要があるのです」

 髪を強く引かれ、リリアナは抗議の声を上げたが、メイドは聞こえなかったようにきつく髪を結い上げた。

 目尻を吊り上げるようにアイラインを引かれ、濃い色の紅を塗られる。もともとやや吊り目のリリアナは、まるで物語に出てくる魔女のように冷徹な顔立ちになっていた。

 王室メイドが退出した後、せっかくだからとドレスも化粧に合うものに変える。国元から持ち込んだのは淡い色味で控えめな雰囲気のものが多く、そのほとんどが似合わなかったが、万一に備えて持ち込んだ真っ赤な礼服がピタリと似合った。


「最近はあまりこういう格好はしなかったけど、これも素敵じゃない? こちらのほうが好きだわ」

「ええ、誰も寄せ付けないような強さを感じます。ただ、アンドレアス殿下のお好みとは外れるかと」

「そうかしら……」

 ひそひそと話していると、ノックの音がした。


 来訪者はアンドレアスの先触れであった。

 リリアナに確認を取り、客室の応接間に紅茶と菓子の用意をしながらアンドレアスを待つ。


 侯爵家入りの手続きに追われるアンドレアスは、落ち着くまで学院への通学も禁じられているそうで、暇を持て余してかリリアナの部屋を訪ねてくることが増えた。

 一方、さほど勉強が好きではないリリアナも「アンドレアス殿下がいらっしゃらないのでしたら」とこれ幸いと通学を控えている。

 王家の上級使用人から内密に、リリアナとアンドレアスを外出させないようにと要請されているミュゲは、黙ってリリアナに付き添っていた。代わりに、今日のように化粧担当のメイドを手配してもらったり、図書館からリリアナ用の娯楽本を借りるついでにミュゲも参考書を借りたりと、王家の使用人に許可できる範囲で多少の融通は利かせてもらっている。



「リリアナ王女! ――王女?」

「アンドレアス王子! ようこそお越しくださいました!」

 扉を開けたアンドレアスの喜色が困惑に替わるのを、ミュゲは目を伏せつつ確認していた。

 今日のリリアナはいつもよりも随分勝ち気に見える。王室メイドによる変身がお気に召したのか、リリアナ自身もいつもより闊達に振舞っていた。


「ああ――あの、今日は、雰囲気がいつもと異なりますね」

「そうなんですの! 王室メイドに、王家の婚約者の伝統的な髪型と化粧を施していただいたのですわ。髪をこれほどきつく結うのは初めてで、少し痛いくらいですの。エイミー様は毎日これに耐えていたのですね」

 楽しげに話すリリアナに、アンドレアスはもごもごと口の中でああ、とかええ、と聞こえる音を返した。エイミー様(元婚約者)の名前を出すリリアナに、ミュゲは内心ハラハラした。


 いつもと異なり、あまり会話を弾ませないまま早々に退出したアンドレアスを見送って、リリアナはポツリと呟いた。

「ミュゲ。アンドレアス様はこの格好がお好きではないみたいだわ。お前の言ったとおりね」

「左様でしたね」


 ∞∞━━━━━━━━━∞∞


 興が削がれたリリアナの化粧を落とし、いつもの化粧を施しながら、ミュゲは思い返していた。 

 高位貴族ほどドレスや化粧で強気な印象を創出するのは、隣国でも同じだ。

 リリアナだって、もともとカルバにいたときは、こちらの雰囲気のほうが近かった。


 この国に留学する際、化粧担当のメイドが外れる不安を口にしたリリアナに、せっかくなので新しい化粧で留学しましょうと提案したのはミュゲだ。中途半端な時期での留学、せめて儚げな令嬢風に見せることで周囲との摩擦を減らせるのではとミュゲが提案し、リリアナが頷いたことで現在の化粧になったのだ。それに合わせてドレスも極力シンプルで淡い色味――質は王家に相応しいものだが、デザイン自体は伯爵家や子爵家でも使えるようなもの――を中心に持参している。

 ミュゲとしては、高位貴族らしくない儚く柔らかい印象の化粧によって、隣国で余計な権力を振るうつもりがないことを示し、あわよくば子爵家や男爵家あたりの令息が引っ掛かってくれたら……という意図であったが、結果的に釣れたのが第一王子だと聞いたときには頭を抱えたものだ。

 まさか高位貴族のトップが、あの高位貴族らしくない装いが好みだとは思わなかったのだ。


(リリアナ様の嫁ぎ先に、王家や侯爵家は想定してなかったんだよなぁ……ご結婚後の化粧とドレスはどうするんだろう)

 通常侯爵家で用意するだろう、家格に相応しい装いは、きっとアンドレアス王子の好みには合わない。ただ、高位貴族の夫人ともなれば、結婚後もいつまでも令嬢めいた装いではいられないだろう。

(まぁでも――それを考えるのは私の仕事ではない、か)

 しばらく考えて、ミュゲは諦めた。リリアナが嫁ぐときはミュゲの契約も切れるときだ。

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