狂気の殺人鬼
暗闇を照らすには少々心許ない街灯に照らされながらアルタイルは走った。
凄まじい轟音が響いた事で街中から驚いたような人の声やカーテンを開く人の姿がチラホラ見え始め、いよいよ隠せなくなってきだした。
(一体なんだ…!?爆発か!?)
不安はあったが、まず何があったのかを確認しなければ話にならない。
腰に抱えた短剣を再度握りしめ、足の回転を早めた。
〜ベガ視点〜
凄まじい轟音が響き、思わず耳を塞いでしまった。
何事かと思ったが、とりあえず私の近くで何かが起こったのは分かる。
腰の短剣、そして一応持ってきたモーニングスターを肩に担ぎ、現場へと直急する。
「助けてぇ!!誰か!!」
(!?)
助けを求める声が街中に響き、その場へとベガが辿り着くのと声の主が私に気付くのはほぼ同時だった。
「おい助けてくれ!!たの」グシャッ!!!
声の主、人攫いの男は頭の上から戦鎚を叩きつけられ、頭から背中まで陥没しトマトのように潰れて、死んだ。
(!!! ウ、ウプ…!)
あまりにショッキングな光景に思わず吐き気を催し、口元を抑える。その吐き気を血溜まりに混じった肉の塊が余計に拍車をかける。
これ以上はいけないと思わず目線を背け、近くにあった小さな噴水を見つめる。
そうしなければ戻してしまいそうだったからだ。
「助けてぇ!!助けでぇぇ!!」
悲鳴を聞き、咄嗟に前を向いた。
そいつの足元にはまだもう一人、人攫いの男が生きていた。
彼らのした事を許す気はない。
だが、今ここで死んでいい理由にはならない。
「そ、そこのアンタ!!今すぐ止まりなさい!!」
人攫いを潰した戦鎚を持つ怪物に向かって叫び、ベガは無我夢中になって走った。
『お願い、間に合って!!』
だが、その怪物は止まる事なく手に持った斧を振り下ろし、生き残った人攫いの首を斬り飛ばした。
(……う、嘘でしょ…!!こ、殺した…!!?)
あまりの出来事に数秒ほどは動きが止まり、ただ重い空気が流れる。
そして数秒経ち、動きを見せたのは怪物だった。
怪物は突然膝をつき、斧と戦鎚を乗せるように地面に優しく置き、包帯だらけの両手を胸の前で組んで祈りを捧げ始めた。
「・・・・・・・・」
「………な、何?」
突然の怪物の奇行に気味悪く感じたが、ひとまずは相手の様子を伺う。
落ち着いて見てみると、体格がやや丸みを帯びておりこの怪物がおそらく女性だというのが分かった。
赤い斑点が混じった黒いベールに隠されて顔までは確認できないが、体勢から見て本当に祈りを捧げているようだ。
まさかとは思うが、ついさっき自分が殺したその二人にではないだろうな?
「・・・今日の月はキレイね」
女はゆっくりと立ち上がり、斧と戦鎚を両手に持った。
!!
反射的にモーニングスターを垂らして短剣を構える。
「あなた、可愛い」
そう言って振り向いた女の顔を見て私は思わず絶句した。
いや、それが顔と呼べるのかも分からない。
彼女の顔面に張り付いていたのは目元を隠すように巻かれた黒ずんだ包帯と焼け爛れた汚い皮膚だったのだ。
彼女の髪も地毛は白かったのだろうが、汚れによって灰色同然にまで霞み、かつ手入れを感じさせぬ伸び放題の髪も相まって彼女はより不気味に映った。
「ヴヴァアアァァァァ!!!!!」
とても女とは思えない奇声を上げて女は走りだした。
(え、ウソ)
女はあまりに速すぎた。
垂らしたモーニングスターの鎖を斧で断ち切られ、腹に膝蹴りを受けて壁に叩きつけられるまで、動きを見切ることすら私には出来なかった。
戦闘体勢に入り、相手の一挙一動に注目し、決っっっして油断などしていなかったのに。
膝蹴りと叩きつけられた衝撃で思わず吐血し、強い吐き気と脳が揺れるような感覚に襲われる。
内臓もやられたかもしれない。
本能的に息を吐けばそのまま死んでしまいそうな気がして、呼吸が出来なくなった。
「ゴボォエ!!」
10年前から筋トレから模擬戦を繰り返し相当な鍛錬を積んだはずなのに、私は女の無造作な一撃、それも手に持った斧でも戦鎚でもない。ただの膝蹴りを受けただけで死にかけている。
(ハ、速すぎる…!!)
今の私には激しい痛みに耐えながら苦し紛れにそばに落ちた短剣を向け、女を睨みつける事くらいしか出来なかった。
「・・・」
女は一歩一歩ゆっくりと近付き、やがて私の目の前で立ち止まり、短剣を私の腕ごと蹴り飛ばした。
「あぐぅっ!!」
中指と薬指をつま先で蹴られ、短剣は彼方へ飛ばされた。
その衝撃で私はまた顔をしかめ、そして血を吐いた。
死にかけの表情で女を見上げれば汚れた包帯に隠された両目と焼け爛れた醜い皮膚が覗くばかり。
ゆっっくりと女は片手を振り上げ、その手には斧が握られていた。
その動きを、私は震えながら見ていた。
そして振り上げられた斧から垂れる赤い血が私の足元に落ちた時、頭の中に、アルタイル、デネブ、レダの笑顔が浮かんだ。
「殺ざ…!!ゲボッ!!ないで…!!お願い…!!」
私は情けなく、命乞いをした。
「ゴ、ゴホッ!!おねがい…!!」
声にならなくても、どれだけ腹が痛くても、やめなかった。
レダの葬式以来、一度も流さなかった大粒の涙を流してグシャグシャの表情で情けを求めた。
私はここで死ぬ訳にはいかないんだ…!!!
あいつらとまだ!!一緒に生きたいんだ!!
女は数瞬、振り上げた斧を止め考え込むように口を閉じた。
そして、女は噛み締めるように強く口を閉め、思い切り斧を振りかぶった。
「う!!ぐうぅ…!!」
・・・・・・え?
その時、女の腹から一本の剣が飛び出した。
「ベガに何してやがんだァ!!!!!」
アルタイルが女の腹に短剣を突き刺し、体勢をよろめかせた。
「テメェはぶっ殺す!!」
デネブが短剣を手に屋根の上から飛び出し、女に斬りかかる。
二人の騎士が助けに来てくれた。




