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01 前編

短編のつもりが、3部作になりました。

さらりと読んでもらえたらと思います。

後書きにいつもの登場人物、載せてあります。

――さようなら、私の婚約者様。



ヴィオレットは、十年来の婚約者ジル・フリオンと、彼が抱き寄せた女性に背を向けた。ヴィオレットの後ろ姿を見つめる紅い双眸が、ニヤリと弧を描いていた。




◇◇◇




ジルと婚約をしたのは、ヴィオレットが五つの時、もう十年も前の事だ。大切な客人が来ていると父母に呼ばれ、向かった部屋に彼は居た。紫にも紺にも見える真っすぐな髪と白い肌が対照的な、美しい少年がやって来た。切れ長の瞳は紅玉のようで、思わず見とれてしまった。今日から婚約者になるんだ、仲良くねと言われても、当時は新しい友達が増える、それ位にしか考えていなかった。恐らく、ジルの方もそうだったと思う。ぽかんとしていた後、急にそっぽを向き、少し不貞腐れた様に話し掛けられたのを覚えているから。


だから共通の話題を…と考え、話を振ってみる。ふわりと波打つ髪質が多いマルスラン王国において、二人はサラリとした直毛だった。ヴィオレットが何気なく言った

「私、自分の真っすぐな髪が大好きなの。あなたの髪も、とても綺麗。二人の子どもも、きっとサラサラな髪ね。色はどちらに似ると思う?」

それを聞いたジルは口を手で隠し、真っ赤になった顔を背けた。あぁ、失敗してしまった…ヴィオレットは、少しがっかりした。けれどそこは子ども同士、その後はあっという間に打ち解けて、気付けば二人で遊んでいた。



実際は閨教育を受けたばかりのジルと、まだ何も知らないヴィオレットでは、あの会話の受け取り方に大きな違いがあった為、照れ隠しにジルはあんな態度を取ったのだが、ヴィオレットが気付く訳もなく。



その日を境に淑女教育を詰め込まれ、休む間もないヴィオレットは、周りに目を配る余裕が無かった。ジルからすれば、あんなに大胆な発言をしたヴィオレットが、掌を返した様に素っ気なくなったと思う程に。それでも婚約から7年程は、ジルも次期侯爵としての勉強が忙しく、二人の仲はそれなりだった。少なくともヴィオレットは、そう思っていた。月に何度か一緒にお茶をしたり、王都に出掛けた事もあった。それは、とても楽しい時間として今も心に残っている。





ジルは幼い頃から、嫡男として手厚く育てられてきた。ジルのする事は一々肯定され、誉めそやされた。そんな状況が何年も続けば、ジルが全てを自分の良いように捉えるようになっていたのは自然の流れというもの。楽観視、それ自体は悪い事ではない、けれどジルの場合は少々度が過ぎていた。


ジルが14歳になった頃、教育がいち段落を迎え、時間に余裕が生まれた。すると一層ヴィオレットとの距離が気になりだした。けれど公的な茶会に出席すれば、ヴィオレットという婚約者が居るにも関わらず、何人もの令嬢から声を掛けられて得意になっていた。自分の所為でヴィオレットが、一人取り残されているのも気付かない。唯一ヴィオレットに話しかけた事といえば、こちらの御令嬢と二人きりで話をしたいのだと、伝えただけ。するとヴィオレットは怒るでもなく、壁際で感情なく微笑む。文句の一つも言われない。それどころか



「ジル様の御心のままに。私は此方でお待ち致しておりますわ」



と淑女の礼を返される。凛とした美しさに、不覚にも見惚れてしまう。



そんなヴィオレットに少しむしゃくしゃして、御令嬢の手を取るだけでなく、腰にも手を添えて互いの距離を近づけた。王家主催の会場だけあって、庭園には至る所に美しい花が咲き誇っており、それらを眺める振りをしながら散策する。人気が無くなった途端、令嬢が足を止め、しな垂れかかってくる。そして縋るように抱き着き、柔らかな桜色の唇をジルの唇と重ねた。瞬間、ヴィオレットに対しての背徳感を纏う喜びが、ゾクゾクゾクと込み上げてきて、口づけは更に深く、長くなってしまった。



何時しかジルは来る者を拒まず、幾人もの令嬢と浮名を流すようになる。あの時の悦びを、何度も感じる為に。



それから年齢を重ね、ジルが男女の房事に並々ならぬ興味を募らせていた頃。変わらずヴィオレットは身持ちが固く、エスコートで手に触れる事はあっても、二人きりになる事は疎か、肩を抱くことすら許さなかった。口づけなんて以ての外。婚約者なのに…、ヴィオレットへ向ける歪んだ感情の分、ジルは苛立ちが増していった。



それでも他の令嬢達と一線を越える事は、辛うじて無かった。口づけだって、あの時を含めて数回程度。けれどこの頃になると二人きりで会う程度では、あの悦びを得られなくなっていた。




そんな時だった。ある少女に声を掛けられたのは。彼女は、以前から会う度にコッソリ色目を使ってきて、面倒だなと思っていた。しかも、その時は彼女と自分の関係性から、非常に軽蔑したものだったが、そんな事はすっかり忘れてしまっていた。



どうせ、自分に好意を寄せているのだ。まだ見ぬ世界への高鳴る気持ちをひた隠し、手を差し出せば、女は狂喜じみた目線を返してくる。割り切った関係を、そこまで喜んでいるとは、ジルは僅かばかり好ましく思える程だった。ならば、お互い楽しめばいい、難しく考える必要なんて無いと。



人目を避けた二つの影が、吸い込まれる様に建物の裏へと消えていった。



そこからジルは、ヴィオレットと過ごす恒例の茶会や公的な夜会において、婚約者のエスコートすらも放棄し、別の女性を伴うようになる。王立学園に通うようになれば出会いも増え、更に女性関係が激しいものとなった。



そして役目を放棄したジルの代わりに、ヴィオレットの二つ年下の弟テオフィルが、ヴィオレットのエスコートをするようになる。テオフィルはヴィオレットの手を握り、真っすぐ目を見つめた。同じ色をした、二人の瞳が交差する。


「あんな奴、ヴィオ姉さまには不釣り合いだ」

「そんな事、言わないで。私はテオフィルが居てくれるから、十分過ぎるほど幸せだもの」


少し悲しそうに微笑むヴィオレットの顔を見ながら、それは反則だろうと内心独り言ちる。あんな表情をされて、断れる奴など居ない、テオフィルは渋々ながらも、それ以降はジルへの悪態は控えて、社交の場に姉をエスコートした。




ジルの入学から二年後、ヴィオレットも後を追い王立学園へ入学した。若き貴族が通う学園での生徒同士の関係性は、大人になった後も左右される為、将来を優位にするべく上手く立ち回るのが常識だった。そんな中、婚約者から相手にされない令嬢というのは、当然の様に格好の餌食となった。



「まさかジル様に、婚約者が居らっしゃるとは思いませんでしたわ」

「えぇ。てっきり学園で、お探しになっているとばかり」

「ジル様は全ての女性に、お優しいから。特別だと勘違いなさった例の方に対しても、断れなかったのでしょうね。あぁ、本当に、お可哀そう」

「そんな!それでは最初に言い寄った者勝ちでは、御座いませんか。私だって、もっと早くに出会っていれば…!」

「そろそろ身分を弁えて、自ら辞するべきだと思いません事?」

「あんな地味な方では、不釣り合いですもの」


(そうね、私では相応しくないもの…)


当然の様にヴィオレットは、同級生から上級生まで嫌味を囁かれ、嗤われるようになっていった。ヴィオレットは反論の仕様が無いと口を噤んだ。ジルといえば、婚約者としての責務を放棄しているくせに、他の生徒がヴィオレットを悪く言う場に立ち会えば、



「あんな風になってしまったのは、私の所為でもあるのだろう。いらぬ気を遣わせたね。この場は私に免じて許して欲しい」



なんて美しい顔で眉尻を下げ、悪口を言った本人を宥めるものだから、更にジルの肩を持つ者が増えていった。



婚約者が居る身でありながら、堂々と他の女を侍らし、婚約者に見向きもしない男。一方、後ろに控え未来の旦那様を立て、彼の浮気にも目を瞑る女。どちらに非があるのか…なんて明らかなのに、誰も気付かない。気付いていても、間違いを指摘する者は一人として居なかった。救いの手が、差し伸べられる事は無かった。


貴族社会では、一瞬でも気を抜けば標的にされる。獲物があれば、それを狙うのは当たり前。自分が狙われない為にも、生贄を逃すなどあり得ない。ヴィオレットが入学して一ヶ月も経たないうちに、学園内で安心できる所は、何処にも無くなっていた。



ヴィオレットは耐え、三年以上の月日が流れた。



そんな状況が続いても、ヴィオレットが挫けなかったのは、偏に家族が変わらぬ愛を注いでくれたからだった。二歳年下のテオフィルは学年が違うものの、一年前から同じ学園に通う生徒になっていた。テオフィルが耳を塞いでいても、ヴィオレットやジルの噂が聞こえてくる。実際にテオフィル自身が目撃した、ジルの行動も事細かに両親に欠かさず伝えていた。当初、ヴィオレットに敵意を向ける相手に、テオフィルが食って掛かろうとしたが、ヴィオレットが懇願し何とか抑える事に成功した。それでも指を咥えて見ているだけなんて出来ない、どうにかヴィオレットを守りたいと、コルネイユ家一丸となって思考を巡らせた。けれど、王家の指示である婚約自体、此方から反故にするのは不可能だった。




◇◇◇




コルネイユ侯爵家は代々、文官として力を発揮していた。コルネイユ現侯爵も文官として影ながら王国を守り、日々活躍していた。いち早く天候の変化に目を付け、干ばつ被害を最小限にし、敵国の間者を敢えて泳がせ、情報を奪わせないばかりか逆に重要な機密を引き出してしまう…等々。武勇伝に事欠かなかったが、極度に目立つ事を嫌い、決して表舞台に名前を出すヘマはしなかった。そんな父に憧れ目標にし、自身も努力を怠らないのがテオフィルだった。一方で父の努力と才能がどれだけのものか、身近で感じ取っていたヴィオレットは、自分には向いていないと幼い頃に辞退している。実力のあるコルネイユ家を国内に縛るべく、同等の家格を持つフリオン侯爵家が選ばれ、婚姻を命じられた。もし、この婚約の経緯やコルネイユ侯爵家の実績全てが公表されていたら…、学園中の標的はジルの方だったかもしれない。けれど王族と極僅かな人間以外、誰にも知られておらず、結果がこの有様だった。



家族の他に唯一変わらないのが、友人ナディア・ロード、伯爵家の一人娘だった。他の生徒からヴィオレットと付き合わないようにと、毎日のように説得されていたが、ナディアがそれに靡く事はなかった。




「ナディア、貴女が居なければ、とうの昔に学園を辞めていたと思うわ。いつも、ありがとう」

「何言ってるの、私とヴィオレットの仲ですもの。本当は彼らの言う事なんて、一つも聞きたくないのよ。でも全てを無視する訳には、いかなくて…。ごめんなさいね」

「謝らないで、こうして一緒に話をしてくれるだけで、十分だわ」



ヴィオレットもナディアの前では、ホッと息つく事が出来た。けれど日に日に、ナディアを憐れむ声が大きくなっていく。いい加減、ナディアを解放すればいいのに。彼女の優しさに付け込むな…と。




◇◇◇




そんな中、隣国エルヴェシウスから留学生がやって来た。エルヴェシウス国の王家とも近しいと噂される、リシャール・グーディメルとアンナ・グーディメルだった。同じ家名だが、姉弟ではなく従姉弟だという。リシャールは銀糸のような煌く髪と宝石の様な紫色の瞳の、美しい青年だった。アンナは炎のような赤い髪と、翡翠の眼差しのキリリとした顔立ちで令息だけでなく、令嬢からも密かに慕われていた。エルヴェシウスは世界屈指の大国であり、二人は国賓として丁重に扱われる事となる。歓迎祝賀会と称し、学園で夜会が予定された。



学生が主催するとあって、夕方から開催された会は、学園の講堂にて開催された。歴史ある建物だけあり、重厚感のある壁や天井の装飾が、幾千もの灯りに照らされ上品な光を放っていた。誰もが美しく着飾り、談笑が辺りから聞こえていた。ヴィオレットもテオフィルにエスコートされ会場に入った。主役の留学生が入場した時も、人だかりから避ける様に、壁際から離れようとはしなかった。テオフィルが友人に声を掛けられ、ヴィオレットから離れた僅かな時間。狙ったように、やって来たのは婚約者のジルだった。異様な空気を察知して、この状況を見守ろうと、周りには人が集まりだしていた。




「どう…し、て…」



ヴィオレットの視線は、ジルの横に釘付けになっていた。何故なら、そこには満面の笑みを浮かべた、ナディアが居たから。その瞬間、ヴィオレットは全てを悟り、ふぅと溜息を一つ吐いた。



「貴様のような地味な見た目では、私とは釣り合うはずもない。ヴィオレットも、異論はないだろう?」

「つまり、そういう事…なのですね」

「あぁ」



ナディアの腰に腕を回し、見せつける様にグッと自分に寄せながら、ジルは高らかに声を上げた。抱き寄せられたナディアは、頬を染め純朴そうに俯いたが、その口元は不遜な笑みが見て取れた。



「私に相応しいのは、ナディア・ロードのように美しく可憐な女性だ。君じゃない。さようなら、ヴィオレット」

「…ごめんなさい、ヴィオレット。いけないと思いながらも、私達は愛し合ってしまったの。ごめん…なさい…」



宝石の様に光る涙を一粒零して、ナディアが謝罪を口にする。二人が愛し合っていた事に驚きはしたものの、それ以上は何の感情も湧かなかった。あまりの衝撃に、感覚が麻痺してそう思うだけかもしれないが。それより、信じていた友人に裏切られた事実が、ヴィオレットの心を抉った。前もって相談してくれていたら、二人を笑顔で祝福できたかもしれない。気持ちとは裏腹に、身体が小刻みに震え、一秒でも早くこの場を立ち去りたかった。



「…承知しましたわ。速やかに、結ばれた婚約を白紙に戻すように手配致します。それでは気分が優れませんので、失礼致します」

「っな…」



ジルがヴィオレットに手を伸ばした丁度その時、テオフィルがヴィオレットの元へと駆け寄り、ジルとナディアを睨みつける様に立ち塞がり、念を押す様に言い放った。



「フリオン様の有責という事で、宜しいですよね。それでは」

「……」


魂が抜け落ちたように茫然とするジルと、怒りに震えているナディアに背を向け、テオフィルはヴィオレットに寄り添い、その場を後にした。背後からは



「ちょっと、ジルったら、しっかりして頂戴。ヴィオレットの悪行を、隣国にまでも知らせようと約束したでしょう?引き留めないと、きちんと断罪出来ないじゃない。…もう、なんなのよ。ちょっと、ヴィオレット待ちなさいってば」



と金切声を上げるナディアの声が聞こえてきたが、テオフィルは全て無視して足早に立ち去った。





その様子を離れた場所から観察していたのは、留学生のリシャールとアンナの二人。面白い余興が始まったのかと思えば、呆れた断罪劇だった。あれが貴族のする事なのか、リシャールはマルスラン王国の行く末を少しだけ心配した。



「何だったのだ、あいつらは」

「…さぁ、マルスラン王国の道化でしょうか」


後ろで手を組み、真っすぐ前を見据えながら、興味なさそうにアンナが答える。燃えるような赤毛を、後ろで一つに結び、帯剣を許された様子は男のリシャールが見ても、実に決まっていた。



「そんな訳ないだろう…。令嬢に加勢するぞ、アンナ」



目を見開いて、呆れた様子でリシャールを見つめた。



「寸劇でもさせるのですか?趣味が悪いですね」

「違うっ、立ち去った令嬢の方だ!」



慌てて訂正すれば、にべもなく返事をしながら、アンナは歩き出す。



「分かってます、早くしなければ見失いますよ」

「お前なぁ…」



その後、会は尻すぼみに幕を下ろした。主役の二人が居ない事に気付いた主催が、どうやって誤魔化して事なきを得たのは僅かな人しか知らない出来事だ。




◇◇◇




リシャールとアンナは、入口付近でヴィオレットとテオフィルに追いつき、事情を説明し保護を申し出た。テオフィルが仕方なくといった様子で応じたのは、リシャールとアンナが留学生本人だと知っていたからだ。四人でリシャールの馬車に乗り、コルネイユ邸へと到着した。



ヴィオレットは両親へ、ジルとの婚約が彼の申し出で白紙になったと報告した。



「お父様、不甲斐ない娘で申し訳ありません。私では力不足でしたわ、お母様」

「あのナディア嬢に心変わりしたようです。比べるまでもなく、ヴィオ姉様が良いに決まっていますが、今回ばかりは奴に拍手を送りたい気持ちです。これで漸く、あの阿呆と手を切れたのですから」



補足するようにテオフィルが言えば、コルネイユ夫妻がにわかに活気づく。



「ヴィオレット、でかした!あの小僧は気に食わなかったが、かといって下手に動けばヴィオレットに傷をつけられるかもしれない。ほとほと困っていたが…あれは本当に莫迦だな」

「まぁまぁ、貴方ったら。お気持ちは分かりますけど、言葉が荒れていらっしゃるわ。真っ先にすべきは、あの盛りの付いたお猿さんとの婚約を抹消する手続きでしてよ?」

「…母上、嬉しいのは分かりますが、姉様が驚いています。それに、お客様が居らっしゃるのもお忘れなく」



そう言いながら、リシャールとアンナの方を向き一礼をする。



「構わない、念願叶ってといったところだろう。ところで例の子息と令嬢への対応は、どうされるつもりなのか?…あれは厄介だぞ、恐らくまだ何か仕掛けて来るに違いない」

「えぇ、私もそう思います。ヴィオ姉様に危険が及ぶかもしれません」


リシャールの懸念に、テオフィルも同意する。不安がる夫人を抱き寄せ、大丈夫だとコルネイユ侯爵が落ち着かせた。



「そこで提案がある。ヴィオレット嬢、我々が留学している間、案内役をしてはくれないだろうか」



とリシャールが口を開き、更に続けた。


「勿論、私とヴィオレットが二人きりにならないように、必ずアンナを同席させる。私が不在の場合でも、アンナを必ず護衛として付けると約束しよう。こうすれば、煩わしい元婚約者と偽りの友人とて近寄れまい。期間は三か月、どうだろうか」



コルネイユ家の一同は、互いに顔を見合うと、リシャールを見つめた。



「大変ありがたいお話ですが、その内容でグーディメル様に利点がおありなのですか?」



ヴィオレットは顔を曇らせ、問いかける。すると、リシャールはカラカラと笑いながら頭を縦に振った。



「こちらも五月蝿い者を近づけたくなくてな。先程の会で嫌という程、思い知った。ヴィオレット嬢と居れば、何事かと様子を窺い容易に近づいて来ないだろう。こちらとしては願ったり叶ったりだ」



そんな風に美しい菫色の瞳で微笑めば、ヴィオレットは自分へと向けられる、家族以外からの笑顔に、久しぶりに張り詰めていた緊張が解れた気がした。




◇◇◇




物心ついた頃から家族ぐるみで仲良しだった、ヴィオレットとナディア。お揃いのドレスを着て、まるで双子の様だと言われた事もある。けれど、ナディアは気付いてしまった。事ある毎に、ヴィオレットと比較されている事を。幼ければ分からない、とでも思ったのだろうか。全ての意味を理解できなくとも、悪意ある言葉の攻撃くらい察するというのに。


成長するにつれ、更に比べられる事が多くなった。知能に運動神経、魔法や魔力、そして極めつけは家格。唯一、貶されなかったのは見た目だけ。ヴィオレットと毛色は違えど、ナディアも美少女と評判だったから。この時ばかりは、美しく生んでくれた両親に感謝した。卑屈な時は何を聞いても、決して良い様には思えない。仮令相手が褒め言葉として発したとしても、受け取る側は傷つけられる。それまで幾重にもなる傷跡は、更に深く鮮やかにナディアの心に食い込んでいった。


大好きだったはずの親友を見る目は、少しずつ歪み捻じれていく。遂にはヴィオレットが笑っていても、ナディアを讃えても、彼女が自分を蔑んでいるとしか思えなくなった。そして何時しかナディアは、ヴィオレットを見下ろす事に全て費やすようになっていた。そうなった際に、ヴィオレットが泣きながら許しを請うてきたら、笑顔で迎えてあげよう。これまで、ヴィオレットから向けられたものと同じ笑顔を。無邪気で穢れの無い純粋な笑顔は、幾度となくナディアを切り刻んだのだから。今度は私がそうしてあげなければ、と。



そこで国内だけでなく、隣国からも落ちこぼれの烙印を押されるべく、留学生の歓迎会に合わせてヴィオレットの婚約破棄を画策した。ほんの少し可愛がってあげれば、ジルはすぐ婚約破棄を承諾した。


ただ純粋に、ナディアはヴィオレットの絶望する姿が見たかった。それだけだったのに、中途半端に断罪は終わり、ナディアとジルの周りからは人が遠ざかっていた。終いにはジルすら、何かしら訳の分からない理由をつけて、立ち去ってしまった。



きっとこれは夢なのだ、そう自分に言い聞かせながら会場を後にし、ナディアは馬車に乗り込んだ。早く目を覚まして、さっきの続きをしなくては、そう呟きながら。






ここまで、ご覧頂きありがとうございます。

宜しければ次回も見て下さい!






◇◇◇登場人物◇◇◇

☆☆☆マルスラン王国☆☆☆

マルスラン王を中心とした王立国家。

【ソフィア・マルスラン】…マルスラン国王妃。39歳。




〖コルネイユ侯爵家〗

【ヴィオレット・コルネイユ】…主人公、15歳。白茶髪、碧眼、白肌。

挿絵(By みてみん)



【テオフィル・コルネイユ】…ヴィオレットの実弟。13歳。白金髪、碧眼、白肌。姉が大好き

挿絵(By みてみん)




〖グーディメル公爵家〗

【リシャ―ル・グーディメル】…隣国エルヴェシウスからの留学生。17歳。銀髪、紫眼、白肌。

挿絵(By みてみん)



【アンナ・グーディメル】…隣国エルヴェシウスからの留学生。リシャ―ルの従姉で18歳。赤髪、翠眼、白肌。

挿絵(By みてみん)




〖フリオン侯爵家〗

【ジル・フリオン】…主人公の婚約者。17歳。紫紺の髪、紅眼、白肌。14歳になる双子の弟妹がいる。

挿絵(By みてみん)




〖ロード伯爵家〗

【ナディア・ロード】…主人公の友人、15歳。桃色の髪、紅色の瞳、白肌。一人っ子。

挿絵(By みてみん)




〖その他〗

ラバス伯爵家


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