私は既に死んでいる
「……そんなに悪いんですか?」
数日前から今まで経験したことのない体のだるさ、絶え間なく続く節々の痛みに襲われ、久々に病院で診てもらうことにしました。検査結果を見つめながら深刻な表情で沈黙を貫く医者に堪りかねて、つい問いかけてしまったのです。
「悪いなんてもんじゃないですよ。完全に手遅れです」
「えっ……そう……ですか……それで……余命は……私には、あとどれくらい時間が残されているんですか?」
あまりにも辛辣で無遠慮な物言いに若干腹が立ちましたが、そんなことより自分の残り少ない時間を大切にしたかったのです。せめて妻と娘に、夫として、父親として、最後にできる精一杯のことをやり遂げてから旅立ちたいではありませんか。
「いえ、佐藤さん、もう死んでますよ」
「えっ、死……はっ? その、聞き間違いでしょうか? 死んでると言いました? 死んでる? 私が?」
プチパニックになり先程までの感傷的な気分なんて吹き飛んでしまいました。冗談にしてはあまりにも悪質ですが、医者は真顔で頷くだけです。
「はい、完璧に死んでます。ほら、自分の耳で確かめてください。心臓、少しも動いてないでしょ?」
手渡された聴診器で生まれて初めて自分の鼓動を聞いてみました。残念ながら実際は何も聞こえなかったのですが。清々しいほどの静寂が、私に異常な現実を突きつけます。
「じゃあ……私は……幽霊なんですか?」
「あはははっ。幽霊なんているわけないでしょう。佐藤さんは、ただ死んだまま生きているだけですよ」
リビングデッド症候群、というのだそうです。死んだあともそれに一切気づくことなくそのまま生き続ける。責任感が強く、体力・精神面において慢性的な無理をしがちで、自身の健康に無頓着な人間が過労死したケースに多く見られるのだとか。自分の死にすら気づかないワーカホリックのポンコツだと言われているようで非常に恥ずかしかったのですが、事実なのだから仕方がありません。
取りあえずリビ症の説明や日常生活における注意事項を聞いたあと、1日3回食後に飲む防腐剤、医療用口臭及び体臭ケア薬品を処方されました。更に、不死身なわけではないので寿命は勿論のこと、病気や事故でもう一度死ぬケースもよくあるらしく、基準値より高い血糖値と中性脂肪の値についても長々とお説教されてしまいました。
家族に告知するかどうかの判断は患者に委ねられるそうですが、私は悩んだあげく秘密にしておくことにしました。ただでさえ年頃の娘には距離をおかれがちなのです。ゾンビのようなものだとばれてしまったら洗濯物を別々に洗う程度では済まないでしょう。
いつの間にか死んでしまっていたというのは少々ショックでしたが、愛する家族とまだ一緒に過ごすことができるのであれば、大した問題ではありません。二度目の最期が訪れるまで、残された時間を大切にしていきたいと思います。
ところで、最近、体が妙にだるかったりしませんか?
体の節々が痛かったりしませんか?
あなたの心臓、ちゃんと動いていますか?
I’m dead, thank you. And you?