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弱音

 エルフの国での一件の後日、レネの屋敷にて宴会を行っているときだった。

 元の世界では法律的にアウトだった飲酒が、この世界ではできる。何せ、この世界における成人年齢は、16歳であるからだ。

 酒を飲みながら、マサカズはふと思ったことをエストとレネに聞いた。


「そういえば、レネがお前に向かって、『(わたくし)たちは数度、喧嘩したことがありますよね。⋯⋯それで、あなたが勝ったことがありましたか?』といったことがあったよな。あれって本当なのか?」


 二人が戦闘を始める前、レネが言った言葉だ。


「⋯⋯まあ、ね。姉──レネとは確かに、何度が喧嘩したことがあるよ」


「そうですね。いつも下らないことで喧嘩して⋯⋯そしていつも(わたくし)から謝っていましたね。最後の喧嘩は何十年か前でしたっけ」


「へー。⋯⋯ん? いつもレネが先に謝ってたのか? え? でも喧嘩では⋯⋯」


 エストの顔を見ると、凄い赤くなっていた。それは酒によるものではなく、おそらくその羞恥心からだろう。


「ええ。いつも(わたくし)が圧勝して、エストが泣きながら罵倒してくるもので、そこで冷静になって⋯⋯って感じですね」


「⋯⋯子供っぽいな」


 怒られたから泣く。そしてそれを見た年上が冷静さを取り戻し、慰めに入る。


「いや、まんま子供だわ。まさか白の魔女様が、ちょっと喧嘩してボコされたくらいで、泣いて、逆に慰められるとか⋯⋯ないわ。六百年生きてるよな? その間氷漬けにされてて、実質的な精神年齢十四歳くらいとかじゃないよな?」


 今回、大戦犯をしたエストを煽れる良い機会だと思って、マサカズは自分でも苛つくくらいの煽りをする。

 てっきりマサカズはエストから魔法による報復を食らうものだと思っていたのだが、


「⋯⋯何も言わないで」


 エストは赤面しており、白い髪に隠れていたが、その瞳には僅かに涙が浮かんでいた。いつもの煽り返しが、言い返しができないくらい、彼女は恥ずかしがっていたようだ。


「まあまあ、あまりエストを虐めないでください、マサカズさん」


 レネは満面の笑みで、マサカズにそう言った。おそらく心の中では珍しいものが見れたと喜んでいるのだろう。


「私が悪かった。うん。それは認めるし、反省してる。けど、ちょっと酷くないかな⋯⋯?」


 潤む灰色の瞳で、精一杯引き攣った微笑を浮かべて、彼女は震えた声でマサカズへの不満を述べる。


「⋯⋯少し言い過ぎたか。ごめんな」


 流石に、今のエストのメンタルがここまで弱ってるとは思わず、マサカズの気分は少し悪くなった。プロレスは相手もプロレスだと思っていなくては成立しないのだ。


「⋯⋯ふふ」


 そんな二人のやり取りを見て、青髪の女性が微笑したことを、マサカズとエストは見ていなかった。


「⋯⋯あー、ちょっと外行ってくるよ」


 羞恥心でどうにかなってしまいそうな頭を冷やすため、エストは一人で屋敷の外に出ていく。人間となった今の彼女だが、もし盗賊なんかが現れても一人で撃退できるだろうから危険はない。

 マサカズとレネはエストを見送る。


「マサカズさん、ありがとうございます」


 突然、レネはマサカズに感謝の言葉を送った。


「⋯⋯俺、あなたに何か感謝されるようなことしたっけ? 怒られそうなことならしたが」


 マサカズにはレネに感謝されるようなことをした覚えがない。いやあるにはある。エストを説得したことだ。しかしそれは、もう既に終わったことであった。


「エストと関わってくれて、です」


「あいつと?」


 それで感謝される意味が分からない、というのがマサカズの正直なところだ。むしろ、自分の妹のような存在が、どこの誰かも分からないような男と一緒に居るということに怒っても良いのではないか。


「ええ。あの子は少し前まで、あんなに笑ったり、泣いたりと、感情を爆発させることが少なかったんです」


「⋯⋯そう、か」


 最初の頃と、今。あれからそれほど長い時間が過ぎたわけではないが、かなり印象は変わっている。


「あの子は他人と関わることが少なかった。年が近い子ともなれば、ないと言っても良かったです」


「⋯⋯」


 精神的な年齢では、エストは外見より幼いだろう。

 彼女は12歳の時に魔女となり、それからずっとレネやメイドたちとしか関わって来なかった。強いてあげるならロアも関わっているが、その頻度は少なかっただろう。


「あなた、いえ、あなたたちには感謝してます、あの子を恐れずに、関わってくれて」


 魔女ゆえに、畏怖の対象となる。過去に囚われて、自閉的になる。二つの要素が、エストの人格を変えてしまった。だが、それを戻したのは、紛れもない、マサカズ、ナオト、ユナの三人だ。


「⋯⋯最初は恐かった。正直、一歩間違えていれば憎悪の対象となったと思う。俺があいつと関わり始めたのは自己利益のためだ。だから、あなたに感謝されるほど、俺は優しい人じゃない」


「ですが、あなたは関わってくれた。(わたくし)にとっては、それだけで十分なのですよ。⋯⋯あまり、年上の気持ちを無下にしないでください」


 青の魔女、レネ。ウェレール王国の救世主であり、信仰対象ともなっている存在。

 彼女が彼女たる理由の片鱗を、マサカズは今、知った。


「⋯⋯ああ、なら、受け取る」


 ここまで言われたなら、拒否はできない。

 そこでしばらく、二人の間には無言が生まれた。それは苦しくもない時間だった。雑談する話題もないし、そうなるべくしてなったのだが、それはマサカズの一言で唐突に終わる。


「──レネは、エストが死んだらどうする?」


 刹那、場のあらゆる音が消えた気がした。マサカズとレネだけでなく、ナオトとユナ、そしてメイドたちの音も含めた全ての音が、だ。


「⋯⋯どういう意味、ですか?」


 レネの一言で完全なる静寂は打ち破られたが、二人の間の空気は一気に重たくなる。


「⋯⋯俺は今、あなたがどれだけエストのことを大切にしているかを知った。だから、聞きたい」


「⋯⋯分かりませんね。あの子が死ぬなんて、考えたこともありませんでした。ですが、きっと」


 レネは特に感情も表さない。いつものどおりの、美しい顔だった。しかし、今の彼女は、それ以外の要素で何か怖い。


「──あの子を殺した相手と⋯⋯あなたたちをも、恨んでしまうでしょう」


 マサカズはレネのこの回答を、予想していた。エストを大切に思っているからこその発言だろう。


「⋯⋯なぜ、そのようなことを聞くのですか?」


「少し気になっただけ、って言っても嘘だってバレてるみたいだし、正直に答える」


 マサカズはレネの青色の瞳を見て、口を開く。


「俺の『死に戻り』は万能じゃない。現に今回、エストの力の消失を阻止できなかった」


 『死に戻り』は、死ぬからこそ発動できる加護。死ななければ意味がないし、更に戻る時点はその死を回避できる時点だけ。自由に時間指定をすることは、今のマサカズではできない。


「エストがもし死んだとして、俺が彼女の死を回避できる時点まで戻れるとは限らない。だから⋯⋯その時、あなたを敵にしてしまうかもしれないことに覚悟しておきたかっただけだ」


「⋯⋯そんなことないようにしてもらいたいですね」


「⋯⋯善処はする、とだけ言っておく」


 マサカズ個人の力だけでは、どうにもならないことが絶対に来る。これは彼の弱さの表れだ。


「変なこと話してしまったな、悪い」


 酒の酔いから、不穏なことを言ってしまった。けれど、後悔はしていない。こんなこと、ナオト、ユナ、レイ、そして特にエストになんか言えない。レネだからこそ、彼女だったので、言ってしまったのだ


 ──俺が弱音をアイツらに吐くことは、許されない。

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