スプレー・アンド・プレイ 10
「でも、そんなこと言ったって」ホワイトリリーがうろたえながら言う。「やらないといけないんだ、そうでしょう?」
「お前も、オブシディアンも、ダイヤモンドも、ルビーも。口をそろえて言うな。やらないといけないと。僕にはわからない。使命感というものを持ったことはないんだ。持てるような環境にいなかったというのもあるが、僕自身、そんなものを持って耐えるのが嫌だったのもある。
なあ、そいつは立派なことだよ。自分を捨ててでも他人を救えること――そしてそれが――なんのためであろう、信念のためだと、自信を持って言えることは」
アンバーが言う。
「でも思うんだ。それは、危ういって。確固たる信念は確固たる自己を作り出す。そうかもしれないが、その信念の拠り所を失ったとき、その人はきっと誰よりも取り乱すだろう。最後に残っているのは他人とのかかわりなんだ。だから訊いたんだ。お前にその他人はいるかって。
オブシディアンでもいい。他の二人でも。お前はアイツらが好きだろう。だが誰かを頼るとなると? お前は躊躇するはずだ。誰よりも無力だからな」
ホワイトリリーはアンバーの言うことをじっと聞いていた。
普段のホワイトリリーであれば、急かして喚いていたかもしれないが、今のホワイトリリーにそれはなかった。ホワイトリリーは誰よりも無力だからこそ、そして誰よりも責任感があったからこそ、ここでアンバーが立ち止まってでもこれを伝えるのが重要だと考えていることを、理解できていた。
「わたしだって、気づいてることはあるよ。みんながわたしを守ろうとして、危険から遠ざけようとしてる。わたしに気づかせないようにしてる」ホワイトリリーが寂し気に言う。「特にオブシディアンは、そうだと思う。あの子はなにも言わないけど、わたしがいなくなるのを怖がってるところがある。プレーナイトとアメトリン、あの二人が彼女を残して辞めてしまってから、あの子は口数が少なくなって、なにも大事じゃないふりをしてる」
ホワイトリリーは滔々と話した。
「でも、わたしはそこまで弱くないよ。確かに戦いの役には、立てないかもしれない。気も強くないかもしれない。でも一人で立てないほどじゃない。まあわたしに足は、ないんだけど」
アンバーはホワイトリリーの言葉を聞いて、そうか、と言った。
複雑な顔をして、まだなにかを迷っていて、でもそれが解決可能と知っていて。だから顔をあげたとき、彼女は覚悟を決めた顔をしていた。
アンバーは扉を開け、次の部屋に入った。
「これで上手くいかないなら、はじめから希望なんてないんだ。そうだろ、クォーツ」
アンバーはそう独り言ちた。
▽
「そもそもウルツァイトは普通の魔法少女じゃない」
アンバーが、いう。
それをホワイトリリーが聞いている。
アンバーは観測室のスツールに座り、PCを操作している。ホワイトリリーは体重計のようなものの上に載せられていて、情報のアップロードの最中である。
「見た目のことじゃないぞ」
ウルツァイトは七つの黒目を持つ。美しい容姿がデフォルトの魔法少女たちのなかにあって、異質、というより異常だ。
「そうさな。あの見た目は、普通じゃない。でも見た目なんていうのは、大抵中身からついてくるものだ。見た目が後、中身が先。ってことだな。ウルツァイトは人工の魔法少女だが、意図的にああなったわけじゃない」
「人工の……魔法少女……」
この状態のホワイトリリーは、半分トランス状態にある。マスコットとしての人格と、装置的な肉体の性質のバランスが変わり、思考能力を極端にオミットされている。
「そう。これまでは魔法少女はコア・ストーンが主導権を握っていた。つまり、コア・ストーンとの同調が鍵だったんだ。それは言い換えればアーサー王の剣のようなものさ。選ばれることが必要だったんだ」
アンバーは続ける。アンバーが話しているのは、ホワイトリリーへデータベースの情報をアップロードするとともに、そこに載っていない、しかし重要な情報をホワイトリリーへ植え付けるためである。
「これに対し、魔法の国は考えたわけだな。このままだと魔法少女はランダム性が高すぎる、なんとかどんな性質の女がどんな魔法少女になるか調べられないか、ってな。そこで魔法少女になるという基本条件、その素質を持つ少女を連れてきて、あれこれ改造を始めたんだ。“脳”改造だ」アンバーが頭を指す。「哲学でも科学でもなんであれ、いろんな考えはあるが、脳が性質に関わっているのは間違いのないことだからな。ただそれだと、魔法の領域には手を出せない。だから僕に言わせれば、そんなのはお遊びだよ。ただ素質のある人間を犠牲にしただけの、な。結局、コア・ストーンと魔法少女の連関性は暴けなかった。ただ脳改造を施され、人語すら解さないような魔法少女が出ただけでな。
ところが話はこれで終わりじゃない。その研究をしていたやつらは当時、魔法の国で力を持っているやつらじゃなかった。研究費だってカツカツだから、素質があればそこがスラムでも迎えに行って、連れてきた。
もっと厳しかったのはコア・ストーンが一つしかなかったことだ。やつらは魔法少女を作り、データをとっては殺し、魔法少女をまた作り出していた。
ウルツァイトは、最後に生まれた。だがスラムで適当に連れてきた10歳かそこらの子供があれになったんじゃない。あれは“怨念”さ。この世界の、この国の言い方をするなら水子の霊ってやつだ。魔法少女になった子供の一人は、妊娠していた。妊娠の八週目から十週目で、ようやく形になってきたところのだ。
だがウルツァイトははじめから人格を持っていた。言葉を話した。その時期の胎児に意識なんてあるはずないのに。
コア・ストーンが意識と人格を与えたと言っているやつもいたが、違うね。あんなのはただ信仰的な言い回しにすぎない。実際、他の魔法少女は人格が破壊されたあとは変身するオブジェみたいなものだったしな。僕が思うに、あれは残滓のこびりついたものだ。彼女の前にいた魔法少女たちの残滓が、胎児の生命を使って蘇ったんだ。だから怨念なんだよ。本人は怨みもなにもない、ただの子供だけどな」
アンバーは続けて話す。
「ただ、ウルツァイトのお陰で研究が進んだのは確かだ。僕はあの子のデータからあの魔法使いを作ったし、僕以外のやつの一人は、自分に肉体改造を施して、アンホーリー・トライフェルトになった。そう、お前たちが戦ったあいつだ。あいつはウルツァイトのできそこないだ。不完全な魔法少女だ」
「人間の魔法少女が“魔法使い”になれないのは、自己同一性を持っているからだ。もしくは、持っていると思い込んでいるから。だがウルツァイトの人格はそこにあるが、人間に比べたらずっと曖昧なものだ。だから簡単に魔法使いに近いところまで行ける」
ここからほんの数分前のことである。
ダイヤモンドがスピネルとウルツァイトに突っ込み、オブシディアンがスピネルを立体駐車場に引きずり込んだ後。
ダイヤモンドはウルツァイトと相対している。
戦いは一方的だった。ダイヤモンドが少し前にオブシディアンに話したように、二人の差はあくまでパワーの差だった。
ウルツァイトがモーニングスターを振り下ろせば、ダイヤモンドは避けなければならず、蹴りやこぶしもなるべく体で受けてはいけない。ガードの上からでも十分にダメージを通してくるからだ。
だがその差はダイヤモンドが盾を手に入れた時点で埋まっている。ウルツァイトは初めにモーニングスターを振り下ろすが、ダイヤモンドに盾で受け止められ自分の勢いを利用されて投げられた。
この投げるという動作は、ダイヤモンドがまだ盾の能力を信用しきっていないからこその動きだった。実際にモーニングスターの力を、半ば受け流したとはいえ、盾で受けたことで、これが相当有用であることを確認する。
「いいじゃん」
ウルツァイトがモーニングスターを横に振るのを、ダイヤモンドが背中を反って避ける。完全に腕を振った状態のウルツァイトが、振り子のように今度は逆側から攻撃しようとするのを見越して、ダイヤモンドは盾を構え、ウルツァイトに体当たりをした。
そのままなら反対にダイヤモンドがよろけていたかもしれないが、シールドバッシュするときは魔力を放出することで相手に衝撃を与えられるという、アンバーの説明を思い出し、魔力を放出する。
ウルツァイトがよろける。ダイヤモンドが盾の内側をウルツァイトの手からはみでたモーニングスターの持ち手に引っかけ、勢いよく引く。バッシュで後ろによろけ、また引っ張られ、またバッシュを喰らう。これを三度繰り返したところで、盾の縁で顎を打ちあげる。
腹に大文字蹴りを喰らわせ、吹っ飛ばされたウルツァイトは駐車場の屋上から落下した。
ふう、とダイヤモンドが息をつく。アンバーがルビーの元から離れ、ダイヤモンドのほうへ寄ってくる。
「おい。優先順位を間違えるな。ウルツァイトを倒す意味なんてないんだからな。お前は早くあっちで魔法使いの相手をしろ。ルビーももうもたない」
「そうか。マジか。オブシディアンは?」
あいつならあれを倒せるんだろ? と暗に言う。
「あの馬鹿は隔離空間に閉じ込められた。スピネルの魔法だ。そっちとウルツァイトは僕とルビーでなんとかするから、その間、魔法使いを引き留めてくれ」
僕とルビーで、と来たか。随分仲良くなったもんだな。
ダイヤモンドは考えた。
「わかった。無茶させんなよ。あと、無茶すんなよ」
言い残し、ダイヤモンドが魔法使いのもとへと跳ねる。遠目でも巨大だった魔法使いだが、足元まで来ると圧巻だ。
二十mを超える生物が動いているとなると、途端に現実味が薄れる。かといって馬鹿げすぎていて恐怖心を忘れるかと言えば、そんなことはない。
「さあ、どうやって戦ったもんかね……」
自分はルビーみたいに飛んで翻弄することもできないし、こっちはウルツァイトよりもパワーがあるだろう。
ダイヤモンドは剣を出し、チャージを始めた。刀身に”charge”の文字が浮かぶ。
Charge.charge.charge……////
ダイヤモンドが待つ。その時、後ろからルビーの声がした。「ごめん! そっち行っちゃった!」
「はあ!?」
「おまえ、ころす!」
いきなりのことで動転して盾を構えることもできず、ダイヤモンドは体当たりを受ける。足を踏ん張り、数十センチ地面を抉りながら後退する。なんとか受けきったか、と安心しかけたところで体がふわりと浮き、違う、と気づく。
――持ち上げられてる!
ウルツァイトはダイヤモンドを持ち上げ、その場でジャンプした。地上二十五m、丁度魔法使いの眼のあたりまで飛ぶと、地面へ投げつける。
地面に叩きつけられたダイヤモンドが痛みに声をあげる。しかし上空から落ちてくるウルツァイトを見つけ、慌てて盾を構える。
ウルツァイトは落下のエネルギーを利用してモーニングスターを盾に叩きつけた。その威力はダイヤモンドが地面から立ち上がれないほどで、これをいいことに、ダイヤモンドを滅多打ちにする。いくら盾で減衰されているとはいえ、ウルツァイトのパワーでそう何度も攻撃を受けていれば、体はもたない。
ダイヤモンドは盾を斜めにしてモーニングスターを受け流し、ウルツァイトに蹴りをいれた。その足を掴まれ、振り回される。
「うおおお!」
ダイヤモンドが目を回しながら叫ぶ。そのまま倒壊した建物の瓦礫へ投げられる。瓦礫を背に悪態をついていたダイヤモンドは、またも自分の目前に迫るウルツァイトを見る。
▽
「ねえ、なんとかできないの!?」
おもちゃのように投げられるダイヤモンドを見てルビーがいう。アンバーは隔離空間となった立体駐車場を調べて、どうすればこれを破壊できるか考える。
「……この魔力の組成は……単純だな。計画的に発動したんじゃなく、力業か……ならこっちも……」
「ねえってば!」
「え?」アンバーが言う。「あんなの序の口だ。あいつはまだ強くなるぞ。それより壊す方法が分かったから伝えてきてくれ。あと、今度こそちゃんとバトンタッチしてくれ」
アンバーはダイヤモンドのチャージを使えばこの立体駐車場を壊せると言う。
「わかった……正直自信ないけど、やってみる……あなたはどこに行くの?」
「僕は……ホワイトリリー!」
アンバーがホワイトリリーを呼ぶ。
「わたしになにか出来る!?」
「できる。というか、お前にしかできない。機材がないから僕じゃ解析はできないんだ。あいつの中にあるキル・スイッチの場所を探さないとオブシディアンが出てきても倒せるかわからない。そのために、お前が解析できるようにする」
「できるようにするってどういうことよ! 危なくないの、それ!」
ルビーが言う。アンバーがルビーのほうを向く。
「危ないよ」
ルビーはあまりに素直な返しに言葉を詰まらせてしまう。
そのままアンバーとホワイトリリーがスタジアムの地下に向かうのを見送り、ダイヤモンドのもとへ飛んで行く。
あかん。構成がバグっとる。