スプレー・アンド・プレイ 9
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ダイヤモンドはオブシディアンとスピネルにぶつかり、地面を跳ね、壁に衝突して落下した。苦痛に顔を歪め、剣を杖がわりに、壁の穴のほうを向いて立ち上がった。
「オブシディアン? 大丈夫か?」
うつ伏せに倒れるオブシディアンへダイヤモンドが声をかける。
オブシディアンは胸に傷はあるものの、体はほぼ十全に動ける状態だった。
「助けに来たとか言うつもりなら、わたしは今からお前のまえで自殺してやるからな」
もう少しで仕留められたんだ、とオブシディアンは同じくうつ伏せの状態で呻いているスピネルへ目を向け、悪態をつく。ダイヤモンドがいればスピネルはなんとかなるだろう。しかし、そこが問題ではないようだ。
「悪い。でも違うんだ。投げられたんだよ。あれに。事の起こりはお前がここに閉じ込められて、それをどうにかしようって話になったときだ。あの魔法使いを抑えるだけの体力が残っていたのはアタシとルビーだったけど、あいつと真っ向勝負で出来るのはアタシだけだった。戦いようはあったよ。アタシにはこの盾があったしね。
前回はあいつのパワーに押し負けたけど、盾で衝撃を消せるから、そこは大丈夫だった。だいたい力が強くて押されていただけだったから、まあそうなればこっちとしては赤子の手をひねるようなものだったけど、やっぱり魔法使いのほうがヤバくてね。
ルビーも消耗してた。アンバーは戦えないぐらいだった。それでアタシはルビーにあいつの相手を任せて、魔法使いの足止めに行った。空を飛んでればとりあえず大丈夫だからな、あっちは。
アタシはチャージで魔法使いの足止めをしたけど、本当に足止めにしかなってなくて、倒さないと結局アタシも魔力切れするだけだったんだ。
そこであのアンバーがこんなことを言い出した。
オブシディアンを隔離空間から出すのと、キル・スイッチを見つける。その両方をやらないといけない。キル・スイッチはないんじゃないのか? ってアタシが訊くと、アンバーはないとは言ってない。ないかもしれないとは言ったがとか宣って、さらによく聞いてみるとキル・スイッチっていうのは魔法使いの体内にある爆弾のことで、それを体内で爆発させれば殺せるだろうってことだった。ただ信管は外されているから、今から遠隔で爆破するのは無理だと。
だからお前がいるんだ。お前のキックでキル・スイッチを爆破させる。そのために場所を知る必要があって、アンバーはホワイトリリーを連れて、スタジアムの地下に行った。そこに機材があるんだそうだ。で――」
お前をここから出す方法だが、と言いかけたところで、オブシディアンが口を挟む。
「リリーが誰とスタジアムに行ったって? ちょっと待て、アンバーって言ったか? そいつはホーリー・シリーズの魔法少女だぞ」
「そうだけど、今はこっちの味方だ。それに話は終わってない。それでお前をここから出す方法は、隔離空間の外から大きな衝撃を与えること、その一点だった。アタシはチャージをしようとしたんだが」
壁の穴にゆらりと人影が現れる。その人影は、オブシディアンの知るこの現場にいるものすべての形と一致しない。4mはあるだろうか、巨大で、ごつごつとしている。
「あれに、邪魔をされた」
「ウルツァイト……」
スピネルが寝そべったまま、穴の前に立つ怪物に声をかける。オブシディアンがスピネルを見て、怪物を見る。
ま、結果的に出られたんだからいいよな、とダイヤモンドが冗談のようなことを言うが、声はまったく笑っていなかった。
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「アンホーリー・ウルツァイトか」
アンバーが言った。彼女とホワイトリリーは戦場を離れ、スタジアムの地下に来ていた。アンバーの作業場の一つだ。魔法使いが動き出したことで天井に大穴が空き、施設は半分以上埋もれていたが、観測のための部屋は無事だった。
「なに?」
ホワイトリリーが言った。二人はスタジアムの地下の作業場まで階段を降りているところだった。
ホーリー・アンバーは地上のほうを振り返っていた。
「わからなかったか。まあ、わかるはずないかな。今、ウルツァイトが変異した。多分極度のストレスが原因だな。親代わりのスピネルがいない。目の前の敵は倒せない。追い詰め過ぎたんだ」
アンバーは足元の瓦礫をまたぎ、扉のノブを回した。向こうは火事になっているらしく、熱で真っ赤になっているが、気にせず回す。回せないなら壊すつもりだった。
「ホワイトリリー、お前が僕やウルツァイト、スピネルが解析できなかったのは、その情報がないからだ。解析しても結果が理解できないから、解析不能と出る。つまり解析自体は出来てるってことだが、理解できないんじゃ意味がない。だからこれから、お前に情報を与える」
「う、うん。それで魔法使いの弱点を探し出せるんだよね?」
「そうだ」
火事になっている部屋のパソコンに向かうと、手動でスプリンクラーを稼働させる。これで屋内の火は消える。
「ただ、それはリスクを孕んでいる。多大なリスクをだ。僕たちが生き残ってハッピーエンドを迎えるには、お前とオブシディアン、どっちが欠けても達成できない」
消火活動が終わり、予備電力が動き始めると、施設全体に明かりがついた。
アンバーは立ち止まり、続く扉へ手をかけた。
彼女は苦悩していた。
クォーツとの約束を思い返していた。
“絶対に、なにがあっても絶対に、タイミングを間違えてはいけない”
アンバーは眼を閉じた。
「どうしたの? 早く行かないと! みんなが待ってる!」
「わかってる。ちょっと待ってくれ」
アンバーは考えた。こうも選択することの恐ろしさを体感すると、足一本、指一本を動かすのも躊躇してしまった。“世界とはこうも重いのか”。アンバーは想い、願い、逃避しかけた。
「なあ、ホワイトリリー。聞いてもいいか?」
「なに?」
「お前に、頼れる相手はいるか? 自分のすべてがひっくり返ってもお前を肯定してくれるような奴だ」
「え? どうしたのいきなり?」
「お前にデータをアップロードするにあたって、その情報というのは、キル・スイッチを探すためのアナライザーだけじゃない。全部だ。魔法の国のこと、魔法少女のこと、オブシディアンのこと、全部がお前にアップロードされる。そうじゃないとダメなんだ。少し前にホーリー・シリーズのマスコットのために用意されたデータをお前にアップロードしなきゃ、とてもじゃないが間に合わない。取捨選択ができない。これからお前は苦悩するはずだ。最悪、アイデンティティが壊れるかもしれない。
精神的ショックに対してお前のような旧型のマスコットがどこまで耐えられるのか、僕にもわからないんだ」