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終わりと終わりと終わりの戦い 2

                  ▽


 スピネルが自分の頭の破片を集める。魔法少女はコア・ストーンを割られなければ死なないが、体の欠損に対してショックを受けないわけではない。血が出過ぎれば行動不能になるし、脳を破壊されれば思考することもできなくなる。スピネルが動くことができるのは自分の魔法の力であり、オブシディアンの対策をしていたお陰であった。


「だいじょうぶ? スピネル」


 屋上の穴から今さらながら現れたウルツァイトが、心配そうにスピネルに声をかける。スピネルはまだ口元を戻していないので、言葉を話すことができない。しかし同様に耳もないはずなのに聞こえているのか、代わりに手を振って返事をした。


 スピネルはパズルのように砕けた頭を組み立てた。彼女の頭の破片はどこかどこだかわからないほど乱雑に砕けていたが、スピネルは迷いなく淀みなく組み立てていた。


 真っ赤なルージュを塗った口元が出来上がり、ふっくらとした頬が元に戻った。睫毛の長い優し気な眼が元に戻った。そこでスピネルはぎょろぎょろと眼を動かし、倒れたオブシディアンに視線をやった。


 オブシディアンは頭が無くなっていた。自分が砕いたのでそれはそうなのだが、ほとんどすべて黒曜石になり、人の体というよりは石のオブジェのようだった。


――随分面倒をかけさせられたけど、これで終わりね。


 スピネルはオブシディアンの体を蹴って屋上の縁と平行にした。さよなら、と呟くと、足で体を押し出し、タワーから落下させた。


 スピネルは屋上から下を覗かなかった。その瞬間、S区で暴れている魔法使いが、警察のヘリコプターを撃ち落としたからだ。ヘリコプターは空中を回転し、近くのビルに突き刺さって爆発した。もしこの時点で下を覗くことがあれば、彼女はクォーツとダイヤモンドの姿を見つけることが出来ただろうが、覗かなかったためにうまく行かなかった。

 あるいはこれは、クォーツの予知のなせる技なのかもしれないし、ただの偶然出会ったのかもしれない。いずれにせよ彼女は、爆発のせいで二人を見逃し、代わりに別の方角で暴れている、K県K市の魔法使いの姿を発見した。


 ここからニ十キロは先だが、その姿は容易に捉えることが出来た。魔法使いは蟻のような見た目で、スタジアムからはまだほとんど動いていないらしく、大きな体の周りを、火を吹き出しながら飛ぶルビーがいる。


「さてと……ヒーローにでもなりに行きましょうか」スピネルが言った。「ウルツァイト! あそこまで跳んで行くわよ」


 この時にもまた、彼女がまずタワーから下に降りることを選択していれば未来は変わっていただろう。運命を知らない彼女は、そうすることはしない。


 ウルツァイトがスピネルを横抱きにし、タワーの屋上から正面のビルの階に突入した。そのままビルの中を駆け抜ける。


 彼女たちが到達するまで、あと残り十五分ほど。


                  ▽


 そこは阿鼻叫喚の地獄だった。火にまかれ、逃げ遅れた人々が次々と焼け死に、建物のがれきに潰されて圧死される人が後を絶たなかった。


 希望もあった。キュア・ルビーという地元の魔法少女が、必死に救助活動を行っていた。


 彼女は魔法使いの出した火へ迎え火を放って勢いを弱め、瓦礫を持ち上げて人々を救っていた。マスコットのホワイトリリーは彼女のために人のいる地点を教え、魔法使いの動向を監視していた。


 彼女の仲間であるはずのキュア・ダイヤモンドとキュア・オブシディアンはいなかった。そのためルビー一人が魔法使いの相手と救護活動のどちらもを行わなければならなかった。警察や消防も現場に到着していたが、魔法使いの口から放つ炎のようなものがあたればひとたまりもないため、なかなか近づくことが出来ないでいた。


「あれは炎じゃなくて、高温度の液体のようなものだ。あれが空気に触れると結果的に燃え出す。だから燃えても広がる範囲が少ないんだよ」


 ホワイトリリーが言った。

 ルビーが自分の炎で向こうの炎を出した先から受け止めることはできないかと質問したからだった。


「そうなの?」


 瓦礫から人を救出し終えたルビーが言った。はじめに魔法使いが地表に現れた際、逃げ遅れた人々は、もうあらかたいなくなっただろう。そうでなければ死んでいるか、見えない場所にいるかだ。ルビーには余裕がない。


 ルビーの魔法は、指輪から火を放つことである。火は火種もなく指輪から出現する。火にはいくつか種類があるが、いずれの火にも、質量はない。


 ホワイトリリーはルビーの炎であれを受け止めようとすれば、完全に燃やしきることができなければ、液体がルビーの体に降りかかるだろうと言った。それよりもまだ、魔法使いがあそこから動かないようにするのが先決であると。


 ルビーは同意し、空を飛んだ。ルビーは、硬度の高いコア・ストーンの魔法少女のなかでは珍しく飛行能力を備えている。オブシディアンと違い、自前の能力だが、欠点もある。ただ飛べるだけなのだ。ルビーにはオブシディアンのアーマメントや、ダイヤモンドの使う武器を引き寄せる力がない。空を飛ぶのは便利だが、ダイヤモンドのようにフィジカルという意味で力が強いわけではないルビーにとってみると、現状は火力不足の気があるのは否めない事実だった。指輪の魔法にも一応、衝撃を与えるタイプの技はあるものの、あまり近づきすぎて捕まるわけにもいかない。ルビーはそのため、魔法使いの周りを飛び、眼に向けて火を放ち続けた。


「危ない!」


 ルビーを鬱陶しがった魔法使いは、その蟻のような体についた八つの足のひとつで、彼女を攻撃した。


 ルビーはわざと失速して体を逆さまにして避けると、スタジアムの中心から動こうとした魔法使いの胴体を、通り抜けざまに蹴りをいれた。魔法使いが大声をあげる。しかし効いたわけじゃないだろう。蹴りを放ったルビーのほうがむしろダメージは大きいかもしれない。


――この魔法使い、硬すぎるわ。

 

 自分を捕まえようとした足から逃れ、ルビーは上昇する。近くを飛んでいたホワイトリリーがルビーの肩に乗り、彼女に耳打ちする。


「攻撃してもダメそうだよ。こいつ、すごく硬い。ダイヤモンドが夕方戦った魔法少女と似てる感じがする。ウルツァイトっていう名前だ」


「世界一硬い鉱石でしょ? 知ってる。でも私はどっちかというと、トライフェルトを思い出してるよ」


 アンホーリー・トライフェルトは強敵だった。自分の攻撃もダイヤモンドの攻撃も、オブシディアンの攻撃も通用しなかった。どうやってかオブシディアンが倒したらしいが、どう倒したのかもわからなければ、真似もできない。


 だがそもそも真似なんてできるだろうか。ルビーはその点についてはリアリストである。自分はダイヤモンドほどの力はないし、オブシディアンのような一芸を持っているわけでもない。高水準だという自負はあるが、どうしようもなく強い敵があらわれたとき、一番役に立たないのが自分だという自覚もある。


「どうする? このままじゃジリ貧だよね」


 ホワイトリリーが言う。ルビーが笑って返す。


「私に今のところできるのは、こいつを鬱陶しがらせることだけ。ならストレスで死ぬまで徹底的に鬱陶しくしてやろう。それでダイヤモンドとオブシディアンを待つんだ」


 自分はサポートに徹する。それが最善の一手であると信じて。ルビーは信じていた。あのダイヤモンドと、あのオブシディアンが、死ぬはずないと。そう信じることができたなら、あとは彼女たちを待つだけだ。


「信じてるからね。早く来てよね」


                       ▽


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