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オブシディアン・マスト・ダイ 6

 オブシディアンの追撃を避け、ラブラドライトが階段のほうまで後退する。続けて黒曜石の爪で攻撃しようとしたが、遠距離からスピネルの射撃を受け、これは断念する。体の前を掠めた矢が、今度は肩から突き刺さろうとするところ、オブシディアンはバック転でこれを避け続けなければならない。合間にウルツァイトがラブラドライトのいるほうと反対の階段から登ってきているのを見、直前の着地の瞬間、大きく飛び跳ね、彼女の横振るいをかいくぐり、地面に着地――するのではなく、黒曜石に乗って浮かんだ状態になった。


「降りてこい黒いの!」


 ウルツァイトが喚いた。


 スピネルの放った矢を避け、黒曜石を階段状に設置し、広間へと降り立つ。ウルツァイトのモーニングスターがすぐ後ろの地面に大きな穴をあけた。


「やはり私は見ている方が好みだ」


 ラブラドライトがその間にも悠然と二階の足場を歩いて、自室へ入って行ってしまう。


 オブシディアンはそれを苦虫を噛み潰したような顔で見届ける。


「よそ見してる余裕があるのかしらん?」


 そう言って放たれた矢がオブシディアンの足元に突き刺さる。いったいなんなのかと考える隙もなく、その矢が爆裂し、オブシディアンは吹き飛ばされた。どうかしてる。ウルツァイトも間違いなく巻き込まれてる。あの高耐久があるとはいえ、こんなことやれるやつがいるなんて。


 起き上がって部屋のなかを逃げようとしたオブシディアンだったが地揺れに阻まれる。その周囲に、また矢が放たれ、思う間もなく爆裂し、体がまた空中に投げ出された。地面に叩きつけられる。


 外――ルビーたちのいるK県K市のスタジアム。巨大な怪物のいるところ……しかし、今日本中で同様の事態が起こっていた。


――地面に伏してると、諦めたくなる。


 ラブラドライトにはああ言ったが、オブシディアンは完全に立ち直ったわけではない。ダメージを受けているこの瞬間も、彼女は後悔し、罪を感じている。それらすべてを受け入れて、そう――死さえも受け入れて、ここに横たわっていたい。甘い誘惑がオブシディアンのなかで鎌首をもたげる。


「まだだ。まだ……まだ最悪じゃない。まだ最悪じゃない。まだ、最悪じゃない……」


 まだ最悪じゃない、と言いながら、オブシディアンは立ち上がり、そこをウルツァイトに殴られた。正確には、殴ろうとしたモーニングスターを、両手で受け止めたのであるが。右手を前に、左手を後ろに。交差して受け止めたが、すぐに体が沈みかける。足をばねのようにして堪える。


――うかうかしてるとまた矢が来る。まだ使いたくはなかったが、これ以上あれを喰らっていたら体がもたない!


 オブシディアンの右腕がぴしりと音を立てた。同じく右腕に痛みを覚えたウルツァイトが大きく飛びのく。ウルツァイトは右腕に異物が入ったことを悟る。煙の中からでて右腕を見ると、大きな黒曜石の破片が突き刺さっている。


「うわっ、うわあ!」


 驚いたウルツァイトが腕を振り回すが、破片は出て行かず、刺さったままだ。


 これはオブシディアンの必殺技に必要な工程だった。オブシディアン・キック。相手の耐久力を無視して破壊するという、低火力、低耐久のオブシディアンにとってアーマメントとあわせてもう一つの切り札とも言える技である。


 蹴り技だが、本質的には蹴り技ではない。この技の本質は相手にくさびを打つことである。打ったくさびに強い衝撃を与えることで、相手を貫く一撃へと変貌させるのだ。その強い衝撃を与えるのに適しているのが、蹴りというだけで。


 ただオブシディアンは、これがうまく行かないことを予め承知していた。


 確かにキックは一撃必殺の技だし、その準備は整った。ウルツァイトの刺さったくさびを蹴り込めば彼女は終わりだ。


 だがそんなことをスピネルが許すわけがないのだ。それにスピネルは、オブシディアンがキックを――というより、アーマメントを使うのを待っていた。


 アーマメントは自分の欠損を相手にコピーする技だが、これを用いると、オブシディアンは普段よりさらに耐久力が低下してしまう。本物の黒曜石に近くなるのである。その瞬間は、あの炸裂矢を一発喰らっただけでも体がばらばらになってしまう。

          

                  ▽


 だから逃げる。逃げるのだ。ウルツァイトが叫んだことによって、スピネルはオブシディアンがアーマメントを使ったと想定した。オブシディアンのレパートリーに彼女を傷つける技はそれ以外にないからである。


 続けて蹴りを放つか、そう読ませてこちらへ向かってくるか。煙はまだ晴れていないが、うっすらとオブシディアンの姿は見えていた。


 それとも逃げ出すか。これかなとスピネルは思う。オブシディアンは前回、スライサーがないことを知っているというだけで逃走を図った。耐久力が低いこともあって本来は慎重派の魔法少女なのだ。


 そもそもオブシディアンには、二人を絶対に倒さなければいけない理由などない。どころか、早く抜け出してK県K市に戻りたいのが本音のはずだ。だから逃げ出すだろう。それはこちらにとって喜ばしくない決断である。


 考えうる逃げ道は二つ。オブシディアンがつくった天井の穴と、ウルツァイトがつくった床の穴。天井の穴に入るよりは、床の穴に入る方が簡単かもしれない。


「床を破壊なさい! ウルツァイト!」


 声と同時にオブシディアンが飛んだ。左手に黒曜石を掴み、大きな黒曜石を盾に。チッ、とスピネルが舌打ちをした。炸裂矢から普通の矢に変えて撃ちだす。心象世界から取り出した鉱石は現実と同じ硬度しかないため、黒曜石だろうがダイヤモンドだろうが関係なく貫通するが、オブシディアンは貫通した先で左右に避けているのだ。上下でなく。トップスピードならすぐ天井に到達する。


「しゃあないなぁ……」


 穴に手をかけたオブシディアンを見てスピネルが呟いて地面に唾を吐き捨てた。


「ウルツァイト、そこで待ってなさい。わたくしが一人で片づけるから」

 

                 ▽



 オブシディアンは、天井の穴に入り、ささくれだった瓦礫を突き進んだ。ここまま行けばすぐ屋上に出る。屋上から飛び去れば簡単には追ってこれまい。問題は行き先がバレていることぐらいか。


 オブシディアンは通信機でルビーに連絡を取ろうと、脇にあるつまみを回した。もうすぐ穴の出口だ。口を開き、状況を伝えてもらおうと言葉を探す。


――屋上に出た! 


 遠くの方に巨大な魔法使いが跋扈しているのが見える。三体。あのときオブシディアンが見たやつだ。


 周りを魔法少女が囲って戦っているらしい。光線や波動がときたま空間に明滅している。


 まだほとんど動いていない。オブシディアンはそう判断する。あの魔法使いたちがいるのは駅のちょうど上だ。外には出てきているが、動いていないのだ。


――これならまだ、被害は少ない!


 オブシディアンがK県K市まで飛ぼうとする。屋上から離れたその足を、なにか紐のようなものが巻き付き、あっというまに、オブシディアンの見る景色は反転していた。オブシディアンは排煙用のファンに叩きつけられた。


「逃げ出す悪い小鳥ちゃんには、紐をつけておかないとね」


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