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オブシディアン・マスト・ダイ 5

――最悪だ。完全にしてやられた。こいつら、わたしがこっちに来るのを見越してたんだ。


 三対一。それも相手はラブラドライト、スピネル、ウルツァイトの三人だ。ラブラドライトは古参で、一次侵攻のときにも戦っていた歴戦の勇士、ウルツァイトとは一度戦った。ダイヤモンド以上の高耐久、高火力の魔法少女だ。唯一スピネルのことはわからなかったが、ホワイトリリーの話を聞いたところによれば、姿を消せるとか。その手の魔法を使う敵が厄介なのは知っている。


 一対一であれば、自信はあった。相手がラブラドライトだろうがあのアンホーリー・トライフェルトを下したのだ。勝てない理由にはならない。


 だが三対三――以前にも話した通り、オブシディアンのアーマメントは一対一では強力だが、複数人を相手にするのは向いていない。アーマメントを使って一人を欠損させても残りは無傷なのだ。そうなれば、こちらは欠損した状態で万全の敵と戦う羽目になる。二対一でも厳しいのに、三対一。


 オブシディアンはよろけながらも立ち上がり、不敵な笑みを浮かべる。今はそれが精いっぱいだ。それ以上の虚勢は張れそうにない。


「随分熱烈な歓迎じゃんか。さっきのは、なに、時間稼ぎだったわけ」


 言いながらオブシディアンは考える。


――違う。そうだ。ようは止めればいいんだ。状況はなにも変わっていない。ラブラドライトさえ仕留められれば、あとはどうとでもなる。逃げるなりなんなりすればいいのだ。


 ラブラドライトを仕留める。一撃で。それにはかぎ爪で胸を抉ってコア・ストーンを表出させる。


 問題はこの二人が、そう易々とラブラドライトに到達させてくれるかどうかだが……。


 オブシディアンは床にてをつき、状況を捉える。


 場所は広間。こっちは黒樫の壁を背に立っている。向かって右にウルツァイト。左にスピネル。そして壁に沿って左右につくられた階段を昇って二階に、ラブラドライト。


 ラブラドライトは戦いに参加する気があるのかないのか、はっきりとしていない。少なくとも初めに攻撃してくることはない気がする。なのでこの場において牽制し合っていたのは三人だった。


 身軽なオブシディアンを仕留めるために、スピネルはボウガンの先をわざとゆらつかせていた。動き出しに対応するためだ。


 ウルツァイトは一度オブシディアンに傷つけられたため、軽い苦手意識のようなものを持っている。そのため無暗に突っ込むようなことはしない。


――さあ、どうする。


 動き出しを射られるか、挟撃されウルツァイトの攻撃を受けるか、不用意に動けばそのどちらかになる。


 三人は膠着状態にあった。三人が三人の思惑で動くことが出来ず、誰かが動き出すのを待っていた。


 このまま待っていれば、最初に動き出すのはオブシディアンだっただろう。なにせ彼女には時間がない。そして実際にそうなったのだ。


 最初に動いたのはオブシディアンだった。二人の間――といっても、ほんの少しウルツァイトのほうへ寄って走り出す。


 スピネルがボウガンを構え、射る。完璧なタイミングだ。オブシディアンの初速を読み切り、彼女の胴体を狙って撃った。


 命中しなかったのは、オブシディアンが黒曜石を使って加速したからだ。加えてウルツァイトの顔目掛け黒曜石の雨を降らせて動きを鈍らせ、大ぶりの攻撃を転がって避ける。


 ウルツァイトの肩をかすめ、スピネルのボウガンが壁に突き刺さった。回転して避けたのはスピネルがオブシディアンの動きを再計算して撃ってくると考えたためだった。


 一回転してウルツァイトの背後に廻ったオブシディアンは、振り返ってスピネルの射撃を牽制すべく黒曜石を打ち出すつもりだったが、それは無意味だった。


 スピネルが殴りかかってきていたのだ。スピネルはボウガンを腰の後ろにまわし、ほぼ水平に飛び跳ねてオブシディアンに右ストレートを放った。オブシディアンは左右によけるのではなく、後退して威力を弱めた状態で胸のあたりでそれを受け止め、続く左フックを手でたたいて払いのける。


 今度はこちらが攻撃に移りたかったが、体勢を崩したウルツァイトが目を半分覆ったままモーニングスターを振り回してきたため、斜めに屈んで避ける。スピネルも胸を逸らし、掠ったモーニングスターの棘が修道服を破った。モーニングスターが直撃した壁が破片を飛び散らせた。


 二人の間に刺さっていたモーニングスターが壁から離された瞬間、今度はオブシディアンがスピネルを攻撃する。鋭い左のローキック。避けようと体を浮かせたスピネルだったが、それはフェイントだった。ローキックで曲げた足に合わせて体勢を壁のほうへ直し、ラブラドライトのもとへ壁をつかって跳んだ。


 ラブラドライトと同じ空間に降り立ったオブシディアンはマーシャル・アーツに似た動きで攻撃を仕掛けたが、ラブラドライトにすべていなされた。


 最後のストレートを避けられ、背中側から首を捕まえられる。


 鳩尾に肘打ちを放つが、一歩届かない。このまま首を極められるかと思いきや、ラブラドライトは突然腕を離し、オブシディアンの背中を押した。


 オブシディアンが膝をついて咳をする。喉に手をあて状態を確かめるが、ラブラドライトを目で捉えることも忘れない。


「いいねえ、その目。この状況でも諦めていない」


 ラブラドライトが言う。


「それだよオブシディアン。だから君が好きだ。君はちゃんと魔法少女のアイデンティティを持ってるんだよ……。だからとても惜しい。惜しいなあ……本当に」


「これから殺すことが? サイコ女め」


 ラブラドライトは手すりに片手をつき、憂いのある眼をした。広間の壁の向こうにある大きな世界を見て。


 そして、短く息を吸い、そろそろだな、と言った。


「私は趣味に生きているが、本業のことは忘れない主義だ。仕事は仕事としてやり遂げるつもりでいる。自由な裁量が許す限りね。君は勘違いしているよオブシディアン。別に私は絶対に君を殺さなければならないとは思っていない」


「じゃあ、なんだって言うんだ」


 オブシディアンは逆転の目を考える。隙をついて爪でこいつの胸を抉るのはうまく行くか? どうにか取り付いてアーマメントを使って無理やり隙を作るか……。


 一方のラブラドライトは、話を続けた。


「私が惜しいと言ったのは――私が惜しいと言ったのは、その邪念だ。君はもっとちゃんとあの二人と戦うべきなんだよ。私に倒して逃げようなどとは思わずね。そのせいで君は――君は散漫になってる! もっと賢く立ち回りたまえ」


「いったいなんの話を――」


 その時、オブシディアンのもとにルビーたちからの連絡が入った。その半分はわかっていたことだった、もう半分は、想像もつかないことだった。


『オブシディアン!? オブシディアン!? ここには誰もいない! ダイヤモンドも、スピネルとかいう魔法少女も! 地下には……これは、あなたが言った巨大な魔法使いが! 動き始めてる!』


「君は時間稼ぎかと先ほど言ったが、そんな必要はない。なぜなら君が来る前に始動させておいたのだからね」


 ラブラドライトがこともなげ言う。


「おい。なんだって?」スピネルが文句を言う。「話が違うぞ。オブシディアンを殺すまでは待つと言っていなかったか?」


――なんだって? 今コイツは、なにを言った?

 

 オブシディアンの頭がフリーズする。ルビーの焦燥を含んだ声。ラブラドライトの平坦な声。スピネルの刺々しい声。ウルツァイトのよくわからない呟き。そのすべてが遠くなる。それが再び近くなったとき、オブシディアンの頭のなかに絶望が押し寄せる。


――始動させておいただ? わたしが来る前に?


――防ぐも何もなかったってことか? ならなぜ、わたしはここにいる……?


 オブシディアンが項垂れ、両手を床についた。


 体からどっと力が抜けた。地面に横たわりたかった。


 その様子を見たラブラドライトが独り言ちる。


「だから言いたくなかったのだけどね……。この際仕方ないか」


 ラブラドライトが手に専用装備を顕現させる。彼女の専用装備は、腕に装着する形で使われる、紋様の入った剣だ。


               ▽

――大侵攻はもう始まっている……。


 失敗した、どころじゃない。スタジアムには大勢の人がいる。ここが避難場所だったのだ。ルビーとホワイトリリーは、放送室へ行って避難勧告を要請した。


 大勢の人が逃げた。ルビーとホワイトリリーは避難誘導を手伝いながら、スタジアムの外に出た。


 大きな地響きとともに、スタジアムのフィールドが真っ二つに割れる。


 人々の背中から、そしてルビーとホワイトリリーの目の前でスタジアムは崩壊をはじめ、逃げ遅れた人々が瓦礫の下敷きになる。ルビーはそれを助けようとするが、地下から現れた巨大な怪物を見て、呆気にとられてしまう。


――これは……無理なんじゃ……。


 魔法使いは、胴の太い蟻のような見た目だった。地下で見たときもその巨大さを感じたが、動いているとその存在感は何倍にもなっていた。


 魔法使いがルビーを見つけ、足をあげる。


 振り下ろされるまで、あと三秒。


               ▽


――外から大きな揺れが伝わってくる。


 オブシディアンは最悪の状況を考えていた。悪いことが起きたら、最悪の状況を考える。それが彼女のルーティーンだった。朝ごはんがない。しかも殺人鬼に殺される。相手に攻撃が避けられる。それが最後の力を振り絞った攻撃だった。目当てのレコードが見つからなかった。見つかったと思ったら規格が違っていた。よくあることさ。散々頑張って、散々傷ついて、散々戦った。なのに、報われない。自分の大切な人がみんな目の前で殺される。自分は四肢をもがれて、なにもできない。


 それはオブシディアンの心が壊れないための、オブシディアンの防御本能だった。それが音を立ててがらがらと崩れ落ちた。それこそ最悪だ。


「心が折れるのは罪じゃないさ。このケースでは、取り返しがつかなかったと言うだけで。一回折れてからが本番ということもあるからな」


「勘違い、するな……」


 ラブラドライトが剣を振り下ろそうとした瞬間、オブシディアンがそう零した。

 

 最悪。最悪。最悪だ。


 考えうる最悪にはまだ下がある。


「考えてただけだ。最悪の場合、お前を道ずれにしてでも殺してやるって」


 オブシディアンが叫び足の下に潜り込ませた黒曜石を利用して強烈なアッパーを放った。紙一重で避けられる。


「やっぱりい~いじゃないか」


 ラブラドライトが笑みを浮かべる。


「だが、三対一だぞ。どうするつもりだ」


 オブシディアンの追撃を避け、ラブラドライトが階段のほうまで後退する。


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