キュア・ダイヤモンドvsホーリー・ウルツァイト 5
この区域の、ちょうど反対側の、一番遠いところ。規模は巨大。
「来ない!」
「なに!? なんだって!?」
「救援は来ない!」
――でも、なんで……? こっちはずっと戦ってるのに。魔法を使ってこの辺りを隔離している、とか……。
そんなことができるのは人型の魔法使いだけだ。それにもっと不味いことに、もしそうだとすれば、この辺りから非難した人たちは、その囲いから出ることが出来ていないということになるのだ。
ホワイトリリーは確認していなかったが、アラートの速報はこう続いている。
規模は巨大。ラブラドライトを含め全員が現れた魔法使いとの戦闘に回されている。なお、現在南西地区で確認されている異音は異界の門が現れる予兆であり――。
二人がこれに気づいていればなにか変わっただろうか。答えは簡単である。変わっていない。彼女たちのもとにラブラドライトの救援は現れないし、目の前には敵がいる。
「はあ?」
それを訊いたダイヤモンドは、一気に疲れが体の表に現れた気分になって、くしゃりと悲痛に顔を歪めた。けれど、それを自覚した瞬間、今度は逆に強く口元を引き締めた。
そうだ。
誰も助けが来ないなら。
誰もアタシたちの目の前から消えてくれないのなら。
目の前のこいつは、アタシがぶっ殺す。
ダイヤモンドは再び剣に魔力をチャージした。ウルツァイトに睨みをきかせ、彼女が飛び込んでくるタイミングを待つ。
「そう何度も撃たせるわけないでしょ」
なにもないところから声がし、なにかがダイヤモンドの腕に巻き付いた。「こざかしいんだよ!」力を込めて引っ張る。遠くの方にあったバスがダイヤモンドを押しつぶした。
「スピネル? スピネルなの?」
「そーよ。あなたのだーいすきな、スピネルよ」
きょろきょろと首をまわしてスピネルを探すウルツァイト。
それをやや適当にあしらうスピネル。ウルツァイトは放置してバスの下敷きになったダイヤモンドに近づく。
「ダイヤモンド……! 敵が来てる! 早く抜け出さないと!」
「わかってる……」ダイヤモンドが呻く。「クソ、抜けないぞ……」ダイヤモンドは下半身が完全にバスと瓦礫の下敷きになっている。人間の兵器では傷つかない魔法少女と魔法使いだが、単純な質量によって拘束されることはある。
「ううあっ。うあっ、あっ」
スピネルにコーティングした鉱石を引きはがされ、赤いしみを突き破って体内に手を突っ込まれたダイヤモンドが強烈な拒絶反応を起こし、苦しみの声を上げた。
「ダイヤモンド!」
スピネルがホワイトリリーを掴んで地面に押し付ける。
「あなたさっきから鬱陶しいですわよ。なんにもできない癖に」ふう……とスピネルが息をついた。「あなたもですわ? ウルツァイトと無駄に戦うなら、逃げればよかったのに。わたくしたちはどちらかと言えばあのマスコットに用があったのよ。一番はオブシディアンだったけど、問題が起っちゃってね……」
「オブシディアンだと……あいつになんの用だ……いや、どうしてオブシディアンがここにいるとわかった。ずっと追ってたのか」
「オブシディアンにはうんざりしてる……こっちもねえ。彼女って、ほら、とってもめんどくさいじゃない? 不言実行とでも言うつもりなのかしら。影のヒーローなんて今時流行らないでしょうにねえ?」
ダイヤモンドの体内をかき回していたスピネルの手が、体の中のあるものに触れて、動きを止めた。ぐいと掴み、外へ引っ張り出す。
それは小ぶりなダイヤの原石だった。ダイヤモンドのコア・ストーンだ。
「ダイヤモンド! ダイヤモンド! ダイヤモンドぉ!」
「あーもう、うるっさい」
スピネルがホワイトリリーを持ち上げ、地面に叩きつけた。ダイヤモンドの眼から急速に光が失われていく。体から命がなくなっていくのがわかる。
「まだ殺しはしないって。人質にはさせてもらうけどね。コア・ストーンを引っこ抜いたのは、まーあ? ちょっとした意趣返しってところかしらん?」スピネルが可愛らしくポーズを決めた。「あ、ちゃんとは見えてなかったんだっけ。まあいいや。ウルツァイト、バスをどかしなさい」
「わかった」
ウルツァイトがバスを引きずってどかす。スピネルが気絶しているダイヤモンドを見下ろす。ウルツァイトがスピネルを手探りで探し、コスチュームの裾を引っ張る。
「ねえねえ、ボク、頑張ったよね。頑張ったよね」
「もっちろん~、イイ子イイ子」
スピネルがウルツァイトの頭を撫でた。ウルツァイトが嬉しそうに目を細める。七つ七色の黒目がなければ、彼女は普通の魔法少女に見えた。
ひとしきりご褒美を与えると、スピネルはウルツァイトにダイヤモンドを担ぐよう命令した。勇んで仕事にかかるウルツァイト。スピネルはコア・ストーンを眺めつつ、姿を消す魔法を解いた。
「君は、ラブラドライトのところにいた……」
「あっ、憶えててくれたんですね~。うれしい~。そんなことどうだっていいんだよ。ホワイトリリー? これから、重要なことをお伝えしますわね?
ひとつ。ここに今からオブシディアンが来ますわ?
ふたつ。きたら伝えてちょうだいね? ダイヤモンドは預かったって。
みっつ。ここまで来たらもう簡単よ? K県K市のスタジアムの地下まで、一人で来なさい? そこで交換してあげる。
よっつ。それでは愛を込めて。アイ・ラビュ~」
そして湿気た顔で「じゃ、お願いね」と言い残し、建物を飛び越えて姿を消した。あとに残されたホワイトリリーは、呆然として、考え込んでいた。
――彼女たちは、なにもの? ラブラドライトとなにか関係がある? ラブラドライトと? ダイヤモンドは無事だろうか。コア・ストーンが抜き取られていた。こんなことになるなんて。
最後に考えた……というより、頭に残っていたのは、オブシディアンが来るということだった。オブシディアン。黒曜石の魔法少女。彼女もまたこの件に関わりがあるのだろうか。だから魔法少女をやめると言った? それって、どういうこと?
なにもわからなかった。ホワイトリリーは無力な自分に涙した。それこそが無力の証と知りながら、泣くことしかできない自分を呪った。
意外と短かった? 終盤突入です。