キュア・ダイヤモンドvsホーリー・ウルツァイト 2
スピネルは会敵したときのことを思い返す。
会敵したのは数分前だ。それより前にはスピネルもウルツァイトもここへ向かっている最中だった。ラブラドライトの“タワー”で、ホーリー・シリーズの魔法少女にとって邪魔になるであろう、キュア・オブシディアンが見つかったという報告を受けてからすぐその場所へと向かい、破片となった魔法使いを見つけた。
どうやらここで交戦していたらしい。スピネルはウルツァイトを説得して、変身を解いた状態で本屋に居座らせ、自分は情報収集に走った。オブシディアンは魔法使いと戦い、続いて別の魔法少女と交戦したという。誰だかは知らないが、ラブラドライトの区域に配属されたホーリー・シリーズの魔法少女かもしれない。
――ここにいない、なにも報告を受けていない、ということは、負けたんだろうな。負けた後はどこへ行ったのか……。
そこまでは誰も見ていなかったのか、屋根づたいに移動したところまでで、方向も定かではなかった。スピネルは疲労を感じた。
「チッ、これじゃ無駄足もいいとこだわ。ラブラドライトにまた嫌味いわれるかもしれない。ああ、最悪。わたくしはなにも悪くないと言うのにね。ほんとにね」
悪いのはオブシディアンを逃がしたウルツァイトで、引きこもってろくに協力しないアンバーだ。もっと言えば、キュア・シリーズの裏切り者のくせにプライド高く無駄に権力のあるラブラドライトが、こちらの自由にさせないことだ。
スピネルはいらついていた。普段そう言ったものを表には出さないが、このとき正面から彼女の顔を捉えてみれば、鷹揚そうな修道女の顔に、いくらかの瑕疵を見つけることができただろう。幸い、それを実践したものは一人もいなかったが。
スピネルはとにかくオブシディアンを見つけるために、また無駄足かもしれないが、おおよその方向に向かってみるか、時間だけ潰してラブラドライトのもとへ戻るかのどちらが賢い選択かを考えた。
思うにどっちもバカげているのだ……いずれにせよスピネルにとってそれがいい結果になるとは思えない。スピネルはどっちもごめんだった。無暗にオブシディアンを探して見つからないのも、ラブラドライトに見下されるのもだ。
「ああ、いや、違うな……。そうだった。ホワイトリリーのことを忘れてた」
無力な無力なホワイトリリー。
あの子もまた、アンバーのカイコガの知らせを受けて、ここへ来るだろう。
マスコットへの攻撃は禁止とされている――が――、ちょうどこの時、スピネルはラブラドライトに対するストレスが頂点に達していたため、むしろ逆らってやろうという気分になっていた。
会えばいい。ホワイトリリーに。あいつをおとりに使おう。オブシディアンを釣るんだ。
「あはは」
スピネルは愉快になって笑い声をあげた。
「あははははは!」
たまたま近くを通った主婦が、目を丸くしてスピネルを見る。その更に後ろにいた若者のグループが、スピネルに声をかけた。
「ねえねえ、それって、なんて魔法少女のコスチューム? すっげーイカすじゃん」
「なに系? 清楚系? なんて宝石のやつだよ」
誉めながらも男たちが自分の盛り上がった胸部に目をやっているのにスピネルは気付いている。
「オレ、けっこうマニアなんだよね。魔法少女。意外って言われるんだけどさ~、やっぱりこの国を守ってくれてるわけじゃん? リスペクトっていうの? あるんだよなあ」
スピネルはたおやか笑って見せたが、内心ではもっと残酷な笑みを浮かべていた。
「あらそうですか? 嬉しい。そんな風に褒めてくださるなんて。よかったわね。わたくし今、とても機嫌がいいの。まわりくどいことはやめて、わたくしと路地裏にしけこみませんこと?」
男たちが視線を見合わせる。
そしてスピネルを伴って、路地裏へ消える。
▽
スピネルが路地裏で男たちでお遊びに興じている間、ウルツァイトは本屋で絵本に釘付けになっていた。
狐の出てくる絵本だった。狐の子供が、ある寒い夜、お母さんにお金をもらって、ふもとの服屋でてぶくろを買うのだ。ウルツァイトは絵本を読み通したあと、狐の子が母親に甘えているシーンを、繰り返し繰り返し捲っては戻し、捲っては戻していた。
「てぶくろを……てぶくろを……」
ウルツァイトは自分の手を見た。小さく、不格好で、寒そうだった。ウルツァイトは絵本に視線を戻し、空想のなかで母親に甘える。その母親というのはなぜかスピネルで、ウルツァイトはスピネルのあたたかな体に身をうずめ、彼女の髪をスピネルの手が、やさしくなでるのだ。
ウルツァイトはそれだけで感動しかけていた。実際にそうされたことはなかったが、されるかもと期待したことはある。されない理由もわかっている。
先ほどスピネルは、ウルツァイトの髪を撫でるどころか、激しく叱責していた。ウルツァイトは自分の人形を抱きしめることも許されず正座させられて、オブシディアンを逃がしたせいで恥をかいた、なんてことをしたと言葉で嬲られていた。
「もういないんじゃないか? 戦ってたって言うしさ」
「そんなこと言って……もう少し話を訊いてみようよ」
外に二つの影があった。片方は背の高いハンチング帽を被った少女で、もう片方は白い球体に、蝙蝠の羽と悪魔のしっぽをくっつけた見た目だった。
ウルツァイトは絵本で顔を隠しつつ、その二人を目で追った。
――あれ、見たことある。
ウルツァイトは思った。
どこで見たのだろう? 彼女はない脳みそを絞り上げて、二人の身元を記憶の底から引っ張ってくる。すると少女の方は知らないが、あの白い丸いのは知ってる、ということに気が付く。スピネルがわたくしたちの区域にいる不届きものだと言って紹介してきたマスコットだ。
ウルツァイトは絵本を見て、手を見て、白い球体を見た。白い球体はふわふわと浮かんでいて、とても遅かった。それでウルツァイトは変身して、ホワイトリリーに飛び掛かったのだ。
飛び掛かったはいいものの、ガラスの存在を頭からすっぽりと落としていたウルツァイトは、ガラスに激突してぶち割り、その場で転倒することとなる。
「うえっ、ぺっ、ぺっ」
ウルツァイトが口のなかに入ったガラスを吐き出す。
「おまえ、ボクについてこい」
ホワイトリリーに向け背中にしょっていたモーニングスターを突き出す。
「じゃなきゃ潰してやる。ぷちっと」
「なんだこいつは……」
ダイヤモンドが呆気にとられて呟く。それでもガラスが破られた時点で変身を終えているのは流石だ。
そしてその瞬間には、スピネルも異常事態を悟っている。
スピネルは路地裏で男の腕を弄んでいる。男たちは叫んでいるが、路地の外まで声が届いていない。
「ああなんと憐れなかたたち! 助けを求めても魔法少女のひとりもあらわれないなんて!」
言いながらダイヤモンドと剣と、ウルツァイトのモーニングスターがぶつかり合う音を聴きとる。
「そ。お楽しみはここまでね」
スピネルが路地裏から姿を消す。