愛してるなんて言わないで 2
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ホワイトリリーが青いカイコガから報告を受けたのは、二時間ほど前のことだった。
彼女はダイヤモンドとともにルビーの家にいた。というより、ホワイトリリーがラブラドライトの下から帰って来てみると、ルビーの両親はでかけており、ルビー本人もまた学校に行っていたのだ……ダイヤモンドとホワイトリリーは二人きりだった。
そのダイヤモンドは、ルビーの家の居間でヨーグルトを食べている。ライトグリーンのノンスリーブに白の短パンと、かなりラフだ。まるで自分の家にいるときみたいにリラックスして、今はテレビの下の棚を漁って、どのDVDを見るかよく吟味している。こう見ると元気そうだが、体の状態をスキャンすると、魔力や気力は回復しているが、赤いしみはそのまま残っており、まだ万全とは、とてもじゃないが言えない状態である。
「大侵攻ね。またヤバいタイミングでいなくなったなあ、あいつ」
ラブラドライトとの会話をホワイトリリーからきいたダイヤモンドがそう感想を述べる。
ホワイトリリーもそこは同意した。大侵攻。それが魔法使いたちの第一次進行と同程度であれば、魔法少女にも少なくない犠牲が出るだろう。
「でもまあ、けっきょく“待ち”か。あーあ、つまんない。ゲーセンでも行こうかなあ。リリー、付き合ってよ。リリーがスキャニングすればクレーンゲームとか楽勝だし」
「ずるはダメだよ」
「使えるものを使ってるだけだって」
ダイヤモンドとホワイトリリーが談笑している。
二人は他愛もないことを話す。最近楽しみにしている映画や、音楽など。といっても、どちらも話しているのはほとんどダイヤモンドで、ホワイトリリーが相槌をうつだけなのだが。ホワイトリリーは人間の娯楽にはあまり明るくないのだ。
そこに異変が現れたのが、そのすぐあとのことだ。ついさっき、ほんの一秒前まで幼い子供のような無邪気さで笑っていたダイヤモンドが、すっと顔色を変えて、ソファから起き上がった。
「……なにか聞こえないか?」
「え?」
言われてみて、はじめて気づく。
こつん、こつんとどこからかなにかがぶつかる音が聞こえている。
「そっちの方からだ」
ダイヤモンドが立ち上がって窓へ近づく。
カーテンを開いた。
青い色のカイコガが窓に何度もぶつかってきていた。
「ありがとう。この体は小回りはきくんだが、いかんせん軽すぎて作業できないのが難点なんだ」
ダイヤモンドが部屋にいれてやると、カイコガがそう言った。
「ホワイトリリー。ちょっと早いがオブシディアンの居場所がわかった。場所はラブラドライトの区域の南東側だ。魔法使いと戦っていたらしい」
本当にすぐだった。ホワイトリリーがラブラドライトの下から戻ってきてから、まだ十五分も経っていないのだ。ラブラドライトにはそれほどの諜報能力が備わっているのだろうか。感心していると、カイコガが否定した。
「なにを考えているのかはわかるが、今回のはたまたまだ。いつもこうだと思われても困る」
そしてカイコガは、オブシディアンがラブラドライトのいる区域で魔法使いと戦闘しているところを多数に目撃されたと言った。ダイヤモンドが自分の呪いはどうかと訊くと、そっちはまだ出来ていないと返した。
「あいついなくなったと思ったら他人の区域で魔法使いと戦闘とか、なに考えてんだよ。意味わかんなすぎ」
ダイヤモンドがそう零す。ホワイトリリーは同意しつつも、違和感を覚える。
――あのオブシディアンが、そんなことするだろうか? めんどうごとが嫌いで自己中をやってるような性格なのに。わざわざ他人の区域で? そういう、なにかを連鎖的に引き起こすようなことはしないはずだ……そう簡単には。
ホワイトリリーはオブシディアンがまだ魔法少女をはじめたばかりの頃を思い出した。彼女はあのときから皮肉屋で自己中だったが、人が死ぬのをひどく怖がる性質で、ちょっとしたことでその優れた判断力を失いやすかった。先輩のプレーナイトとアメトリンの指導で、そういったことはなくなっていったけれど、ホワイトリリーはそれが少し残念だったことを憶えていた。
もちろん、できるだけ安全に魔法少女活動を行えるにこしたことはないが、あの頃のオブシディアンは、立派に魔法少女だったのだ。性格がどんなにわるくても、魔法少女に相応しい精神と、それに伴う行動があった。
――もしかすると、見逃せなかったのかもしれない。彼女、心配しいだし。
「ま、この情報を役立ててくれると嬉しい。こっちもいろいろやることがあるんで、ここらで失礼するよ」
カイコガはそう言い残し窓の外へ消えて行った。ダイヤモンドはその姿を見送ると、窓に鍵をかけてカーテンも戻した。
「アタシも行くよ」
ダイヤモンドが、ホワイトリリーに先手を打って言った。
「ダイヤモンド、気持ちは嬉しいけど、傷が……」
「呪いなら大丈夫だろ。別に戦いに行くわけじゃないんだから」
ダイヤモンドがにかっ、と笑った。
「で、でもこれいじょう迷惑をかけるわけにも」
「は~? なに言ってんだよ。今さらだろ。それにリリー一人で行ったらあいつに誤魔化されて訊きたいこと聞けないかもしれないじゃん。リリー、あいつに甘いんだもん」
ダイヤモンドはノンスリーブのうえにジャケットを羽織り、ショルダーバッグを持った。ハンチング帽を被れば、出かける用意は終了だ。
「ま、アタシも言いたいことはあるしさ。行こうよ。二人で。それでぶん殴ってでも連れて帰ってやろう。話はそれからだ」
ダイヤモンドの冗談はだいぶきつい。
けれど、今のホワイトリリーには来てくれるというダイヤモンドのその言葉が心強かった。
オブシディアンはとても手ごわい。それは、五年間一緒にいたホワイトリリーが一番知っていることだ。