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愛してるなんて言わないで 1

                 ▽


 オブシディアンは夢を見ていた。いい夢とは言えなかった。夢の中でオブシディアンは、延々と姿の見えない敵と戦い続けていた。というより、姿がない敵と言った方が正しいのかもしれない。

 敵は虫であり、人型であり、獣型であり、なんなのかよくわからない形の敵であることもあった。姿が目まぐるしく入れ替わり、自分を攻撃してくるのだ。足元には夥しい数の死体が転がっていた。戦った敵の死体が半々、オブシディアンの死体が半々、と言ったところか。


 その死体の山がどんどん増えていく。しかしある地点から、積み上がる死体は自分ばかりになり、山が先鋭化していくのだ。そしてそれが、地平線の向こうまでを埋めるほどの数の“魔法使い”を見下ろせるまでになると、自分は山のなかに落ち、それが白い空間まで続くのだ。


 最後の刹那、オブシディアンは思っている。


 自分はまだ戦っている最中なのだ、ということを。


 そして地面に落ちたオブシディアンは粉々に割れてしまう。


                 ▽


 だから白い部屋で目覚めたときは、驚いた。そこはあの巨大な“魔法使い”がいた部屋とは違う。その前の病院のような廊下とも、暗い部屋とも。あのような実験施設的な風貌なのではなく、単に白を基調としているだけのようだ。


「目覚めたか」


 ホーリー・アンバーが言った。オブシディアンは腕を前に出そうとして、それができないことに気が付いた。


「悪いけど縛らせてもらった。まあ変身してる状態だし、そこのそいつから魔力を奪った今なら千切るのはそう難しいことじゃないだろうけどね」


 アンバーが指したほうには、パーライトが簡素なマットレスのうえに仰向けに寝かせられていた。オブシディアンにぶち抜かれた胸はもう直っているらしい。コスチュームも元通りだ。


 オブシディアンはここで、なぜ自分は生きているのだろう、と考えた。ホーリー・アンバー。パーライトは確かにこの女をそう呼んでいた。ホーリー・シリーズの魔法少女で、であれば自分とは敵対している立場にあるはずだ。オブシディアンは確かに気絶した。一度に魔力を取り込みすぎたせいかもしれない。それか、別の理由か。


 オブシディアンには不気味だった。相手がなにを考えているのかわからないときが、一番警戒するときなのだ。ただの敵であればただ感覚を研ぎ澄まして戦う準備をすればいいが、アンバーは違う。なにかを話そうとしている。それが何故かはわからない。


「予想外だった。ここには誰も来ない予定だったんだ。ラブラドライトはボクに作業に集中できる環境を用意してたし、それにボクも満足してた。それを、あのバカが。なにを考えていたんだか。ラブラドライトに頼るわけにもいかない。スピネルとウルツァイトは頼ればなにをするかわかったもんじゃない。ボクとふたりでも君を倒すことはできると踏んだんだろうけどね」


「そうだ。ラブラドライトだ」オブシディアンがアンバーの様子を窺いつつ言う。拘束された腕を引っ張る。彼女が言っていた通り、それほど厳重ではない。「あいつはなにを考えてる? あの大きな魔法使いを使ってなにをするつもりだ?」


「魔法少女を信じているな、オブシディアン。お前は――ボクとは違う。ボクは魔法少女を信じていない。ボクが子供の頃の話だ。テレビにも現実にも魔法少女はいたが、ボクが見ていたのは、もっとずっと昔の、魔法少女が現実に現れる前のものばかりだった。ボクにはそれが嘘だとわかっていた。だからよかったんだ。嘘でなく現実であるならば、汚れている。魔法少女は汚れた存在だ。わかるだろ。だから嘘だからいいんだよ。嘘ならいくらだって美化できるから。信用できる嘘なら、信用できない現実よりマシだ。少なくともボクにはそうだった」


「いったいなんの話をしてる?」


 捲し立てるアンバーに問う。彼女は自分の前で、キャスターのついた椅子に座っている。そのうえでゆらゆらと体を揺らしている。

――混乱してきた。いったいなんなんだ。

 場の雰囲気に飲み込まれそうになるオブシディアンだったが、なんとか持ちこたえる。


「質問に答えろ。ラブラドライトはなにを考えてる。ホワイトリリーの名前が出たのは何故だ。あのこになにをするつもりだ」


 アンバーは質問に答える代わりに、椅子から立ち上がった。青い粉が床に零れ落ちる。


「そうだった。時間がないんだった。実はさっき――ラブラドライトに電話したんだ。お前の処遇について相談しようと思って――そしたらあいつ、なんて言ったと思う? “君に任せるよ”だそうだ。あいつ、本当に人を舐めてる。わかってるんだ。ボクが相談してきたということが、どんな意味を持っているのか。おかしな話だが、ボクは公平さについて考えたよ。ここを見られた以上、お前をここから出すのはダメだ。でも、お前をそのまま殺すのはどう考えたって公平じゃない」


 ホーリー・アンバーが強い光を放つ。光の後ろ、壁に彼女の影が浮き上がる。そこらじゅうを青い光を放つ粉が舞っている。すぐ近くで見てようやくわかった。これは鱗粉だ。


――こいつはどれぐらい強い。こいつはどんな魔法を使う。こいつはどんな戦い方だ。こいつはわたしを殺すつもりがあるのか?


 オブシディアンは拘束を千切りとり、腕を前に回した。立ち上がり、黒曜石を周りに浮かせた。


「考える必要はないな」

 オブシディアンはそう独り言ちた。


                   ▽


 ホワイトリリーが青いカイコガから報告を受けたのは、二時間ほど前のことだった。


長い長いオブシディアンパートも一旦終わりです。次はホワイトリリーたちのお話し

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