君、死に給うことなかれ 4
「ちょっと前のことだよ。前というか、アンホーリー・トライフェルトの野郎が現れたときのことだ。お前も知ってるかな、あいつがK県K市の駅に突然現れてその場にいるやつらを殺して建物を破壊して、わたしたちはあいつを倒しに行ったけど、無理だった。というより、こっちが倒されたんだ。わたしのスライサーも通用しなかったし、ダイヤモンドの剣も、ルビーの指輪も意味がなかった。わたしたちが戦って、あいつが意味もなく撤退して――意味もなくっていうのは、文字通り、わたしたちをぼろぼろにしたら帰るんだ、あいつ。今回はこれぐらいにしといてやるとか言ってな。最初はラブラドライト辺りが救援に来るのを恐れてるんだと思ってたけど、今考えると全然違うな。遊んでただけだよな。それで、わたしが知らない間にダイヤモンドとルビーの二人でも戦って複合技をしたけど倒せなかった。お前とかホワイトリリーとかダイヤモンドとかルビーとか、あと色んなやつらとか、多分知らないと思うんだけど、わたしも他の二人になんにも言わないでトライフェルトと戦ったんだ。言ってなかったけど、二人が戦ったあとにトライフェルトはもっと強くなったお前たちと戦いたいとか宣って、出ては来るけど破壊活動はしないなんていうよくわかんない状況になったことがあったんだ。その間の話だよ。え? ああ。わたしのほうから出向いたんだ。そりゃそうでしょ。じゃなきゃ戦わないって。え、なんで? それはまあ、色々だ。あとであいつを倒したのとは違う理由だな。恐らく。まあそのときの動機なんてものはどうでもよくて、あいつに戦いを挑んだはいいけど、その時はどうしようもなかった。ただ殺されない試算はあったから、なんとかアーマメントを試せないかと思った。前のときは遠距離攻撃で徹底して潰されたからな。それでさっきお前にも使ったあれを思いついたんだ。曲芸みたいなものだけどな。二度目も通じるかは微妙なとこさな。でもそれをぶつける方法が一個減るよりアーマメントが効くか試せるほうが重要だと思ったんだよ。なんにせよあれが効くなら勝算があるってことだからな。結果どうなったか? 効いたよ。効いた。効いたんだって。あいつの胸に亀裂を入れることに成功した。……どういうわけだか、こっちにつけた傷より大分小さいようにも見えたけど、効いた。それでキレたあいつにわたしはもっとボロクソにやられて、それで殺されそうっていうところまで行ったけど、あいつはやらなかった。試算だよ。もっと強くなったわたしたちと、って宣言したからにはやらないと思ったんだ。わたしが言うまであいつ、それ忘れてたくさかったけどね。それであいつは代わりに特大の爆弾を落として行ったってわけ。あいつの能力。感応能力だよ。他にもあったけど、情報を載せた念波を流せるんだ――それをやられた。その情報っていうのが、さっき言ったことだ。魔法少女は“魔法使い”と同じとこが作ってる。クソだと思ったね。わたしたちはじゃあ一体何なんだよっていう。ここはなんなんだ? 実験場かなにかか? とにかく、それで全部やになったんだ。それで全部、投げ出したくなったんだ。それがわたしの知ってることだ」
「……ほんとにそれだけですか?」
じっと話を訊いていたパーライトが問う。
熱を込めて喋っていたオブシディアンは、レースを外してパーライトに素顔を露出した。ホワイトリリー以外には誰も見たことがない。オブシディアンは興奮した様子で、それを冷ますためにレースを外したのだが、パーライトの驚いた顔を見てしまったと思った。オブシディアンは緑がかった瞳を持つ、金髪の少女だった。やや釣り目で、鼻が高くて、頬筋が奇麗で、痩せた洋人形のようだった。
「外国人なんですか?」
「どうでもいい」
オブシディアンは何故か恥ずかしそうに言った。パーライトに背を向けてレースを付けなおした。
「おまえ、小物すぎて同じコア・ストーンなのやだなって思ってたけど。けっこう鋭いな」
「いや、誰でもわかると思いますけどね」パーライトが言う。「言いたくないなら別にいいですよ。訊きませんし」
「じゃあ、わたしの考えはあってるんだな。お前たちは元々魔法少女のことを知ってるんだな」
「ええ。知ってますよ。それぐらいのことは。じゃあなんで魔法少女やってるんだって思います? そもそも、魔法少女ってなんですか? 馬鹿馬鹿しいと思いませんか? わたしはね、オブシディアン。魔法少女やってるなんて思って魔法少女やってませんよ。つまり人助けとか敵と戦うとか、そういう使命感じゃなくて、ビジネスモデルとしてやってるってことです」
「お前の魔法少女観なんてどうでもいい。そんなのクソニヒリスト気取りのたわごとぐらいにしか思わない。問題は――」
――問題は、これからどうしようか、ってところだな。
オブシディアンはパーライトと会話を続けて、いくつかの情報を訊きだした。スピネルとウルツァイトはK県K市の魔法少女になるべく現れたこと。オブシディアンが狙われているのは、オブシディアンの思っている理由とは違っていること。
「それはどういう意味だ?」
「そのままです。さっきぽろっと言っちゃいましたけど、あなたが狙われてるのはあなたが知ってることが原因じゃありません。アーマメントですよ。あれを使われたくないんです。さっき自分でも言ってたじゃないですか。アンホーリー・トライフェルトにも通じたって。それだけ危険なんですよ。その魔法は」
そういえばそんなことも言っていたかもしれない。オブシディアンはパーライトとの会話を思い返す。どうだっただろうか――いや、それよりも。オブシディアンは考える。アーマメントを使われたくないということは、裏を返せばアーマメントで解決しなければならない状況がこのあとやってくるかもしれないということだ。それはいったいどんな状況だろう?
「トライフェルト級の敵がこの先出てくる……? スピネルとウルツァイトはなにを企んでる? いや、企んでるのは誰だ? ラブラドライトも一枚噛んでるんだよな」
パーライトはぺらぺらと喋った。九官鳥のように訊かれればなんでも。オブシディアンを恐れているのか、それとも本人が言っていたよりも本当は魔法少女としての活動を重要視しているのか、単に後悔があるからか。オブシディアンは意識して冷たくあたった。
「彼女たちの“計画”についてはわたしも知りませんよ。わたしは彼女たちとは違うところの魔法少女ですからね」
そしてパーライトは、自分について来てほしい、と言った。見せたいものがある、スピネルやラブラドライトの計画に関わることだと思うから、と付け加えて。
彼女たちは変身を解いたまま、電車に乗ってラブラドライトの区域の中心である、T都S区まで移動した。パーライトとは随分打ち解けたが、まだ信用したわけじゃない。オブシディアンはパーライトの杖の先についている泡を拾った新聞紙でつつみ、あたかもラクロスのラケットでも持っているかのような風情で電車に乗り込んだ。文学少女とゴスロリの組み合わせは遠目でも奇妙だが、忙しい人たちばかりのS区ではさして注目を集めず、それよりも同じ車両にいた露出の多い魔法少女コーデの女性に視線が集まっていた。
「ああいうのどう思ってるんです?」
「訊くな。もう。そういうことは」
S区は巨大な街だ。ラブラドライトのタワーがあるところもSの頭文字だが、こちらは都庁があるためか、あちらのSよりもアングラな雰囲気が少ない。駅の外に出ると、遠くの方に巨大な隔壁があり、その向こうには開きっぱなしになっている“異界の門”がある。その向こうには数千の“魔法使い”がひしめいている。第一次魔法使い侵攻の名残りで、何故かゲートキーパーも門の向こう側にある門のもととなったものも見つけられず、仕方がないので何十年も前の初動期の魔法少女たちが協力し合って門からでてくる魔法使いを休まずに潰し続け、その間に政府が戦いの苦手な魔法少女たちとともに作り上げたものだ。後半はほぼ作業だったというが一年近く戦い続けたため、隔壁ができたあとは引退した魔法少女が多くでたという。隔壁はドーム状であり、今も外側から攻撃を加えて定期的に“魔法使い”を殺しているが、門を閉じる目途は立っていないらしい。隔壁から数百mは無人地帯で魔法少女が持ち回りで駐留しているし、ほど近いところにタワーもあるのだが、実際に隔壁が壊されることがあれば、相当な惨事が引き起こされることになるだろう。
S区の駅から外に出るのかと思えば、パーライトは違うと言った。二人の乗ってきた電車よりずっと地下にある路線を通じて、さらに地下へ行くと言った。
パーライトは関係者用の通路に入り、階段を降りて行った。コンクリートでできた無骨な階段で、上を通る金属に包まれた配線が生き物のようだった。冷房のきいていたS区の駅と比べると、ここは暑かった。
二人のいるところは、地下三五mの路線駅からさらに下った駅の裏側で、深度は五〇mにも達していた。駅内部から直接通じていた階段を降りると、今度は薄暗い病院の廊下のようなところに行きつき、明らかに関係者とわかる白衣の男とすれ違ったが、ちらりと見られただけでなにも言われなかった。
――魔法少女関係の施設なのは間違いなさそうだ。
「まだ降りますよ」
パーライトが言った。二人は関係者以外立ち入り禁止のエリアから更に上級職員専用と書かれた扉を通り、大きなガラスのつけられた部屋に出た。なにかを観察する部屋のようだ。一体何を?
ガラスの前には、誰もいなかった。照明は最低限で、足もとも見づらかったが、ガラス戸の向こうに巨大な空間と、その空間を埋めるなにかがあった。
「元は雨水を貯めるための放水路だったらしいですよ。今は違うことに使ってるみたいですけど」
パーライトがガラスの手前についていた機材を、あーでもないこーでもないと弄っている。明かりをつけたいようだが、数が多いせいか目当ての照明に明かりをつけられないでいるようだ。
パーライトは機材の側面に引っかけてあったマニュアルを手に取り、それに目を通し始めた。その間にオブシディアンはレースをたくし上げてガラス戸の向こうに目を凝らし、いったいなにがこの空間を埋めているのか確かめようとしていた。
魔法少女になれば簡単だが、まだ魔力と気力の回復に不安があり、変身はしなかった。
オブシディアンはおでこをくっつける勢いでガラスに近づいた。
そして、絶句した。
空間を埋めていたのは、巨大な生物だ。いや、生物という形容は正しくない。あれは、あれは――。
「あれは“魔法使い”だ」
今日は少し長めでした。感想、評価いただけると幸いです。