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君、死に給うことなかれ 2


 見ると、オブシディアンの腕にラグビーボール大の気泡がくっついている。

 それがオブシディアンの体全体を上に引っ張っているのだ。


「取れませんよ」


 パーライトが言う。


「これがわたしの専用装備です。あ、さっきパーライトが宝石じゃないって言ってたじゃないですか。あれ正解です。わたしの名前はホーリー・オブシディアン。あなたと同じ種別のコア・ストーンを使ってます」


 右腕はもう挙手の姿勢にまで上昇していた。それどころか足を踏ん張っていないと今にも浮き上がってしまいそうだ。


 パーライトは杖で再びオブシディアンを突いた。今度こそ、胴体を突いて抵抗できないようにするつもりだ。オブシディアンが背後にステップする。が、着地しようとしても、できない。浮き上がってしまったのだ。


 パーライトが嘲り笑いをした。「ほらほら、さっさと腕を切り落としたらどうですか。空中じゃ避けようがないでしょ」


――こっちは消耗してると言うのに。


 オブシディアンは思う。彼女はすでに必殺技や黒曜石の操作に気力を使ったせいで、疲れている。

 そのうえ魔法少女まで相手にする余裕があるだろうか――しかし、それを検討している余裕こそ、存在していない。オブシディアンは、なおも杖を接触させようとしてくるパーライトに向け、“魔法使い”にやったのと同様に、黒曜石を動かす。


「今さらガラスなんかぶつけられても傷一つ負いませんよ」


 パーライトが言う。


 それはわかっている。


 オブシディアンの、ひいては魔法少女の持つ心象世界から取り出した宝石は、現実の硬度と同じだ。ダイヤモンドやルビーならともかく、黒曜石をいくらぶつけても、魔法少女には通用しない。


 頭の悪い“魔法使い”なら工夫すれば体勢を崩すのも難しくはないが、それがわかっている魔法少女にとってみれば、ただの派手な目くらましにしかならない。


 しかしオブシディアンはそれでも構わなかった。


 パーライトは気にしていなかったが、その動かし方は“魔法使い”に放ったそれとはすこし違っていた。


 水平に単純に放ち、体にぶつけていた先ほどとは違う。自由な左腕を回して、竜巻上に黒曜石を集め、ぶつけているのだ。パーライトの視界は完全に埋まっている。それが意図的だということに気づかないのは、獣的な魔法使いと違ってパーライトは人間であるがゆえに、顔の側へ飛んでくる黒曜石から、反射的に頭を下げてしまっているためだった。


「しつこいなあ。そんなの足止めにもならないって言ってるのに」


 パーライトが黒曜石の竜巻のなかをやすやすと進んでいく。

 竜巻の隙間から、浮かんでいるオブシディアンが、固められた右腕のつけねを強く握っているのが見える。どうやら右腕の切断する気でいるようだ。

――いいぞ。


 パーライトはことが自分の思い通りに運びそうなのを感じて、ほくそ笑んだ。


 ここで仕留められれば、ラブラドライトに大きな顔をできるに違いない。

 オブシディアンが黒曜石の爪を利用して、右腕を引きちぎった。血と肉のかわりに、黒曜石に似た破片が飛び散った。


「そうそう、それでいいんですよ! 片腕になれば落ちてこれますからね! でも片腕じゃわたしに……」


 パーライトが口をつぐむ。軽い金属音が足元で鳴った。


 彼女の専用装備が、右腕とともに落下した音だった。


 オブシディアン・リアクティブ・アーマメント。オブシディアンの特殊技能。自分の傷を相手にも負わせるという、厄介な技だ。パーライトももちろん存在は知っている。しかし、この状況で使えるものではないと考えていた。


「うわ」パーライトが動揺を声で示してしまう。「うわうわうわ。うわうわうわうわうわうわ」地面に尻もちをつきそうになる。壁に手をついて体を支える。


 オブシディアンは地面に着地した。上空には、泡のついた彼女のうでが浮遊している。


「そ、それ」パーライトが言う。「遠隔でも使えたんですか」


「遠隔じゃない。その黒曜石はわたしの心象世界から出した。わたしの一部なんだ。アーマメントの発動条件は満たしているんだよ」


 パーライトがなんとかパニックを抑えながらも、余裕を装って宣う。

 半面、オブシディアンは本当に余裕そうだ。パーライトは足元の武器を拾いたかったが、その動作を見せれば、オブシディアンがそれを許すはずのないことはわかっていた。


「勝ったつもりですか。片腕をなくしたのはわたしだけじゃない。あんたのほうもだ。それにこっちには武器があるけど、そっちにはない。片腕同士なら条件は一緒でしょう」


 パーライトは拳を前に出した。臨戦態勢だ。オブシディアンと殴り合いをするつもりでいるらしい。


 オブシディアンがそれに応えて、拳を固めた。


 両者、固まったまま動かない。相手の攻撃を待っているのだ。


 先に動いたのは、パーライトのほうだった。彼女はオブシディアンの額に、脂汗が浮いているのに気づいたのだ。“魔法使い”と自分との連戦で、疲れが出ているのは明らかなことだ。


 左手を振りかぶって殴りかかる。人を殴り慣れているというわけではないのか、不器用な腕の振り方だ。


 オブシディアンは体を斜めにして避け、通り過ぎざまに頬へ左フックを放った。存外重い音がしてパーライトが倒れる。パーライトはすぐ立ち上がったが、恥ずかしさと憤りと痣で顔が真っ赤になっている。再度殴りかかるが、今度は手で払われ、蹴り倒された。


「うべっ」


 顔を地面へしたたかに打ち付けたパーライトが間抜けな声を上げる。


「どうした? 早く立て」


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