従業員は、隠さない。(1)
話は少しさかのぼる。
「どうするか、決めたわ。」
そう言った花に、ゴーシュは興味津々の視線を向けた。
答えを待っている彼の目を見て、花はゆっくり告げた。
「あなたを、退屈から救ってあげる。」
「・・救う?」
ゴーシュが不思議そうに返す。
怖い。だが、失う前にできる最後の悪あがきだ。賭けには勝たなければいけない。
花は不敵な笑みを浮かべた。
(余裕があるように見えていればいい。)
「ええ。私が、あなたを退屈から救い出してあげる。」
フッとゴーシュは小さく笑い、冷たい目を花に向けた。
「回りくどい言い方をするね。つまり、魔王になる運命を受け入れるってことでいいのかな?」
それを望んできたはずなのに、どこか不満そうな言い方。やっぱりな、と花は腑に落ちる。
ゴーシュは、魔王にも、人間を滅ぼすことにも執着していない。
本人も、そのことに気づいていないようだが。
ここからが、勝負だ。
「いいえ。私は魔王にはならないわ。ポチとジュエルを消すこともしないし、だからといって自分が生命力をとられて死ぬのを黙って待つつもりもない。だから、ゴーシュ。私と取り引きをしましょう。」
「へえ・・。」
ゴーシュの目の奥が光ったように見えた。
花が提示したい第4の可能性。つまらない、とゴーシュが思えばそこで終わる。
「神様は、私に二つの選択肢を出したわ。」
一つは、聖女として、魔物を浄化し、神様の迷いを力ずくで消すこと。もう一つは、この世界自体を消して、もとの世界に帰ること。
花は、聖女になることを選んだが、神様の迷いは残していいと言った。魔物を消す必要はないと思ったから。
でも。
「考えてみると、神様の選択肢は、完全に100か0か、だった。人間たちを生かすか、世界を消すか。ある意味残酷だわ。神様は完全に人間の側にたって私に選択を迫った。」
どちらを選択していても、魔物たちは消される運命だった。自我を持つ前に、恐怖を与え、聖女を呼び出させるための道具。
「あなたの言う魔王は、それとは違う。あなたは人間を滅ぼすと言った。でも、出来上がったものを一旦壊して作り直すのだと言った。つまり、滅ぼす、は殲滅、ではない。」
壊すのは文明であって、人間は残りまた再生することを許される。
戦いの多くはなにかを守るためのものだ。
人間のために魔物と戦い、浄化する聖女。
魔物のために人間と戦い、滅ぼす魔王。
だが、消え去る魔物と違い、人間たちに用意されるのは、破壊からの再生だ。ゴーシュは、人間そのものを消したいわけではない。ならば。
「あなたは、変化を望んでいるのでしょう?発展して、変化がゆるやかになり、澱んでいく人間たちよりも、一から文明を築き上げていくところが見たい。そうなんじゃないかしら。」
それは、人間への悪意ではない。むしろ、慈しみの心さえ感じられる。だが、そのために魔物を道具にすることには変わりない。ゴーシュもまた、神様の一部なのだ。だから、そこに非情になれる。
「なるほど。僕を理解しようとしてくれたんだね。・・だけど、僕は理解されたい訳じゃない。君の言うことが正しかったとしても、魔王を求めることは変わらないだろ?」
ゴーシュの冷めた目は変わらない。怒りや悲しみといった感情もない。
「あなたたちは、誰かを通してしか、大きく人間には関われない。でも、人間たちを観察することは、嫌いじゃない。だから見守ったり、力を与えたりしながら世界に変化をもたらそうとする。聖女も魔王も、そういう意味では同じ役割よね?」
「そろそろ、おしゃべりに飽きてきた。どうするのかはっきり言えよ。」
ゴーシュの口調が変わる。花は両手を強く握りしめて、ゴーシュを見る目を強くした。
「人間は、滅ぼすものではなく、育てるものよ。人間は、変わるわ。滅ぼして0からまた始めたら、見たことのない成長をあなたは、見逃す。そんな損はしたくないでしょう?嘘だと思うなら、私があなたにその可能性を見せる。」
「・・だから、自分はなにも失いたくないっていうこと?」
花は自信たっぷりに見えることを祈りながらにっこり笑う。
「ええ。ポチとジュエルも、聖女であることも、旅行の事業も、そして、無限の魔力も、譲れないわ。」
ゴーシュの笑い声が響いた。
「今回の魔王候補は、欲深くて変わっている。きっとどれを選んでも、花はつまらない人間になるんだろうね。」
「無限の魔力にはこだわらないけれど、死にたくはないわ。」
・・なるほど、と小さく呟いたゴーシュは、何かを考え始めたようだった。
「可能性を見せるって、どうする気?」
尋ねられて、花はキタ!と思った。
「次世代を作る皇太子の性根を、あなたの目の前で叩き直します。」
選択は、一旦保留になった。




