聖女は、迫られる。(1)
「えっと。言っている意味がよく分からないんだけど。」
花はとにかく混乱していた。
暗殺、魔王、という言葉を反芻して、それでも自分が何を言われたのか理解できない。そして、ゴーシュが何者なのかも。
ゴーシュは笑っている。こんな話をしているのに、その笑顔に影はなく、花は初めてゴーシュが怖いと思った。
「だいたい、最初から計算外だったんだ。君は僕と、この世界を恐怖に陥れるはずだったのに。そのためにあげた無限の魔力を、こんな風に宝の持ち腐れにしてしまうなんて。」
ゴーシュは、饒舌に話し始める。花の理解を待つことなく。
「僕にも責任はある。投獄されたとき、すぐに助けにいけば良かったんだ。絶望がより深まるまで待とうとしたんだ。まさか、神官をパートナーに脱獄するなんて考えもしなかった。姫は助けを待つものだろう?あっけにとられてしまったよ。びっくりしすぎて、観察者に回ってしまった。」
「ちょっと待って。あなた、一体どこから・・?」
どこから花に関わっているのだ。最近出会ったとばかり思っていたのに。
ゴーシュは考える仕草をしてから、また笑顔になった。
「いいよ。僕を驚かせてくれたお礼に、歴代の魔王たちにも話したことのない世界の仕組みを教えてあげよう。」
ゴーシュが語る物語は、思っていたよりも花に残酷な現実を突きつけることになった。
魔物は神様の迷いが生む。
発展した人間の身勝手さに、滅ぼすべきか迷う時、それが世界の淀みとなって魔物が生まれる。
それに対抗するために、聖女が召還される。
聖女は世界を滅ぼす道は選ばず、魔物を浄化する力を得て世界は平和を取り戻す。
神様は、人間を滅ぼす決断はできない。だから、選択を委ねた聖女と話すことで迷いをおさめ、先延ばしにするのだ。
神官は、誰でも召還できるわけではない。
まずは、潜在的に魔力を持ち、この世界に適応できる者。
そして、自分の道を定め、前に進む強さを持つ者。
この世界と利害関係のない、異世界で、この条件を満たす聖女候補を神官はみつける。
そこまでは、正確ではなくとも、花はだいたい了解している。
そうやって召還され、他でもない花自身が神様と謁見したのだ。
しかし、この話には続きがある、とゴーシュは言った。
「定期的・・といっても、一番最近は伝説になるくらい前だ。神様は聖女に、世界を滅ぼすか、魔物を浄化してこの世界の人間たちを見守るか、二択を迫る。でも、もうひとつあるんだ。その選択を神様はできない。だから、僕が作られた。」
人間たちを愛しているから。でも、それが間違いかもしれないから。
ゴーシュは、自分の意思で人間たちを滅ぼす。その手段が『魔王』だ。
聖女には示されない選択肢。世界は残す。魔物が人間を滅ぼして。
「神様が不安定になり、迷いが生じると、異世界から召還される者がいる。本当に人間たちがどうしようもないときには、稀に、この世界に憎悪の感情を抱く者がでてくるんだ。それが、魔王候補だ。」
召還されたがわは悪くない。国の中枢にクズみたいなやつがいただけだ、とゴーシュは冷たく笑う。
花は、頭がまだ追い付かない。
「まだ気づかないの?花。召還された人物で、この世界の人間に憎悪の感情を抱いた人物。君の事だ。君が、魔王による人類滅亡のルートを解放したんだ。」
「私が、魔王??」
でも、花は、聖女教育を進め、神様と謁見した。一旦魔王のルートに進みながら、聖女のルートも歩んだ存在。
「それはそれで面白いんだけど、このままっていうのは悔しいんだよ。世界も君のせいで、魔物が共に生きるという、実に中途半端な状態だ。何よりも、僕がせっかく無限の魔力を与えたんだから、花はどんどん魔物と契約して、魔王になるべきなんだよ。」
混乱した頭で花が理解できたのは、無限魔力を初め、聖女としては規格外だと言われた力の多くは、おそらく魔王ルートに進むためにゴーシュから与えられたものだったということ。
そして、ゴーシュは花を魔王にしたがっているということ。
あとは、なんだか形容しがたい感情が、胸のなかを渦巻いているということだった。
感情は明らかな怒りだ。だが、何に対してなのか、説明がつかない。
「君も見たとおり、あんなのが皇太子なんだ。次世代にも期待なんかできない。それより、一回滅ぼして、新しい歴史を作り始めた方がいい。花もそう思わない?人間たちの魔物への認識なんて、駆逐か、利用かくらいのものだよ。共にあることなんか出来るわけがない。」
「・・・・でよ。」
楽しげに話していたゴーシュは、花の言葉を聞き逃した。
「ん?なんだい?花。」
「ふざけないでよって言ったのよ。」
花の目には、暗い光が宿っていた。
ゴーシュが求める魔王の瞳。でもその視線に射ぬかれているのは、他でもないゴーシュ、だった。




