聖女は、甘える。
小さな集落で、宿に泊まり、次の日にはゴーシュと合流する予定になっている。
花は、ミリエルと同じ部屋で、真ん中に衝立。
ミリエルとは、まあ、恋人だし、予算と、一応女性一人にならないように考えての部屋割りだ。
レオンとオリバーも同室だが、あちらは問題なさそうだった。
「びっくりしました。」
部屋に入ると、ミリエルが言う。もちろん、ジュエルの歌の事だ。
「実は、私も驚いたの。」
花は素直にやりとりを報告する。
結局、ジュエルが秘密と言う以上、それ以上の情報は得られない。振り向いたときに見えた金色については、確証がないので、なんとなく言いそびれてしまった。
ただ、教えていないはずの歌を、あんなに正確に、しかも歌詞のアレンジを加えて披露できるなんて、不思議すぎる。
「悪意は全くないんだけど、ちょっと心臓に悪いわ・・。」
二人の暫定的な結論は、花と契約でつながっているため、聞くことができたのかな?というくらいで、それ以外に考えは浮かばなかった。
「・・花。」
ミリエルは少し言葉を選びながら、切り出す。
「あの歌の歌詞、花は前向きに頑張るって言っていたけど、僕には故郷への思いを振り切って、無理やり強くあろうとするような感じがしました。」
ジュエルが、歌った歌詞は、花が歌ってみせた一番に忠実に訳されていたらしく、ミリエルが言うことは間違っていない。
でも、それは花の意図ではない。
「あのね、ミリエル。あの時たまたま思い出しただけで、深い意味は・・。」
「分かってはいます。歌詞の意味を詳しく言わなかったのは、僕たちが気にするんじゃないかと思ったからなんだろうなって。」
でも、花の前向きさに、忘れていたことを、思い出したとたんに考えてしまう。聞くことに意味はないと思っていても、聞かずにはいられなくなる。
「花は、帰りたいですか?」
前の世界、花の世界。
一緒にいたいと望めば望むほど、その望みの独りよがりさにはっとする。何も知らなかった花を、無理やり召還し、ひどい状況に追い込んだのは、ほかならぬミリエル自身なのだから。
花は、静かな気持ちで言葉を選ぶ。
「帰りたくないって言ったら嘘になる。」
家族の事を思い、切なくなることはある。一年もたったのだ。心配させている。そして、再び会えることはない。
「でも、今回みたいな感じで、一泊二日とかでいいから、という感じかな。元気にしてるって、心配しないでって伝えたいなとは思う。」
でも、花はこの世界で生きると決めたのだ。居場所もある。大切な人もいる。それらを全てすてて、という意味なら、答えは否だ。
「わがままだとは思うけど、僕は、花を返したくありません。いつまでも花と生きたい。どこにも行かないでほしいです。」
そう言うミリエルの目は、花をまっすぐ見つめているが、不安に揺れている。
ミリエルが望む答えを一瞬探して、でも、花は思い直してミリエルに近づき、肩に頭を預ける。
「永遠に約束されたものなんて、何一つないわ。明日がいつも通りくるなんて、思ってはいけないの。だから、どこにも行かないなんて、簡単に言えない。」
召還されて別の世界に行くことだってあるのだから。たとえミリエルがそれを求めていても、花には永遠の約束はできない。
「でもね。今、私のそばにミリエルがいて、そのことがかけがえのない幸せだということははっきり言える。私はそんな今を刻み付けて、重ねていきたい。」
そうだ。言葉にして初めて分かる。
ずっと一緒にと望んでも、叶わないことはあり得る。でも、限りがあると知っているから、今を後悔したくないと思うのだ。
ミリエルを見上げると、うるんだ瞳と目が合う。
ミリエルの腕が恐る恐るのびて、花を包む。
「やっぱり花には敵わない。」
ミリエルの腕のなかで、花は目を閉じる。
今のこのぬくもりを忘れないように。
そばにいられる今を刻み付けられるように。
ミリエルの心音は穏やかで、とくん、とくん、と規則正しい。
そんなことも残らず記憶しておきたくて、花はミリエルの胸にぎゅっと耳を押し付ける。
カントリーロードには続きがある。
花にはこの世界でやりたいことがあるのだ。
今は、ミリエルだけを感じていよう。
最近やっと自然になってきた、この距離を愛しく思いながら、夜は深くなっていった。




