聖女は、歌う。
「東は、私の故郷だよ。」
エリザさんは、『閉店』をドアにかけて、二人に紅茶をすすめながら言った。
ゴーシュは一通り口説き終えて満足したのか、割とすんなり帰った。ライラスは、何やら奥で、エリザさんと話したあと、落ち着いて明日の仕込みを始めたらしい。最近の料理は、ライラスが担当するところが増えたそうだ。意外と努力家だな、と花はひそかに感心する。
「東の領地は、演奏や踊りが盛んなのですか?」
ミリエルが聞くと、エリザさんは頷く。
「これといって、産業の目玉のないところでね。芸を身に付けて出稼ぎに行くほうが手っ取り早く生活が潤うんだよ。楽器ひきや踊り子だけじゃなく、曲芸師や絵描きもいる。」
いつしか、東で芸を学ぶことがステータスになるようにもなったそうだ。
「楽しそう・・。」
思わず呟いた花に、エリザさんは苦笑いする。
「いいことばかりでもないさ。身一つで稼ぐんだ。特に女は見た目も磨くし、客が気に入るように扇情的な衣装も着る。見せる相手は、生活にゆとりのある階級が多くなる。まあ、いろいろと、ね。」
エリザさんがたどった人生を想像して、迂闊な言葉だったかもしれない、と花は少し落ち込む。エリザさんもまた、踊り子の傍らで女を武器に情報屋をしていた。それが幸せだったか否か。聞いては失礼な気がして踏み込めない。それ自体が、芸を生業にする難しさを物語るだろう。
「で?何が聞きたいんだい?」
エリザさんが優しく笑う。花の考えていることなんて、お見通しなのだ。
エリザさんは、花が聖女であることを知っている。もともと勘が鋭いし、ライラスも初期から知っているため、明かしてある。
旅行代理店のことも知っているため、話は早い。
花は、今回の依頼について、名前は明かさすに、できるだけ丁寧に説明した。その上で、東の音楽について尋ねた。
あの若い騎士、オリバーが求めている音楽が、一体どんなものを指すのか。エリザさんの意見を聞きたかったのだ。
「そうだねえ。」
エリザさんは、少し考えて、口を開いた。
「今の王様は、実は音楽がお好きでね。」
今の王様と言われ、若干頼りないセリウス王が浮かぶ。
「皇太子の時は、王宮に、踊り子と楽団が呼ばれたりもしたんだよ。でもね。」
即位してからは、そういった娯楽を一切やめ、倹約家になったのだという。頼りなさげに見えて、真面目な一面に感心しかけたとき、
「僕は、王妃様が止めさせた、という話を聞きましたけど。」
思わぬ所からの新情報で、ミリエルを見る。彼は意外と情報通なところがある。
「王妃様は音楽が嫌いってこと?」
「というか・・。」
ミリエルはちらりとエリザを伺ってから続ける。
「踊り子さんに嫉妬してしまったのだとか。」
なるほど。そんな事情もあるのか。
エリザさんは、笑顔を崩さない。
(まさかね。)
深入りは禁物だが、王宮に行く時は、気合いも入るだろうし、エリザさんも、さぞかし魅力的だったに違いない。
「まあ、だから、もしかしたらそれくらいの時期に見聞きしたことがあるのかもしれないね。」
エリザさんの話を聞きながら、花は疑問に思っていたことを口に出す。
「音楽を意識しはじめて気づいたんですけど、王都では楽器も歌声も見聞きしません。なぜなのかしら。」
エリザさんは苦笑いした。
「王様が捨てたものだからね。自然と控えるようになったのさ。娯楽だからね。でも、貴族の屋敷なんかでは今も稼いでいる楽士や踊り子はいるよ。密やかにね。」
なるほど、と花は思う。意識して初めて、音楽が無いことに違和感をもった自分も不思議だ。前の世界ではカラオケだってよく行ったのに。
「でも、楽士や踊り子のきらびやかさじゃなく、『音楽』に魅せられるってのが面白いねえ。なんだか、プロとしては、ちょっと嬉しいよ。」
エリザさんは言う。
現役時代を知らないが、口調のややぶっきらぼうな感じとは対照的に、エリザさんの料理や、店の管理はきめこまやかで繊細だ。きっと踊り子としても、技術に裏打ちされた美しさだったのだろうな、と花は思う。
「花の世界でも、音楽は盛んでしたか?」
ミリエルが聞く。それにはもちろんイエス、だが、長く離れているからか、具体的な歌がなにも浮かばない。
(不思議だな。こういう時って、子どものときの歌ばっかり浮かんできちゃう。)
ピアノに触ると、「ねこ踏んじゃった」を弾いてしまうのと同じように、歌として思い浮かぶのが子ども向けの歌ばかりで笑ってしまう。
「それでも聞いてみたいね。」
エリザさんとミリエルに見つめられて、じゃあ、と口ずさんだのは、ふと頭に浮かんだ歌だった。
「カントリーロード この道・・」
出だしの部分だけ歌ってみせると、意外にも真剣に受け入れられる。
「綺麗な歌声です。花のいた世界の言葉ですか?」
優しく微笑むミリエル。その言葉で、歌詞は映画でも翻訳があまりされないものな、と妙に納得する。
(でも、良かったかも。)
歌ってから気づいたのだが、この歌の歌詞は、花が歌うと聞きようによってはちょっと重い。
重いけど、ぴったりと言えなくもないのだが。
「どうせだから、一曲分聞かせてほしいね。」
エリザさんにのせられて、結局一番を丸々歌ってしまった花である。
穏やかな時間が過ぎていった。




