潜入員は、翻弄される。
三人の客が、マドラスに帰る日が来た。
あのあと、それぞれから話を聞き、全貌はほぼ明らかになったといえる。
キースは、中流貴族の男で、通訳ができたため、王族の屋敷に雇われ、リオンとセリーヌにサリルナード語を教えるようになった。
王族とはいえ、王位継承権の順位は低く、何か事業をしなければならない家である。
カカオの商いは、そこそこの収益はあるものの、新規購買層を開拓するために、外国と話せることが必要だと親が考えたのだ。
真面目に学んだのはセリーヌだけだったが。
外交の交渉人として選ばれたのも、その流れだったとか。
リオンはあんなだし、セリーヌに慕われて、キースは、今回のことを思いつく。
合成獣については頃合いを見てばらし、リオンを失脚させる予定だったらしい。思ったより早くバレて予定が狂ったようだ。
聖女、については。
「思った以上に厄介なやつだと思って、神官に狙いを変えたらしいぞ。」
ザックが言うと、ソフィーが微妙な顔で笑う。
まあ、分からなくもない、というところだ。
怒りのあまり闇魔法を発動してしまったというから、困った聖女様である。
「ま、結局信じたいものは最後まで信じるし、おめでたいったらありゃしないわよ。」
ソフィーは、セリーヌと花の、チョコレート試作会に呼ばれて、いろいろ一緒に作ってきたらしい。
(なんだかんだ言っても、花が心配なんだよな。柔らかい顔しちゃって。)
ザックはソフィーの変化を感じている。そして自分も。
(情報収集の目的、完全に花のためだったよな。)
結果として、カムタニアにも有益な情報だったが、あの時は花が騙される前に、真実を探りたかったのだ。
潜入員たるもの、誰かに感情移入は禁物。
だが、今のこの感じは悪くないから困る。
「ああ、そうそう。ザックのもあるわよ。」
ソフィーが、冷蔵庫から茶色の粒を出してくる。
「はい、チョコレート。」
ザックは何の気なしに受けとる。と、
「花の世界ではね、冬に女の子がチョコレートを渡して愛の告白をする習慣があるそうよ。」
言われて思わず取り落としそうになった。
「マジ?」
これは告白か?告白ってことでいいんだよな?
ザックがたたずまいを正すと、ソフィーは続ける。
「それとは別に、いつもありがとね、くらいの義理チョコってのもあるらしいけど。」
で、これはどっちなんだよ?
ザックは強気には攻められない。
気まずくなるくらいならこのままが良い。
ザックの思いが報われるのは、もう少し後の事だ。
セリーヌは、チョコレートを、庶民に流行らせるべく、頑張ることに決めたらしい。花に感化され、バレンタインの習慣を定着させてみせると意気込んでいる。
グランキンは、外国と、魔物を使った合成獣を秘密裏に取り引きしようとしていたことが問題視され、領地の一部没収など、ふさわしい罰が決められていきそうだ。
「なんだかさ、花って結構聖女の仕事、してるんじゃないかとも思うのよね。」
ソフィーはしみじみ言う。
「聖女の仕事って?」
花がやっていることは、基本、聖女の本来の仕事じゃないと思うのだが。
「もちろん、浄化よ。ただし、主に人間の、ね。」
それを聞くと妙に頷けてしまうから不思議だ。
ソフィーにしても、ザックにしても、花と出会ってから明らかに変わった。
ライラスも、エリザを助けて働き始めたし、何よりあの、ミリエル。彼らの運命を、明らかに花が動かし始めた。
そして、北の領主フィラード。
王位継承権の高い彼が、王宮で、政治に絡むようになった。
サリルナードは、これからきっと少しずつ、でも確実に、変わっていくだろう。
「確かに。憑き物が落ちたやつ、結構いる気がするな。」
二人は花を思い浮かべ、笑い合う。
あの聖女からは、まだ目が放せそうにない。
もう少し、付き合っても良いかな、などと考えてしまう二人は、やはり似た者同士なのだろう。
「さあ、ミリエル。聖女様は、一筋縄ではいかないぞ。」
ザックが小さく呟いたそのとき、まさにミリエルは、勝負の場面にいたのだった。




