潜入員は、知らんぷりをする。(2)
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
頭に浮かんだら書きたくてしょうがなくなって書き始めた花とミリエルの物語が、ここまで書き続けられてすごく嬉しいです。
ブックマークや評価して下さった方に感謝を伝えたくて、途中ですが前書きに書きます。
二人の仲も変化していきます。成長する花とミリエルを、引き続き応援よろしくお願いいたします。
目覚めた花は、うーん、と伸びをした。
ぐぐぐっと両腕を伸ばして一気に力を抜くと、ごん、という鈍い音がして、「いたい・・」という声。
そこで初めて花は、自分がもう一人の頭に肘鉄を食らわせてしまったことに気づく。
(やばいっ!)
そっと横を向くと、ミリエルはまだ眠りから覚めきらずにとりあえずふとんの中に頭を潜り込ませている。
起こさないようにベッドから出て、手早く身支度をすませ、朝ごはんの準備をした。
調味料の関係で、朝は洋食だ。
もっぱら使うのは野菜とベーコンと卵。
気分で野菜スープとベーコンエッグにする。
パンは『モニカ』で定期的にいただいているパン。
前の世界でいう執行猶予てきな措置でエリザさんを手伝っているライラスの試作品だったりする。
下ごしらえが終わって、ふとベッドを見ると、ミリエルがベッドの上できれいに土下座をしていた。
どうやら、朝ごはん作りに夢中になっている間に覚醒して、いろいろ思い出していた模様だ。
「ミリエル。」
「はい!」
明らかにビクビクしているミリエルだが、記憶がない部分もあるのだろう。どうしようかな。
「えーと、とりあえず、シャワー浴びといでよ。朝ごはん食べよ。」
「へ?」
「いろいろ聞きたいこともあるし。」
「え?」
もう、どうにも挙動不審なミリエルを浴室に押し込む。
(私だってこんな状況初めてだっつーの!)
何をしたわけでもないが、異性が部屋にいるのは異常事態だ。だが、なんというか、世話を焼きたくなるのはミリエルのせいなのか、自分の性なのか。
シャワーの音がしてきたので、素早く脱衣所から服をゲットして、魔法で洗濯と乾燥を手早くすませる。
王宮の離れとはいえ、基本普通の一人暮らしのため、生活の魔法の応用一通りはかなり手慣れたものである。
服を脱衣所に戻し、朝ごはんの準備が整ったくらいに、タイミングよくこざっぱりしたミリエルが出てきた。
相変わらず顔色は悪い。何度も自分をつねっている。
(現実のため目覚めません。)
「気分どう?朝ごはん食べれる?」
ミリエルは泣きそうな顔で、それでも頷く。
・・なんだか、子どもみたいだ。
スープを入れてできたてのベーコンエッグを皿に盛り、ちょっとだけ焼いた温かいパンを添える。
「いただきます。はい、ミリエルも。」
「・・いただきます。」
もう、いいや、と思って普通に食事を始めると、ミリエルも恐る恐る、といった感じで食べ始める。
口に合うかちょっと心配していたが、完食していたので多分大丈夫。
「紅茶、飲む?」
ミリエルがまた頷いたので、あいた食器類を片付けて、紅茶をいれる。ミルクと砂糖を添えたが、ミリエルはそのままゆっくり飲んで、ふう、と息をついた。
さあ、どうしようかな。
「うーん。とりあえずミリエル。」
「はい。」
「昨日のことは覚えてる?ザックとは知り合いなの?」
ミリエルはふるふると頭をふるが、どっちの質問の答えか分からない。
「覚えてないの?」
「・・いや、あれが夢じゃないなら、多分花の部屋に来て寝ちゃうまでのことはだいたい記憶にあります・・。」
そう言った後、赤くなったり青くなったりしていることから考えて、かなり覚えてるっぽい。
ザックのことは、確か酒場でたまたま声かけたって言ってたからな。
まあ、プロの潜入員だから、分からないけど。
じゃあ、と花は覚悟を決めて聞いてみる。
「あの日から、ずっと避けてるけど。」
あの日、というフレーズに、ミリエルが分かりやすく凍りつく。
「・・はい。」
「あの日、なんでキスしたの?」
沈黙の時間が流れた。
(・・何を考えているんだろう。)
沈黙の間、ミリエルの表情はくるくる変わる。
花はじっとそれを見ながら待つ。
『花が好きだからです』
昨夜みたいに、もしもミリエルがそう言ったなら。
花も、答えたいことがある。
冷蔵庫をちらりと見たとき、ミリエルがふいに口を開いた。
「あ、あの、あれは・・。」
ミリエルにだって伝えたい思いはある。
グランキン家に花が潜入している時、無力な自分のできることとして、『モニカ』のバイトを引き受けた。感謝はされたが、花が合成獣を浄化したときいて、胸がいたかった。
花にとっては魔物も助けるべき命だ。ミリエルは正直、まだそこまでの思いはもてないでいる。だが、花にとって、魔物に浄化という手段をとるということが、どれだけ痛みを伴うかは想像に易い。
そばにいたいと思った。その時は神官として自然な感情だと思っていた。だが。
帰ってきた花を王都に連れ出したとき、時折笑顔が消えてしまうたびに、抱き締めたくなった。その時初めて、ミリエルはこの感情の正体を知ったのだ。
あの時、力になりたいと言ったミリエルに花は、そんなふうに思わなくていいと言った。
優しさからだと分かっている。でも、もどかしくてイライラした。
あの時に戻れるなら。
今度は目を見てはっきり言う。自分の気持ちを。
もし花が受け入れてくれるなら、キスはそれからだったのに。
ミリエルはやり直したかった。今はその、最後のチャンスかもしれない。ミリエルは意を決する。
「・・僕、なんだかあの時、イライラしてしまって。」
必死に言葉をつむぐ。
「やけになってつい、花にあんなことしちゃって。」
あれは、失態だ。
「本当に後悔しています。だから!」
そこまで言って、顔をあげた瞬間。
パリーン。
ミリエルの目の前の、ティーカップが、割れた。
「え?」
気がつくと、部屋の空気がビリビリしている。
目の前の花はにっこりと笑っている。だが、間違いなく、めちゃくちゃ怒っていることははっきりわかる。
だって、空気が、危険すぎる。
ミリエルは知らないが、マドラスとの謁見から二回目の光景だ。
「・・そう。よく分かったわ。」
ミリエルは、何か大きなミスをしたことだけを理解する。
「あ、あの、花?」
「用事があるの。もう帰ってね。」
花は笑顔のまま、たんたんとミリエルを追い出した。
ミリエルは目の前でピシャリとしまる扉を、絶望の中見た。
記憶をたぐり、自分の言葉を反芻する。
「イライラして、ついキスして、後悔・・って、なんかそれだけだと最低なんじゃ・・!」
大事なことを何一つ言っていないと、気づいた時にはもう、遅い。
ミリエルは気がつくと教会にいたのだが、どこをどう通ったのか全く記憶がなかった。
ちなみに、その後、いつもの勉強会のためにザックは花と会った。
にやけ顔で行ったザックが、花を見て、
(うん。ミリエルのことはなかったことにしよう。)
と判断するまで、一瞬だった。
ザックの危機回避能力は、伊達じゃない。




