聖女は、山賊に襲われる。(1)
一晩眠ると、心と体力がかなり回復した。
靴擦れをおこしていたのだが、ミリエルが「ヒール」と「プロテクト」をかけてくれて、今はもう痛くない。
歩くのは嫌いではないのだが。
「ねえ、ミリエルの故郷って、歩いてどれくらいかかるの?」
「10日くらいでしょうか。」
こんな感じで野宿10日か。しかも歩き。いささか、21歳の女子には厳しい日数である。
「森を抜けていくと町があります。そこなら宿をとって食糧の買い出しもできるんですが・・。」
花の気持ちが伝わったのか、ミリエルは言いかけて、困ったように眉が下がる。
「どうしたの?」
「さすがに追っ手が来そうだし、できるだけ先を急ぎたいのと、そもそもお金が、あまりないんですよね。」
聞くと、この世界の通貨は『コイン』で統一されている。
便利なことに、ステータス画面で表示すれば出せるという、ほぼATMなシステムなのだが。
「ステータス」
試しに自分のを開くと、潔い『0』の表示。
ゲームならばチュートリアルとかで最初は軍資金とかくれるのに!
ここにはそういう気遣いはないらしい。
荷物は必要最低限。着替えと、非常食らしき干し肉っぽいのと、あとは水筒だ。
この水筒は魔法が付与された便利なもので、飲みきると自動的に水を作り出して満たしてくれる。
不便はないのだけど、お金になりそうなものは皆無だ。
しかし、所持金なしっていうのはこたえる。
ミリエルにたより続けるわけにもいかないし。
早くも花の逃亡は行き詰まりつつあった。
とはいえぐずぐずできないので先を急ぐ。
で、歩くこと、10分。
花はいかつい男たちに囲まれていた。
ミリエルが、ちょっとトイレに・・と離れた一瞬のことだ。
彼らはどう見ても山賊なのだが、一応聞いてみる。
「あなた方は誰ですか?」
ニヤリと笑う男たち。
「見りゃ分かるだろ。山賊だよ。金目のもんよこしな。」
ですよね。ただ、金目のもんと言われると、ちょっと困ってしまう。前の世界の物も、牢につながれた時に没収されてるし、ミリエルの荷造りは最小限。ステータス画面のATMは、繰り返すが残高0だ。
「すみません、ご期待には添えないかと。」
お金、持ってませんアピールでリュックの中身を見せる。
彼らの指示に従い、ATMを操作してみせて、何もでてこないことを確認してもらったとき、彼らの後ろの茂みに、分かりやすくうろたえた顔のミリエルが見えた。
た・す・け・て・!
と口パクしてみるが、ミリエルは首をプルプルふる。
「ん?何かいるのか?」
男の一人が振り向きかけると、ミリエルは一瞬で姿を消した。
だめだな、こりゃ。
「チッ。」
思わず出てしまった舌打ちを聞き咎められる。
「こんな状況で俺らに舌打ちたあ、いい根性してんじゃねえか。」
「あ、ごめんなさい!違うんです!ちょっとあっちに・・。」
と弁解しかけて、ギリギリ我慢する。
頼りないことこの上ないが、今、望みを繋げるのはミリエルの存在だけだ。ここはごまかした方がいい。
あははと笑ってごまかしつつ、助けに来なかったらホントに呪ってやろうと心に決める。
「まあ、女だしな。しかも見た目もまあまあじゃねえか。お頭のとこにつれていこうぜ。」
別の一人の声で、方針が決まったらしい。
かくして花はまた、両手両足を縛られて、山賊のボスのところに連れていかれることとなったのだった。
いわゆるアジトは、洞窟の中にあった。担がれて運ばれたのだが、変なとこをさわらないように気を遣っているのが分かり、痛みも恐怖もあまりなかった。
お頭、と呼ばれた人物は、思ったより若くて、花より若干上、くらいか。男たちも、見た目より若いのかもしれない。
奥で少し小声で話したあと、花はその場に下ろされ、座らされる。
「よお。」
お頭がニヤリとわらって言う。
「どうも。初めまして。」
挨拶は大事だ。ただ、ここからどうなるか。この人がどんな人かによって、自分の行く末が決まるのだ。
「・・あんまり怖がってねえな。なめられてるのか?」
やばい。この場の正解は、我を忘れて怖がるだったかも。
だが、実際怖いかと言われるとそうでもない。
何でだろう、と考えて、気がついた。
「なめてるわけではないんですが、何分これより遥かにひどい扱いを受けたあとなので・・。」
言ったあと、はは、と乾いた笑いが出てしまう。
お頭が、呆れと同情の混じった顔でこちらを見た。