弱虫神官は、胃袋をつかまれる。
王都の脱出までは、意外なほどに楽だった。
だれも、二人を気にもとめない。
知り合いのいない花はともかく、ミリエルまでも挨拶すらまともにされない。
「いいんです。僕、影が薄いんで。」
ミリエルは、返事しにくいことを言う。
牢の見張りがいるであろう酒場を避けて少し遠回りをして、王都を出て、歩く。
王都からかなり離れて、森に入る。
これまた手際の良いミリエルが、簡易テントを出して野宿の用意をしてくれる。
そして気付いてしまった。
「お腹、すいた・・。」
もとの世界でベンチで落ち込んでいたのが昼ごはんのあと。
今はもう、夜中である。
空腹を一旦意識してしまうと、何か食べたくて切なくなってしまう。
「聖女様は何にも召し上がってないですものね。」
「あ、ミリエル。敬語やめて。私のことは、呼び捨てで。」
それから、花は、ミリエルに、怪しまれたら姉弟でいこう作戦を力説する。ミリエルも了承してくれたのだが。
「えーと。私、聖女様の名前、知りません。」
ああ、自己紹介もしてないわ。
結局、遅ればせながらながら簡単に自己紹介をして、花、と呼んでもらうことにする。発音上は「ハナ」だし、なんかの略称ということにしておこう。
「で、私のお腹の件ですが。ねえ、称号次第でなんかぽん、とでてくるとか、ないかなあ。」
ミリエルは考える。
「聞いたことないですね。大抵の場合、称号は知識や技術ですから。道具は出せますが、原材料までは。」
「そっか。さすがに野菜とかお肉とかはねえ。」
ああ、ほかほかのご飯とか、食べたい。
「材料だけならありますよ。」
不意にミリエルが言ってステータス画面から
「アイスボックス」
とつぶやきおもむろに画面に手を突っ込む。
肘から先、消えてます!こわ!!
取り出したものを見て、一瞬で恐怖が消える。
「これは、豚肉?あとキャベツ??」
「はい。冷蔵庫にあったんですが、腐らせるのももったいないし、持ってきちゃいました。」
そんなことができるなんて!
そして、その二つといえば、花が真っ先に思う食べ物は、あれだ。
ステータスを表示して、目当てのものを探してみる。
たぶんこれだ。
『粉もののイリュージョニスト』
・・もう、普通に『お好み焼き名人』とかでいいです。
ともあれ選択してみると。
鉄板、コテ、それから、
「やった!」
もしやと思ったら、ありました。
お好み焼き粉と、お好みソース!!
偶然ではない。
『称号』がもといた世界での資格や検定をもとにしているなら、これは必然なのだ。
「お好み焼き検定」。ノリノリで上級までとってしまった。
その理由は、お値段や試験勉強の手軽さと、受験者がもらえる『お土産』だ。(少なくともとった時は。)
どうやら、その辺も律儀に再現されている。
ならば。
「お好み焼き作るわ!」
高らかに宣言して、ミリエルに手伝ってもらいながら、キャベツを千切りにしたり、粉と混ぜたりして手早くつくる。
この世界は案の定というか、お約束的に魔法が日常に使われていて、全てが手作業より遥かに速い。
なんと、おそらく10分くらいで、鉄板の上、ソースをたっぷりかけたお好み焼きが目の前にあった。
いかん、感動で涙がでそうだ。
異世界で、初めての晩御飯がありがたい。
すごい勢いで一枚目を平らげ、二枚目に入ろうとしたとき、
「ああ!」
というミリエルの声がして一瞬とまる。
ミリエルを見ると、何か訴えかけるような目でこっちを見ている。
「いる?」
試しに聞いてみると、コクコク。
この匂いには、異世界の人も勝てないようだ。
コテに切ったものを乗せて渡してあげると、ハフハフ言いながら食べ、うっとりした顔になる。
「初めての味なのに、懐かしくて美味しい・・!」
「ほんとはもっといろいろ入れたら美味しいんだけど。」
照れ隠しに言うと、
「この味にまだ上が??花、僕、その味をぜひ知りたいです!」
と迫られて、たじたじになってしまう。
ミリエルはいたく気に入ったらしく、残りは二人で分けて食べた。
花が作ったお好み焼きには、もう一つ、おまけがついていたらしい。
「MPが回復しています!すごい!」
MPとはマジックポイント。ミリエルが自分のステータスを見て確認する。先ほどお好み焼き作りに使った分が一気に回復したのだとか。
「それって、感覚で分かるの?」
と聞くと、ミリエルがええ、何となく・・と答える。
試しに自分のステータスを確認してみる。
だが、MPの見方が実はいまいち分からない。まあ、おいおい聞きましょ。まだ魔法も使えないんだし、必要ないしね。
お腹が満たされるって大事だな。
大変な長い1日は、思ったより穏やかな気持ちで終えることとなったのだった。