聖女は、潜入する。(3)
潜入は容易かったが、グランキン伯爵家には、いくつもの使用人の掟があった。
「掟を守っておけば、仕事はそんなにきつくないわ。今から説明するけど、実際にやりながら覚えてちょうだい。」
メイクのきつい、メイド長が言う。
・・フィラードのところより、ギスギスは確実にしてるな。
花は心の中で思う。
掟1 呼ばれなければ、声をださず背景になれ
掟2 命じられなければ、客には何もするな
掟3 屋敷内で起こることに、興味をもつな
・・
ようするに、かのお掃除ロボットルン◯になれってことか?
と、花は理解する。
ただひたすら、ハウスキーパーに徹し、私情を挟まない。
仕事としてはよいのだが、潜入しがいがない。
こそこそ目立たないように聞き耳を立てるしかないか、とため息をついた時、
「旦那様のお帰りよ。」
言われて、玄関に、他のメイドに倣って並ぶ。
(謹慎中、じゃなかったっけ?)
堂々とした外出である。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
皆、出迎える。グランキンは、眉間にシワを寄せて帰ってきた。
そして、メイド長が、耳打ちすると、彼の目がじろりとこちらをにらみ、そのまま目が大きく見開かれた。
(あ、ヤバい?)
冷や汗がたらりと流れるが、何があっても、ここは一人で切り抜けるしかない。
メイド長が「ご挨拶を。」というので、
「初めまして。エリザ、と申します。よろしくお願いいたします。」
と、言うと、グランキンは「エリザ。」と繰り返した。
メイド長が後を引きとるが、めちゃくちゃ見られている。
(ピンチだな。)
花は今後の対策に頭を巡らせながら、下がった。
それから数日。
(見られている。)
「旦那様、エリザに興味があるみたいね。」
ペアで仕事を任されているソフィーというメイドがこそっと言う。
花は、いやあ、とごまかしながらも、鳥肌と変な汗が止まらない毎日を過ごしていた。
屋敷から出るときは、細心の注意をはらい、王都の借家に帰る。
二階に、魔方陣があり、王宮の離れにイルディンがつなげてくれた。ちなみに、花以外は通さない、認証式の陣である。
出勤も借家からなのだが。
(目立たず内偵する予定が、めちゃめちゃ注目されてるんだけど??)
明らかに顔を覚えられた。尾行がついたらどうしよう。
グランキンの視界に入ったが最後、とにかく視線を感じる。
ただ、不思議なことに、そこに悪意は見えない。
どちらかというと、戸惑い。つい、見てしまうというような。
「いや、恋とか愛とかじゃないと思うけれども!!」
突っ込みたくなるような、視線なのである。
必要以上に疲れる日々が、少し報われたのは、ある、雨の日のことだった。
「客がくる。部屋に通したら、酒を。」
グランキンからの命で、初めての客人のもてなし。
ソフィーに聞くと、以前からちょくちょく同じ人物が屋敷にくるらしい。いつも通りなら、二人、客がいるはずだと彼女は言った。
新しい情報である。
グランキンは時々出掛けるが、特に変わった様子はない。
しかし、今日は、やたらと機嫌がよかった。
何かあるはずだ。
花は、自ら酒を運ぶ役をかってでた。
メイド長の指示でワインを用意する。
客は、夕方、訪れた。




