聖女は、称号を持つ。
脱獄は、いいのか?と言いたいくらいスムーズだった。
ただの外出、である。
話を聞いたあとだから、グランキン伯爵とやらが聖女たる花をなめきっていることは間違いない。
まだ、聖女教育を受けてもいない右も左も分からない小娘。
まあ、その通りですけどね。
番人との約束は朝とのことだから、時間はまだあるが、想定外の事態も考えて、急いでミリエルの教会に行く。
孤児で、教会に住んでいると言うから、大きな教会の修行者であると想像していたが、ミリエルは小さな教会を任されている神父だった。
「とりあえず、変装しないとなあ。」
「ああ、それなら、まず服ですね。」
ミリエルは、教会の奥からガサガサと袋を取り出した。
中をさぐり、いくつか女性物のワンピースを並べていく。
「ミリエル、あなた、実はこういうのが好きなの?」
いや、否定はしない。
趣味嗜好は、自由だし!
花の問いかけに、ミリエルは、ああ、と軽く答える。
「バザーの売れ残りです。定期的に不要品を回収してバザーで資金調達してるんです。」
「ああ、そういうこと。」
ワンピースを体に当てながら、花はミリエルを観察する。
脱獄して、一緒に逃げる。
もう少し説得には時間がかかるかと思っていた。
しかし、意外とあっさり、ミリエルは了承した。
そして今も。
淡々と、変装に必要なものを準備し、何やら自分の荷造りまで始めている。
押しに弱すぎることを除けば、意外とデキルヤツなのでは?
「ねえ、着替えたいんだけど。」
「どうぞー。」
「いや、ここで着替えていいわけ?」
そこで、動きがピタリ。
「わああ!すみません!僕、ちょっと奥の部屋からいろいろとってきます!」
慌てて出ていくのを見送って、改めてワンピースを吟味する。
面接のためにスカートスーツでいたが、普段はジーパン派だ。
ワンピースか。まあ、郷に入らば郷に従えってことだし。
えいっと勢い良く脱いで、着てみる。
まあ、悪くはないかな。
袋をあさらせていただいて、靴も見つける。ブーツだ。
ハイヒールよりはましかなあ。
「入っていいですか?」
ミリエルの声に答えると、入ってきた彼が、なんとも微妙な顔をする。
「着替えた女性を見て、その顔は良くないと思うなあ。」
精一杯言ってみる。別に似合うとか、可愛いとかは期待してないけどさあ。
「ああ、すみません。とても可愛らしいと思います。ただ、やっぱり髪と瞳の色が目立つなあと。」
あら、褒められた。じゃなくて。
「なんか、ウィッグとかカラーコンタクトとかあったらいいのに。」
ミリエルの反応を見るに、ないみたいだ。
「いっそのこと、魔法で変えられたりしないのかな。」
「そうですね。できる人もいますけど。」
「へえ。」
熟練の技術を認められたり、才能を認められると、『称号』が与えられる。
『称号』があると、道具や材料なしで、いろんなことができるようになるのだとか。
「あ、そうそう、聖女様も一応『称号』ですよ。」
「『称号』って、確認とかできるの?」
「できますよ。そうか。やったことないですよね。」
そう言うと、ミリエルは手をかざし、「ステータス」とささやいた。
手の辺りに青い画面が現れる。よく、RPGで見かけるあれだ。
「これで見られます。健康状態とかも分かるから意外と便利ですよ。」
「ふーん。」
花も真似をしてステータス画面を出す。
こんな状況だが、若干テンションがあがる。
「ステータス画面は、基本本人しか見えません。『称号』を押してみてください。」
ミリエルに言われて画面の称号部分を押した花は、そのまま、固まった。
「どうしましたか?『聖女』の称号、ないんですか?」
ミリエルが不安そうに言う。
それがなかった場合、ミリエルの召還は完全なる失敗である。
「ああ、『聖女』ね、ちょっと待って。」
我に返った花は、聖女、聖女・・と探す。
「あ、あった。」
「良かったです。」
「・・・・。」
ひとまず安心したものの、花の様子がおかしい。
熱心に称号画面を見ているようだが、スクロールがいつまでも続くのだ。
「聖女様、もしかして他にも『称号』があったんですか?」
まれに、召還された異世界人の中には、前の世界での職業などが、反映されて、称号を得るものがいる。
「もしかして、前の世界で職人だったとか?」
「いや、就活生なんで。」
花は称号を見つめて、考える。
『調味料の魔術師』は、たぶん「調味料検定」の名人。『清浄を司る者』は、あれかな。「掃除能力検定」の3級。つまり、資格や検定が、異世界風ネーミングで、称号化しているのだ。
(注 全て実在する検定です。)
「称号って、誰が認定するの?」
尋ねると、ミリエルは少し悩んで答える。
「神様、ですかね。たぶん。気がついたらある、っていうかんじなので。」
神官って神様の専門家じゃないんかい!って突っ込みたくなるけど。
それなら、神様は面白がっているとしか思えない。
でも、これって、ある意味チートなんじゃないだろうか。
「あ、じゃあもしかして。」
花はいろいろ探してみる。
『変幻の道具使い』。なんか、これっぽい。
「日本メイクアップ技術検定試験」ただし3級。あまり極めてはいないけど、あの時は化粧やスキンケアの勉強、頑張ったよなあ。
「『変幻の道具使い』っていう称号みつけたんだけど、これでなんとかならないかな。」
試しにミリエルに聞いてみる。
ミリエルは笑顔になった。
「『変幻』の称号ならいけると思います。じゃあ、その称号を押してみてください。」
押すと、『自分』・『他人』の選択肢。
『自分』を選んでみる。
画面に自分っぽいイラストと、カラーパレット。
何となく、赤を選んでからイラストの髪を選ぶと、イラストに色がつく。あとは、これかな。『実行』!
ふわっと風が吹いた気がした。
すかさずミリエルが、姿見を出して、こちらに向けてくれる。
おお。赤くなってる!!
「すごいですね。僕もこんなに間近で見るのは初めてです!」
派手な色だが、悪くない。
だが、ミリエルの提案としては、暖色系はこの国ではめずらしいとのこと。
あれこれ考えた結果。
平均的な色だというミリエルと同じ、銀髪に青い瞳にした。
今後、姉弟の設定で敵の目をかいくぐる時が来るかもしれないとの思いからだ。
ミリエルも変えてみない?と聞いてみたが、生まれながらの姿を変えるのは主義に反するからと断られた。
ちょっと残念。
そういうところは神官ぽい。
「さあ、じゃあ出発しましょうか。」
手際よく二人分の荷物を作ってくれたミリエルは、そう言った。
「巻き込んどいてあれだけど、行く当てとかあるの?」
お金もない。何も知らず、何も持っていない。でも生き残るにはここではないどこかに、行かなければ。
「僕の故郷に行ってみませんか?」
ミリエルがにっこりして言う。
花の運命は、この弱虫神官に一旦委ねられた。