長官は、忙しい。
暑かった季節がすぎ、朝と夕方は、過ごしやすい。
だが、気候の変化に関係なく、神経はすり減っていく。
『法務部』。
もはや誰も気にしていないが、法務部の正式名称は
『魔法関連実務部』
という。
しかし、例えば王宮にいる、他の部署の人間にインタビューしてみるとする。
Aさんの場合
「えー、法律関係の事務をする部門じゃなかったかな?」
Bさんの場合
「ああ、法は魔法だよ。務は・・庶務、かな。」
Cさんの場合
「なんか雑務?のイメージだな。なんでもやってる。」
「・・それは、どいつもこいつも、とりあえず案件をうちに持ってくるからだろうが!!」
叫んでからイルディンは、全て自分の妄想・・もといシミュレーションであり、今のが客観的に見て独り言であることに気づく。
ごほん。
部署の人間たちはもう慣れていて、動きが止まったのも一瞬、みなすぐに仕事に戻っている。
最近、とある事情で王宮を合計二週間ほど留守にした。
本来の魔法関連実務である。
魔物の捜索と討伐。
聖女の保護。
どちらもやりがいはあった。
聖女の保護については、彼女が自立した女性でスキルも高く、予想以上の成果を得た。
浄化なしに、淀みが消え、魔物が暴れたりもしない。
神と聖女の謁見は、うまくいった、ということだろう。
帰ってきたら、部下が真っ青な顔で仕事をしていて、この部署の過酷さを改めて思い知った。
・・花の特製ポーションをこっそり数滴飲み物に混ぜて飲ませたので、全員無事だったが。
特製ポーションも悩みの種だ。
もともと、花の作るものは、魔力の回復という、特殊な効果を持っていた。
薬草を材料にすれば、体力も魔力も回復するスペシャルポーションができるかも、という、単なる興味で作ってもらったのだが。
なんと、修行でやっと3増える程度の最大MPが、一口で10増えてしまったのだ。
こんな代物、流通させるわけにはいかない。
闇取引が始まってしまう。
(しかし、ぶっ飛んだ聖女様だよな。)
イルディンはふっと笑う。
もともと、聖女教育は、半年から一年かけて、王宮でもっと手厚く、ちやほやされながら進むものだ。
だから、聖女はそのぶん、浄化の力を得たあとは国のために尽くしてくれるという。
聖女のおもてなしも、国の大事な使命なのだ。
あんな状況で、1日、2日で魔法を習得することなど、あり得ない。
一番驚いたのは、精霊だ。
普通は、王宮の誰かが契約している精霊に協力してもらって会話する。
それが、誰も知らないところで、天然の精霊と出会い、契約していた。
契約は精霊だけでなく、魔物とも、だ。
いちいちイルディンの想定を越えてくる。
あの、ミリエルも、変えた。
孤児だったミリエルの力をいち早く見抜き、神官に育てたのは、ほかならぬイルディンだ。
ミリエルの一番の欠点は、あの、弱さだ。
でも、小さい時からずっとそうだったし、多分変わらないのだろうなと思っていた。
グランキン伯爵に言い返したと聞いたときには耳を疑った。
人は変わる。
(残念ながら、変わらないやつもいるけどな。)
王の兄フィラードの采配で、セリウス王の名のもと、3ヶ月の自宅謹慎を言い渡されたグランキン伯爵は、おとなしくしていないらしい。
聖女を亡きものにしようとした罪は軽くないが、本人は「魔女にしか見えなかった」と言うし、その時王も、「よきようにいたせ。」などと言っているため、詰めきれない歯がゆい状態だ。
グランキン伯爵は、欲の皮は張っているが、仕事はできる人物で、与えられた任務をそつなくこなす、惜しい人材でもある。彼の仕事を引き継ぐにふさわしい人物もおらず、はっきり言って困っていた。
グランキン伯爵には子もいないのだ。
だが。
よくない噂が耳に入っている。
何か、こそこそ出入りする人物が数人いるらしい。
そろそろ腹をくくって、断罪すべき時がきているのかもしれない。
(だが、証拠がない。)
イルディンは頭を抱える。
グランキン伯爵は知恵が回る。
何か決定的な証拠をつかまなければ、断罪は難しい。
聖女が認定された今、次に何をしようとしているのか、どうしてもつかみたかった。
「・・かん。長官!」
呼ばれてはっとする。
顔をあげると、部下が、大量の書類を持って立っていた。
「他国からの要請書類です。これでも、関係の深い国、重要性で精査しました。見てください。」
机の上にどんと置かれる。イルディンは心の中で叫ぶ。
(外交は、仕事に入ってない!この部署に回したやつは誰だー!)
法務部のイルディン長官は、今日も忙しい。




