聖女は、夢を語る(2)
謁見の間に足を踏み入れると、ひんやりした澄んだ空気を感じた。
中央に椅子がある。
そこに座ると、意識が一瞬遠のき、頭の中にまた、あの声が響いた。
『よく、ここに来ましたね。あなたに会えるのを楽しみにしていました。』
目の前にふわふわ光の玉が浮かんでいる。
「神様、なのよね。えーと、よろしくお願いいたします?」
『普通でいいですよ。』
声は笑いを含んでいる。
「浄化の力を授かる、のですよね。」
確認すると、返ってきた答えは意外なものだった。
『・・あなたは、この世界は存続する価値があると、思いますか?』
何を聞かれているのだろう、と花は思う。
そして、答えたらどうなるのだろう、とも。
花が黙っていると声は続ける。
『淀みは、私の迷いなのです。そこから生まれるのが、魔物です。』
世界を創造し、育てていく長い時間。
人の争いの醜さをみるたびに、このままでよいのか、迷ってしまう。
自分の生み出した愛しい存在。
でも、時に、滅ぼしてしまいたくなる醜い存在。
相反する思いが淀みを生み、魔物が現れる。
『だから、異世界から来た聖女に聞くのです。あなたは、どう思う?と。』
聖女教育は、この世界について知ってもらうため。
歴代の聖女はこの問いに答えてきた、ということか。
「価値がない、と答えたらどうなるの?」
『世界は夢のように消えるでしょう。』
「私は?」
『あなたは、もといた世界に戻ります。召還された、あの瞬間に。』
なんて、残酷な質問なのだろう。今になって、帰る道を示すなんて。
「価値がある、と答えたら?」
『あなたが私の迷いを晴らせたら、浄化の力を与えましょう。そのかわり、あなたは、この世界の行方を、見届けなければなりません。』
花は、考える。
もし、二日以上前に聞かれていたら、悩んだだろうが、帰る道を選んでいたかもしれない。
でも、自分を受け入れてくれたこの世界の人達のことを、もう消す選択はできない。
聖女として生きていこう、という覚悟は、もうしてきた。
だが、花は「浄化」という言葉に、違和感を覚える。
「ポチが言ってました。魔物は必ず人間を襲わなければならないわけではないって。」
『あなたが使役したコボルトですね。』
あの時、リリーに連れていかれて、ポチと会わなければ。
絶対に考えもしなかったことを、花は言う。
「浄化の力は、必要なのでしょうか?」
淀みは迷いだと言った。
神様でも迷う。
でも、それは、相反する気持ちのどちらも正しいからだ。ならば。
「迷いから生まれる魔物も、受け入れませんか?」
『・・初めてですね。そんな事を言う聖女は。』
魔物が何かを傷つけたときには、戦わなくてはいけなくなるかもしれない。
でも、存在するだけなら、共に世界の一部として生きていけばよいのではないか、と花は思う。
魔物の存在を否定するほどには、人は美しくない。
でも、人間も滅ぼさなくていい。
なぜなら、人は、成長するからだ。
迷いも弱さも受け止めて、それを未来への力にできるからだ。
魔物が神様の迷いだというなら、人間はそれを受け止めて、進むべきなんじゃないだろうか。
「そういう力なら、ありがたくいただきます。」
『分かりました。それがあなたの浄化の形なのですね。ではあなたには、力ではなく、加護を与えましょう。どうするかは、あなたに委ねます。』
光が花を包む。加護が何なのか、分からないまま、花は柔らかい光をまとう。
『見届けてくれますか?この世界の行方を。私と共に。』
「いいわ。私はこの世界で生きる。やりたいこともあるし。」
『今回の聖女は、面白い。花、私の迷いを受け入れたのは、あなたが初めてです。』
神様も、孤独を感じたりするんだな、とぼんやり考えていると、
『では、花。またいつか会いましょう。』
声が響き花は元の部屋に戻されるのを感じる。
「ちょっと待って!加護ってなに?私はみんなになんて説明すれば!!」
『すぐにわかりますよ。あなたにも、皆にも。淀みは、消えてしまいそうだから』
最後に聞こえた声は、明るかった。




