弱虫神官は、脅される。
「聖女様。ほんっとうに申し訳ありませんでした!!」
一瞬期待したが、この謝罪が、花の解放に繋がるわけではなさそうだ。
彼は本当に個人的に、謝りにきただけだという。
「タイミングが悪かったんです。グランキン伯爵はご自分の利益が害されるのを恐れて、聖女召還を認めたくなかったためにあんなことを。貴女は魔女ではありません!安らかにおねむりください!!」
こいつは何をしにきたんだろう?
魔女じゃなくて良かったと言って、爽やかな気持ちで処刑されるとでも?
怒りを通り越し、笑いさえ込み上げてきて、花は口をぱくぱくさせ、手足の枷を何とかしてほしいと頼んでみる。
「あ、しゃべれませんもんね。分かりました!」
ミリエルは簡単に拘束を解いた。
頼んどいてなんだけど、大丈夫か、こいつ。
「ねえ。あなたが私をここへつれてきたのよね?」
ミリエルはばつがわるそうにうなずく。
「なんのために?」
「それは、貴女が、聖女様だからです。」
「私に何をさせたかったの?」
「それは・・。」
ミリエルは流暢に説明する。
この世界には定期的に魔物が現れる。
定期的と言っても、百年ちょっとに一回くらいのため、魔物に一切出会わない人生を送る人も多いのだが。
現れると、ちょっと厄介な事態になる。
魔物は、その土地に溜まる淀みを吸収して現れる。そのため、倒しても、その死骸が淀みを生み出し、増えていくのだ。
騎士による討伐は、一時しのぎの気休めにすぎない。
そこで、異世界から、聖女を召還する。
異世界からきた、聖女だけにしか使えない力があり、その力は魔物を浄化することができる。
浄化が完了すれば、また、少なくとも百年は安泰なのだ。
「聖女様には、本来、聖女教育が施され、力が目覚めれば、浄化に向かっていただくのです。」
ん?教育?
「始めから使える訳じゃないの?」
「ええ。だから、魔物の兆しが見えたら、早めに召還の儀式を行うのです。」
それで自分が呼ばれたのか。
花はとりあえず理解した。もし、この話を応接室とかで聞いていて、お願いしますと言われたら、きっと聖女教育を了承したに違いない。それくらいには善良な人間なのだ。
しかし。
「じゃあなんで私はここにいるの?・・あのきんきん男は何なの?」
「グランキン伯爵は、国の有力者です。国内有数の富豪ですが、資金源は、武器の売買なんですよね。聖女がいる国は、不可侵条約があって、たとえ戦争中でも休戦になるし、浄化が始まれば魔物討伐も減ります。」
つまり、武器が売れなくなる、ていうことらしい。
「じゃあ、なんで召還なんてしたの?」
「魔物が発見されてすぐに、法務部のトップが手筈を整え、中止はできなくなったんです。」
しかし、その頼りのトップが、急な出張に駆り出され、儀式の後見人は、グランキン伯爵になった。
聖女が邪魔なグランキン伯爵の、召還引き延ばし作戦に巻き込まれてしまったというわけだ。
「全く。困ったものです。」
どこまでも他人事の神官に、花は冷ややかに尋ねる。
「それ、いつから気づいてたの?」
「召還儀式の一月前くらいに、法務部トップの方に、聞きました。」
「分かっていて召還したんだ?」
「はい。僕も仕事ですし。」
「何にも手とか打たなかったわけ?」
ようやく、雲行きの怪しさに、ミリエルは気付き、答えに窮する。
「こうなることが分かっていて、何にも手を打たずに、私を召還したのかって聞いてんの!!」
「ひい!ごめんなさい!!」
花は叫ぶように言ってから、自分の状況を思いだし、見張りを警戒する。だが、誰も来ない。
「えーと。ここ、見張りは?」
「ああ、一人いましたが、嫌がっていたのでお金をお渡しして、飲みに行ってもらっています。恨まれたくないから謝りたいと言ったら代われと言われて。」
ああ、そうなんだ。
「・・聖女がいなかったら、どうなるの?」
「やがて、魔物が増えすぎて、世界が危機に陥ります。」
最初はこの国でしょうね、と付け加える。
「たしか、聖女召還ができるのは、あなただけなのよね?」
「はい。今この国には、僕だけです。なんか、そういう、血筋なんだそうです。」
「一つの国に、聖女は何人?」
「一人、です。」
「ふーん。で、私が処刑されてしばらくしたら、もう一度儀式をする、と。」
「ええ。ギリギリまで儲けたいのでしょうね。」
「ねえ。あなたって、家族は?」
「恥ずかしながら、独り身です。もともと孤児なので、教会に住まわせていただいています。」
花は決めた。
こいつも巻き込んでやる。
「ねえ、神官さん。」
「はい。」
「私、すごく怒ってるのよね。」
「は、はい。」
「あなたにわかる?生活を突然奪われて、勝手な事情で連れてこられた挙げ句、言いがかりで声も奪われ、一方的に死を宣告される気持ちが。」
私にだって生活があったのだ。家族も、友達もいた。就職試験だって、99,9%落ちているだろうけど、それでも、通知ご来るまでは僅かな望みはあるのだ。せめて受け取りたかった。
「お怒りはごもっともです。改めて説明されると、申し訳ない気持ちでいっぱいです。」
「恨むわよ。」
「ひい!」
神官はうろたえる。
「処刑後、どれだけ神様に天国行きを勧められても、あなたの苦しむ姿を見るまでとどまって、あなたを恨み続けるわ。私、聖女なんでしょ。聖女の呪いを解ける人は現れるかしら。」
「お、お助け!悪いのはグランキン伯爵・・。」
「ひとのせいにしない!」
「はいい!ごめんなさい!」
「あなた、こんなことがあっても、もう一度召還するんでしよ?」
召還の重さも分からないで、同じように生活を奪われる人を出してはいけない。少なくともこの馬鹿だらけの国では。
「ミリエル、だったわね。」
花は自分史上最高級の笑顔で、神官の目を見つめた。
「私と一緒に、逃げましょう。」