弱虫神官は、叫ぶ。(1)
伝言と同時に、居酒屋でミリエルが殴られ、連れていかれたと聞いた花は、血の気が引く思いだった。
森の向こうの屋敷が何なのか、まだいた客から聞く。
なんでも、どこかの金持ちが、避暑のため、北のこの地に持っている別荘だとか。
最近、ご一行が来たらしい。
グランキン伯爵が自ら来ている可能性が高い。
「あいつらは、魔女様に伝えな、と言ったんだ。魔女様ってのは、花、なのかい?」
店主に聞かれ、言葉につまる。
自分が何者なのか。
何を名乗るべきなのか、花にもまだ、わからないでいる。
「迷惑かけてごめんなさい。ミリエルを助けないと。私、行ってきます。」
分かっているのは、自分がすべきことだけ。
花は、琥珀色の一升餅を置くと、イルディンに伝言を頼み、『変幻』をといた。
黒い髪に黒い瞳。不吉だ、魔女だと言われようが、これが、自分だ。
花はそのまま、体一つで、森に再び入り、ポチたちがいた場所と対極にある屋敷に、向かった。
門の前で、囲まれ、そのまま中に連れていかれる。
両手を縛られて。
「ミリエルは?」
「神官様はここだよ、魔女様。」
嫌な甲高い声がして、間違いなく、この世界で今一番嫌いな人物が現れる。
「自分からいらっしゃるなんて意外だわ、グランキン伯爵。」
「私は計画が変わるのが嫌いでね。能無しばかりだから、自分で最後を確認することにしたんだよ。まさか、君と会話することになるとはね。」
それを聞いて、ああ、そういえばこいつと話したことなかったなとぼんやり思う。
だが、花の目は、グランキンの後ろで傷だらけのミリエルに釘付けになった。
居酒屋での一発以外にも確実に痛め付けられている。
早く、イルディンに治癒魔法をかけてもらわないと。
「ミリエルを解放してください。私は来たのだから、もういいでしょう?」
花はグランキンを見据えて言う。
グランキンは不愉快そうに顔をゆがめた。
「黙れ魔女。お前のせいで、計画が変わった。おとなしく処刑されていればよいものを。お前を逃がしたミリエルにも、痛い目をみてもらわないとな。」
そんな!
ただでさえ花の闇魔法で安静だったのに、グランキンのせいで、さらにボロボロだ。これ以上ミリエルを傷つけさせるわけにはいかない。
「ミリエルは、私が脅したの。もう充分でしょう?」
「黙れと言っている。」
グランキンの顔は変わらない。
はじめは貴族らしい言葉づかいだったが、こちらが素なのだろう。
「お前が私と口をきいていることも不愉快だ。お前が聖女だと?聖女など、異世界から来た小娘に周りが教育してやってお膳立てしてやる存在にすぎない。見た目も貧相で品もない。前の世界での生活も知れるというものよ、忌々しい。」
いっそのこと清々しいくらいの悪役っぽさに、花は返って何も感じない。
まあ、間違ってもないし。
しかし、その時、思いもしないところから怒りに満ちた声が聞こえた。
「・・黙るのはお前だ、グランキン。」
どんっという音がして、グランキンの後ろにいたはずのミリエルが、花の前に立っていた。
ミリエルを捕らえていた男が、腹を押さえて倒れている。
背中を向けているが、傷だらけのミリエルから、強い怒りの感情がにじんでいる。
「な、なんだ、神官。」
グランキンの戸惑う声。ミリエルの表情はわからない。
ミリエルは、絞り出すような声だが、きっぱりと言う。
「花を侮辱するやつは、僕が絶対に許さない!」
今まで聞いたことのない大きな声。立っているのがやっとという感じのミリエルだったが、声に震えも迷いも、全くなかった。




