弱虫神官は、後悔する。
ちょうどそのころ。
ミリエルは、悩んでいた。
体の調子が、すごくいい。
昨日のことがあるので、絶対安静を言い渡されたのだが、イルディンの回復魔法は強力で、しかも久しぶりにぐっすり眠り、今までにないくらい元気なのだ。
「・・動きたい。」
でも、安静って言われたし。
ちょっと前のミリエルなら、休めるチャンスに動こうなんて、絶対に思わない。
しかし、ここ数日の怒涛の出来事は、ミリエルに少なからず変化をもたらしていた。
「そろそろ花も帰ってくるかな。」
今日の居酒屋の手伝いも、休む予定になっていたが、こんなに元気なのに、花だけに仕事をさせるのは申し訳ない。
花に心配をかけるのも。
花が帰って来たとき、ミリエルが元気に居酒屋の仕事をしていれぱ、ちょっとは安心してくれるのではないだろうか。
ミリエルが倒れた時、もう魔法は使わないときっぱり言った花を思い出す。
あわてて考え直してもらったが、ミリエルはあの時、とても嬉しかったのだ。
これまで、あんなにも人に心配されたことはなかった。
自分のことで、あそこまで取り乱してくれる人は初めてだったのだ。
麻痺の闇魔法で苦しかったことより、そのあとの花の様子の方が温かい気持ちと共に、胸のなかを占めている。
「よし。先に仕事始めとこう。」
なんでもない顔でおかえり、と言ったら、花はどんな顔をするかな。
ミリエルはちょっとウキウキした気持ちで、階下に降りたのである。
(・・遅いな。)
ミリエルがそわそわし出したのは、居酒屋の営業が始まってしばらく、徐々に日が落ち始めたころである。
花が、帰ってこない。
いつもの時間はとうに過ぎている。
それでも、初めは、花のことだから、魔法の練習に集中しすぎて遅れているのだろう、くらいにしか思っていなかったのだが。
(・・遅すぎる。)
入り口をちらちらみて、仕事にも集中できない。
イルディンも、遅くなると言っていた。
森を見に行くべきだろうか。
「おい。」
(もう少し日が落ちたら、さすがに見に行かせてもらおうかな。)
「おい。おまえ。」
考え事に気をとられていたミリエルは、しばらく自分に話しかけられているのに気づかなかった。
「聞いてるのか?神官。」
え?っと思った時には、胸ぐらを捕まれていた。
そういえば、声に聞き覚えがある。
「魔女様はどこだ?」
低い声。最近、王都近くの森で同じ声を聞いた。
要するに。
「グ、グランキン伯爵の・・?」
言い終わる前に鈍い痛みと共に吹っ飛ばされる。
殴られたのだ、と後から気づく。と同時くらいに、客席から悲鳴があがる。
「来てもらうぜ、神官ミリエル。こっちも手段を選んでられないんでな。」
数人の男に取り囲まれ、ミリエルは捕まる。
「異世界から来た魔女様に伝えな。神官の命を助けたければ、森の向こうの屋敷にこいとな。」
こいつに人質としての価値があるかは疑問だが。
と小さく呟くのが聞こえ、ミリエルはそうであってほしいと願う。
自分のことなど見捨てて逃げてくれたらいい。
自分が逆の立場なら、きっとそうする。自分のずるさをミリエルはよく分かっている。
だが、同時に分かっている。
花はきっと来てしまう。
(安静にして、寝ておけばよかった・・。)
後悔しても、もう遅い。
予定より早めに、全てが動き始めていた。




