3:言っただろう。暴力の時間だ、と
かつて、俺は大きく五つの問題点を挙げた。人手。革命家。魔物。良政。そして信用のおける部下。
人手についてはどうしようもない。殺しすぎた。良政については問題として部下に信用がおけないことがあったが、これは部下を信用しないことで解決した。乗っ取れるもんなら乗っ取ってみやがれ、と。
だから、今からカタをつけるのは残りの二つ。『革命家』と『魔物』だ。
「どうだ」
演説の終わったその次の日の夜。光のない街を見渡せる場所で、俺は英霊──プレーナに問いかける。俺の言葉に頷いてプレーナが目を閉じ、一時の後に見開いて淡々と答えた。
「空き家が全部で五百二十一件。先日よりさらに百件ほど増えています」
「……多いな。それで、そのうち技術職に従事していた者は?」
技術職。鍛治師や薬剤師、医師に魔法師。また騎士や兵士も表すその言葉は、すなわち帝国の命とも言えた。
「……百六十件、です」
「……多いな」
それが、ここ数日で何人も失踪している。人手の足りない今の帝国で無断出国や雲隠れを行うなど紛れも無い『暴徒』。俺の胃を痛ませる原因に他ならない。
「それで、潜伏場所は? それともまだ突き止められてないか?」
「ご冗談を」
だがしかし、そんな大人数で行動して足取りの残されていないわけもなし。失踪時刻、失踪場所、友好関係、また帝国の地理。それらを組み合わせてある一点を割り出すのは、ことプレーナにとっては容易なことだった。
「ここです」
案内されるは海岸近くの倉庫。中を覗いても何も見当たらない。怪訝そうに黙ってプレーナを見ていると、彼女は迷うことなく奥へと歩んでいき、木箱を二、三個動かすと、そこには地下へと続く階段があった。
プレーナがそこを降りていくので、俺もそれについて行く。そんなに深くないそれを降り切ると、海とは反対方向に通路があった。市街地へと続く方角だ。道幅は広くもなく狭くもない、人三人が横になって渡れないかくらい。明かりはなかった。
しばらく歩くと、ふと、物音が聞こえた。プレーナが振り向きざまに口に人差し指を立てる。それに従い静かに角を覗くと、立派な門と、傍に門番とが見えた。
「どうされますか?」
「言っただろう。暴力の時間だ、と」
そう言って俺は歩き出した。先ほどまでは隠していた足音を響かせ、真正面から応対する。門番なんぞには一言も喋らせなかった。俺を見つけて構えるや否や唐突に事切れる彼らは、糸を切られた操り人形のように見えた。
門に錠なんかはついていなかった。きぃ、と軋む音を立てて、俺のゆっくり体重をかけるのに合わせて、ゆっくりと開いていく。俺の視界に中の様子が入ってくるのと同じ速度で、中の彼らも俺を認識した。なにやら宴会を行なっていたらしかった。
何十人もの人がいて、誰一人物音を立てない時間が続いた。
「侵入者だ、奥へ避難しろ!」
誰か、事態を即座に把握した者が叫んだ。それに早々に意識を切り替えた者が従って、遅れてそうでない者も流れに身を任せ、騒ぎが大きくなる。そんな彼らと反対に戦闘態勢を築き上げる者たちもいた。きっと元兵士だ。その中には『皇太子』の姿もあった。
「逃がさないって」
俺は奥へと繋がる通路の前に立ち塞がった。兵士たちは急に目の前から消えた俺に驚愕し、民衆は急に目の前に現れた俺に驚愕した。呆気に取られる彼らに俺は微笑んで、パチン、と指を鳴らす。しぃん、と俺を中心に、石を放られた池に波紋が広がるように、民衆は意識を失っていった。
「貴様、何をした!?」
「待て、あれはまさか──」
「ああ、王子と同じ顔……」
「……サタン王か!?」
先ほどまで冷静さを保っていた兵士たちに張り詰めた空気が漂うのがわかった。すぐに襲いかかってくる気配はなかったので、そこで俺は一息つくことにする。
「やあ、王子さま。クーデターの準備は順調か?」
俺の問いかけに皇太子は顔を歪ませて前に出る。よく俺にそっくりだと言われる彼は黒髪を短く刈りそろえ、不機嫌そうな表情と吊り上がった目つきが印象的だった。俺に比べると、きっとまだ若々しさを残していた。
「クーデターか。笑わせるな。逆賊の討伐だろうが」
「ハッ。俺に白旗を振ったのは他でもないお前の父親だぜ?」
そうして、彼の両親は自殺した。いや、自殺を以って降伏したのだ。自分たちの首を差し出すから、帝国は助けてくれと。俺の言葉に、皇太子の奥歯が軋むのが見えた。
「……この計画の要がどんなものだったか、お前にわかるか」
皇太子の雰囲気に、兵士たちは民衆を横へどけ始めた。拳を強く握り俯いて、わなわなと震えている皇太子の続きを待っていると、ちょうど気絶した民衆の避難が完了したあたりで、皇太子は顔を上げ、カッ、と目を見開いた。
「どうやって俺とお前の二人きりになるか、だ!」
駆け抜けるは一瞬、気が付けば皇太子の右手には聖剣が握られていて、それは目と鼻の先まで迫っていた。俺はそれに左手を合わせて受け流すが、少しだけ押し込まれてしまう。そして、俺の背後は壁だった。
「むう」
皇太子の剣戟は続く。右へ左へ剣を持ち替えて、けれどもその剣撃が一度たりとも鈍ることはない。俺はそれが両の手が利き手なわけではなく、努力の賜物であることを知っていた。後ろに逃げ道はなく、終始防戦一方だった。
帝国の第一皇子であり、第一位王位継承者。その圧倒的な剣術と獰猛な性質で、ついたあだ名が『魔王』。帝国の人界最強の名はきっと彼の功績だ。その『固有魔法』の残酷な性能も相まって、彼を止められる者などいなかった。
「どうした、征服王! たった一人で世界を統べた者の力が、こんなものか!」
皇太子の目は復讐というより、悔しさで燃えていた。どうして自分がいるのに、両親は降伏を選んだのだろうと。どうして自分がコソコソと隠れて、お前が我が物顔で帝国を歩いているのだと。その晴らすことのできない屈辱を胸に、彼の剣が勢いを増した、その時だった。
スッ、と皇太子の背後から、淡く白い光が迫るのが見えた。
ガキィン、と、初めて彼の腕が弾かれた。
「なっ!?」
「……なあ、英霊召喚って知ってるか」
それを皮切りに、彼の時間は終わった。彼の剣は俺に弾かれ、また利用され、いくら時間が経っても裂傷は彼にしか刻まれない。俺の剣しか相手に届かない。淡々と反撃する俺に、皇太子の顔が羞恥に歪んだ。
英霊召喚。条件を満たす英雄を、あらゆる世界線、過去や現在、未来を超えて呼び出す秘法。その召喚にはそれ相応の対価が必要だが、現実として俺たちは呼び出された。
「俺は、全てを捨てて努力した世界線のお前、だ」
剣戟は終わっていない。いつのまにか俺の左手には無骨な鉄剣が握られており、きっと皇太子は必死に反撃の機会を伺っている。だけれども、俺には雑談できるほどの余裕があった。
「お前の才能は認めるよ。なんせ俺だからな。だけど──」
「うるさい、黙れぇ!」
叫び声とともに、皇太子が魔力を解放した。
と同時に、『時が止まるのがわかった』。
固有魔法。『時空魔法』と呼ばれる帝国王家に伝わるこの魔法は、その名の通り時間と空間を操る。それに伴う誓約もいろいろと存在するが、戦闘中に一秒でも時を操られれば致命である。『相手が俺でなければ』。
「──だけど、俺にはどうしてお前の隣にクレイがいないのか、理解できない」
パリィン、と止まっていた時間が動き出した。皇太子は尻餅をついて首に剣を突きつけられ、俺はわなわなと震えて後ずさるそれを、きっとくだらなさそうに見つめていた。
チラと入り口の方を見る。そこには魔法で気配を消したプレーナが、誇らしげに立っていた。
先導者クレイ。彼女は他者との共感という一点において類まれな才能を示した。前王もその性質を見抜いて彼女に皇太子の教育係を任せていたのだろう。彼女が教育や補佐の任につけば他の追随を許さなかった。支援や妨害など朝飯前で、諜報や治癒治療にも長けている。彼女がいるからこそ俺は最強足り得るし、彼女がいるからこそ、まだ俺は高みへ到達できる。
こうして、一人目の『革命家』が沈んだ。
俺は適当に皇太子の意識を奪った。あたりには真っ白の魔力が漂っていて、兵士たちはいつのまにか眠っていた。プレーナを見てもニコニコと笑うのみなので、俺は眠っている兵士をめんどくさそうに拘束する。
「お、バルベニアの方が面白くなってるぞ」
呟いて、念話を飛ばした。いつも通り、ちょっとからかってやるのだ。
「暴力ですか?」
「……静観だ」
独り言に、即座にわくわくしながら乗ってくる。彼女のこういうところだけ治らないかなと、俺は切に願った。