1:味方を作らねば
「味方を、作らねば」
俺は急遽今近くにいる『知恵者』と呼ばれる者を招集した。ここは人界の帝国が都、帝都なので、必然集まるそれは人族が多くなる。本当にその募集は急だったので、集まった人数もたったの三人だった。
「今日集まってもらったのは他でもない」単刀直入に俺は切り出す。「今後についてだ」
俺の深刻な表情に、一人の女が応える。クレイとか言ったその女の表情は冷涼怜悧、笑顔を見せることなどあるのだろうかと思わせる美形。赤縁の眼鏡と長い黒髪がよく似合っていた。加えて軍服の上からでも自己主張を絶やさない胸元は数多の男性の欲情の対象だろう。俺の好みではないが。
「現在、世界は大混乱の中にありますね」そんな女は、絶対の王である俺にも表情を緩めることはない。「誰かさまの対応が後手後手でしたから」
その非難に対しては、俺も潔く応じた。
「否定はせん。というより俺が馬鹿だった。流石に殺しすぎたな、指示系統もバラバラになっていやがる」
指示系統、上下の関係。例えば軍であれば元帥をトップに末端に一般兵を置くそれの有無は、迅速な行動に欠かせない。それらがいまだ健在である国といえば最後に征服したあたりの国だ(戦争後半は、俺の噂を聞きつけてすぐに降参する国も多かったのだ)。そして、そんな臆病な国代表が、人界最奥ことこの帝国である。
「そこで俺はこの帝国を拠点にすることにした。とりあえずお前ら、一週間やるから帝国の治安を回復させろ。その次は人界も任せるつもりだ」
指示系統こそ生き残ってはいるが、俺というほぼ一人の個人に征服された帝国に愛想を尽かして独立した地方領主は少なくない。国軍や国司にも懐疑の視線を持つものも多く、かつてほど効率的に行政は行われていなかった。俺への恐怖で暴徒が増えるのもそれに一躍買っている。
そんな現状を変えろと言われた三人のうち、クレイが答えようとしたのを手で止めて、一人の老人が一歩前へ出る。
名を、確かバルベニア・メイジアといった。その名は魔界にまで轟く大魔法使いで、先の戦争で俺はまだ彼の腕前を拝見できていない。身長は女で小柄なクレイよりも低く、白ひげをかなり長く伸ばしている。右手で杖を持っているが、腰が曲がっているというようなことはなく、あくまで余裕を感じさせながら話し出す。
「それは我々が事実上、帝国のトップになるということですかな」
はっ、と俺は軽快に笑った。この俺を相手になんて立派な『宣戦布告』だろうか。堂々と真正面から『乗っ取るぞ』と、『自分が指揮できるのならば、お前にバレずに組織を作るなんて簡単なんだぞ』と穏やかに笑いながらのたまうその老人に、俺は久し振りに血が湧くのを感じた。
「くく。ああ、そうだ。『必要とあらば俺も使え』。『お前らがトップなんだしな』」
そんな宣誓には、俺も誓約でもって返す。絶対の王である俺様を玉座から動かしてみろ、お前らの力量はその程度だったんだなと。これで彼らは独力での解決を強いられた。
そんな俺の返答に眉を顰めるは幼い少年だった。
「……え、メイジアさん。……っと、でも、で、できるならもっと簡単にやりましょうよ……」
「なんじゃい、ダン坊。なんなら儂一人でも十分じゃ」
弱気に忠言する少年はウィズダム・サイクロペディア。肩まである金髪は男とは思えぬきめ細やかさで、その童顔も可愛らしく整っている。いつもなにかに怯えているその佇まいからは知将らしさは伺えないが、侮るなかれ、彼はその幼さで帝国軍の参謀、バルベニアの直属の部下である。つまり事実上のナンバーツーだ。
「……い、一週間ですよ。サタン王に力をお借りした方が楽な場面は必ずあります。余計な力を使うな、常に楽する方法を考えろと、いつもおっしゃっているではありませんか」
「なあに、サタン様も『必要とあらば』使ってくれと言ってくれておるじゃないか」
バルベニアはウィズダムに取り合わない。自分の方を振り向きもしないバルベニアに、ウィズダムははあ、とため息をつきながらすごすごと引き下がる。
「よし、これで用件は終わりだ。他に何かないか?」
誰も何も言わないのを見て、俺は彼らを解放した。誰もいなくなった玉座で、一人静かにほくそ笑む。
「ふふ。ふふふ。ふはははは。なんだ、簡単じゃないか、最初からこうすればよかったんだ!」
上機嫌の理由は単純明快、突破口が見えたからである。
「『裏切り前提で仕事を任せる』! 暴力での征服の次は、頭脳戦か!」
先ほどバルベニアはなにをのたまったのだろうか。『俺にばれずに組織を作るのなんて簡単』? 万全に組織された状態でさえ潰されたのはどこの帝国だ、と言ってやりたい。
「ふ、ふふ。まさか、こんなに楽しいエキストラがあるなんて!」
まずは、帝国さまのお手並み拝見だ。かつては人界において敵なしと言われたほどの大国の、その知恵者たちである。活力を取り戻してすぐの仕事が静観なのは残念だが、楽しみはまだまだある。焦らずやっていこう。
そんな具合に俺は今後について思いを馳せ、陶酔の表情を浮かべるのだった。